ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

文字の大きさ
11 / 43
第一章

ぼくがいったおおきなおやしき

しおりを挟む
 少女は、優雅なティータイムを満喫していた。
 カップにはレモンの薄切りが浮かび、爽やかな紅茶の香りに、甘党な少女が好むハチミツレモンの甘酸っぱい香りがミックスされ、思わず自然に目を閉じて香りを満喫してしまう。
 少女の名はカリナ・ガーディグルス。数少ないダークエルフの貴族としては最高位のガーディグルス伯爵家の第2子に当たる。
 まぁ家は兄が継ぐものだとわかっているので、妹という身分は気楽なものだ。
 それに父はまだ健在で、万一兄が辞退して自分に相続が回って来るとしても、とてもとても長い先の話になることだろう。

 話を戻そう。

 優雅なティータームを満喫していた少女は、ドアをノックする無粋な音に幾分か気分を害されつつも、「どーぞ」とぶっきらぼうに返事を返す。
 入ってきたのは屋敷の執事であった。来客があったのだと言う。
 来客はニーナ――兄・ルイジールの従者――だ、というので一瞬喜んだカリナだったが、ニーナと共にやってきたのが兄ではないと知ると、少しだけ表情を顰めた。
 そもそもニーナの名前から先に紹介するなんて執事セグらしくもない、と思っていたのだが、まぁそういう事情なら知り合いから名前を出すのは、確かに順番的には正しい。
 ニーナと共にやってきたのは、ユウキ・タメガイという聞いたこともない名前だった。
 貴族なのかと聞けば貴族ではないらしい。じゃあカリナに何の用があるのか、と聞けば、兄についてのことで、直接会ってお話がしたいという。執事――ちなみに名前はセグメール・ライザールと言う。カリナはセグと呼んでいるが――の方でも要件を何度か聞いたのだが、直接でなければ答えられない、とニーナから言われたらしい。それほどまでに大事な用事なのか。ティータイムの邪魔をされたくないなぁ、とカリナは子供心に思う。
「……何か兄の使いである証を持って来なさい、と伝えて」
「――すでにお伝えしてあります。それで、……これを」
 セグが恭しく差し出したものを見て、カリナは目を丸くした。

「これは兄様の<黒裂>!なぜ、……どういうことなの」

 慌ててセグからそれを奪い、《ステータス》を確認する。

<黒裂>
[ステータス]
 系列:短刀
 攻撃:40
 属性:地
 武器レベル:3
 質:良
 耐久:20/80
 特殊能力:最大MP+100
 使用者制限:為我井ためがい 勇樹ゆうき

[説明]
 黒オウゴルで作られた、黒い刃を持つ短刀。
 とあるダークエルフの谷にて採掘された鉱石が利用されており、魔力を含んでいる。

 奪った<黒裂>を見ると所有者が書き換えられている。ますますもって意味がわからない。
 これを兄から譲り受けるほど、このユウキとやらは兄から信頼されているのか。それとも、これを兄から譲り受けて訪ねてこなければいけないほど、難解な用事なのか。

 いや、ならばむしろカリナのところになど来ない。

 それならばむしろ、父母のところへやったほうが出来ることは多い。権力の話にせよ、お金の話にせよ、就職先の話にせよ、何にせよ、カリナのところへ来るのはお門違いだ。

 なのに、ニーナたちはカリナと話がしたいという。ただごとではない。

「……わかったわ。通しなさい」
「了解しました」
 セグは、まるで初めからニーナが通せと許可するのを知っていたかのように、一礼して部屋を出て行った。



 ユウキは緊張していた。
 すさまじく豪華絢爛な部屋だ。上を見上げると、高そうな、巨大なシャンデリアがある。
 泊まった――というか休憩で使わせてもらった――宿屋やさっき食事をした店などを考えると、夕方と昼間ほどにの差がある明るさだ。
 さすが貴族、とユウキは興味津々だ。
 他の建物などとは違い、敷地の周囲に柵や生垣の囲いがあったし、建物自体もまさしく豪邸!という感じがするものだった。

「お待たせしました」

 さっきの執事が、ユウキの隣で立ったまま待つニーナに声をかけた。
 ユウキも気付いてすぐに立ち上がると、ニーナがユウキの代わりに口を開いた。
「カリナ様は何と?」
「お通しするようにと。こちらです」
 ユウキの方にもぺこりと一礼して、執事が歩き出すのを見て、ユウキとニーナはそれに続いて歩き出した。

