ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくのぎるどかーど

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 冒険者ギルドは賑わっていた。
 昼食時というのもあるが、ここまでギルドが賑わうのは久し振りのことなのに、ギルドの面々にはその理由がわからなかった。
 理由はわからないが、今日込み合っているのは事実なので、とりあえず客を捌くために受付の人数を増員し、昼食時を2時間ほど過ぎた頃、ようやく込み方がひと段落したように見える。それでも少し並んでいるので、受付に立つ少女――というかエルフなので見た目よりは大人なのだが――は、思わずふぅと溜息を吐き、汗の滲む額から、邪魔な髪をその長い耳にかけた。もちろん客に見えないようにだが。

「すみません、この方のギルドカードのアクティベートをお願いします」

 言いつつ、順番が来たリュンクスの少女が取り出したのは、後ろに立つホビットの鍛冶ギルドカード。アクティベートする客がいないわけではないが、冒険者ギルドから登録するパターンの方が多いので、珍しいと言えば珍しい。
 ホビットが「よろしくお願いします」と前に出るのを見て、マニュアル通り魔力水晶を差し出し、「これに触れて下さい」とお願いする。
 魔力水晶は、触れた者の魔力の質を検知するものだ。
 ホビットが触れると、いつも通り魔力水晶は、その中で模様のようなものを――

「あ、あれ?」

 作らなかった。水晶には、下に敷いた紫色のクッションの色を映すだけだ。
「……少々、お待ち下さい」
 思わず水晶を見えないよう机の下に隠し、自分で触れてみる。
 何度もテストで見た、自分の波形。うん、水晶自体に問題はない。触り方が悪かったのかな、ともう一度水晶を出し、「もう一度お願いします」と言うと、ホビットはもう一度魔力水晶に手を触れた。
 いつも通り魔力水晶は、その中で模様のようなものを――

「えぇー、何で?」

 作らなかった。
 困った。触り方が悪いのかと思ったが、そもそも触り方に規定などない。指一本でいいから触れてもらえばいいだけのはずだ。
 だとすれば、何が原因なのだろうか。
「え、えぇとごめんなさい、ちょっとこの水晶を手で持って見てもらえますか」
 検証その1……魔力が希薄である可能性は、ホビットが水晶を手で持つことで、そうではないことが確認された。ちなみに魔力が希薄な場合、模様の色が薄く、色によっては模様が見えないこともあるのだ。
「じゃあ、こっちの水晶を持ってみて下さい」
 検証その2……水晶自体の故障。水晶が故障するかどうかはわからないが、そういうこともあるかもしれないという少女の考えは、やはりそうではないことが確認された。結果はさっきと同じ。
「えっと、……武器をそちらの方に渡してもう一度お願いします」
 検証その3……何らかの祝福、もしくは呪いがかかっている武器があり、それが阻害している可能性は、武器を持たないホビットにも反応しないことが確認された。防具の可能性はない。基本的に防具に呪いや祝福がかけられても、素手で触れている以上あまり関係はない。

「じゃあ、……ごめんなさい、ちょっと待ってて下さい」

 少女、もといエルフはペコリとお辞儀だけをして、もうひとりの受付に目配せをし、事務所へ向かう。ちなみに相手しててね、という意味だったのだが、もうひとりの受付も別の冒険者の対応に追われているため、そんな暇はないことを考えている余裕はなかったようだ。
 エルフは急ぎ足で事務所の前まで来ると、こんこんこん、と3度ドアを叩いた。



 ユウキは頭にクエスチョンマークを浮かべながら、今走って行ってしまった受付の少女を待った。言われるがままに水晶を触っては見たのだが、少女が「あれ?」などと口にするたび、「あれ何か違うのかな」などと思いつつもどうしたらいいのかなどわからないのでどうしようもない。
 後ろを振り返って何か間違えたのかな、ともう一度思い、ちらりとニーナを見るが、ニーナも少し怪訝そうな顔をしているだけで、ユウキに何かアドバイスをするわけでもない。つまりニーナ的にもユウキ側の問題ではないと思っているのだろう。
 まぁ、どのみちすることもないので待つしかないのだが。

「お待たせ致しました」

 さっきの受付とは別の男性がカウンターにやって来た。
 さっきまで対応してくれていた少女とは違い、エメラルドのような緑色の髪が、少し下げた頭からさらりと流れる。
 ふと見れば、後ろから済まなさそうに少女も戻ってきているので、きっと上司か何かなのだろう。
「……申し訳ありません、もう一度こちらに触れていただけますか」
「あ、はい」
 言われた通りにもう一度水晶に触れる。
 何か細工をしたわけではないので、やはり水晶に変化はない。
「……それでは、少しお待ち下さい」
 言って、上司らしき男は水晶に指を触れた。

水晶よ、crystal ,その力を反転させよcase is reversed

 水晶が僅かに光を帯び、そのまま収束されていく。
 完全に光が消えたところで、上司らしき男は「もう一度どうぞ」と水晶を差し出した。
 もう一度手を触れると、水晶の内部が僅かに光った。2条の光が、横に細長いXを描いている感じだ。

「……もしかして、何か魔道具のようなものをお持ちではないですか?」
「え?」
「――あ」

 ユウキは間抜けな声を出したが、ニーナは気付いたようだ。
 こっそりと「すまほをこちらへ」と耳打ちすると、「あぁ、そっか」とユウキは素直にスマホをニーナに渡す。
 上司がもう一度さっきと同じ呪文を唱えると、再び水晶が僅かに光を帯び、収束されていく。
 そして「どうぞ」と声をかけられ、ユウキが再度手を触れると、水晶が複雑な紋様を描き出した。
「……どうやら、この水晶と同じく、体から溢れたマナを利用するタイプの魔道具をお持ちのようですね。あとはこのライムに任せます。お手間をおかけしました」
 上司が軽く一礼すると、さらりとそのグリーンの髪が流れ、わずかに尖った耳の端が見えた。
 エルフではないようだが、どうやら人間というわけでもないようだ。まぁ種族が何であろうとどうでもいいのだが。
 ライムと呼ばれたエルフの少女は、さらさらと紋様を描き映す。結構複雑な紋様なのだが、少女にとってそれは難しいことではないらしく、ぽそりと「創造と発展かぁ」と呟いているところを見ると、どういう紋様なのかもすでに把握しているようだ。



「大変お待たせしました。お手間かけてすみません」

 20分ほど待った後そう言ってライムが差し出したユウキのギルドカードには、渡す前にはなかったマークが付けられていた。別の人の対応もしていたので、マークが付与されるまで少し時間がかかるものなのだろう。
 文字が見えなくなっているわけではなく、単純にカードに模様として付けられているような感じだ。ニーナのカードを見たときにもあったし、カードを渡す前にはなかった模様なので、なるほどこれが冒険者ギルドのアクティベートというものか、とユウキは納得した。うっすらとマークが光って見えるが、実