 執事がノックをすると、中から「入りなさい」と声をかけられ、執事が一度中に入ってから、数秒何事かを話して再び扉が開けられた。
「どうぞ中へ」
 扉を優雅に抑えつつ入室を促す執事にぺこりと会釈しつつ、ユウキから部屋に入る。
 その辺は、ニーナに常識を教わったので、完璧とは言わないまでもそれなりにできるようになっている。

「ニーナ、お久し振りね」
「……はい。お久し振りですカリナ様」

 一瞬「お兄様は元気?」と聞こうとしたカリナだが、ニーナに目を逸らされ、その話題を口にする前に疑問を抱く。
 ニーナの視線の先には、カリナに傅くように膝を付くユウキの姿。平民が貴族に対して行う、礼儀作法だ。
「――ホビット?」
「はい。ユウキ・タメガイです」
 どこかで聞いた名前、そう思ってから、<黒裂>の所有者になっている名前だと思い出す。
「お前が、<黒裂>の?」
「――はい。この方が、ルイジール様の武器を譲渡された方です」
 ニーナが一歩進み出て答えると、カリナは「そう」と呟いて、ティーセットの置かれたテーブルの前のソファへと腰をかけた。
「詳しく教えて頂戴」



「ちょっと待って頂戴」
 話は、唐突にカリナによって遮られた。
「ほ、……んとうの、話、なのよね?」
「……お守りし切れず、申し訳ありません」
 カリナの震える声。ニーナの毅然とした声。ティーカップを持った手がカタカタと震え、顔ははっきりと青褪めている。
「ニーナ。……もう一度だけ。もう一度だけ言ってくれるかしら」
「はい、承知致しました」
 少しだけ悲しそうな顔で、ニーナがさっきと同じ言葉を頭に思い浮かべ、そして告げる。

「ルイジール様は、ライグースと戦われ、身罷られました」

 ニーナが言い切った瞬間。
 風を切るような音がニーナの耳元を掠める。
「……ッ、兄様が、獣に、まっ、負けたなどと、白々しくも何度も!」
「――申し訳ありません。事実です」
「黙りなさい!!」
 もう一度、今度はテーブルの上から、さっき投げたカップのソーサーを投げ付ける。
 ユウキが思わず立ち上がり、それを弾き落そうとすると、いつの間にか執事が割り込んでいた。
 片手には今投げたソーサーを、もう片手にはさっき投げたカップを持っている。
「お客様の前です。お控え下さい」
 カリナは執事を睨み付けると、もう一度どっかりとソファに腰を下ろす。

「……で。そこのホビットは何故兄様の<黒裂>を?」
「彼が、ルイジール様の介錯をなさいました。この<黒裂>で」
「――そう。辛い役目をさせてしまったわね」

 ユウキを責めることはなかったが、カリナは少しだけ悔しそうな顔を向けた。
 そのまま、ふんと鼻を鳴らすと、部屋の窓から外を見やる。
「……兄様は、死の間際、何と言ったの?」
 状況から考えるに、たまたま出会ったホビットだとは言わない方がいいだろうか。
 嘘を吐くわけにもいかないだろうが、とユウキは少しだけ考える。

「俺を殺すのが、俺のために泣いてくれるお前で良かった、と」
「――ふん。兄様らしい、わね」

 カリナの脳裏に浮かぶのは、いつだって優しかった兄の姿だ。
 カリナのように貴族という特権を振り翳すわけでもなく、平民にもちゃんと笑顔を向けられる人だった。

「彼は、血に塗れた屈辱よりも、栄誉ある死を選んだのです」
「――ッ」

 もう、カリナの目から流れるものを、誰も止めることなどできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

平凡な王太子、チート令嬢を妻に迎えて乱世も楽勝です

モモ
ファンタジー
小国リューベック王国の王太子アルベルトの元に隣国にある大国ロアーヌ帝国のピルイン公令嬢アリシアとの縁談話が入る。拒めず、婚姻と言う事になったのであるが、会ってみると彼女はとても聡明であり、絶世の美女でもあった。アルベルトは彼女の力を借りつつ改革を行い、徐々にリューベックは力をつけていく。一方アリシアも女のくせにと言わず自分の提案を拒絶しないアルベルトに少しずつひかれていく。 小説家になろう様で先行公開中 https://ncode.syosetu.com/n0441ky/

処理中です...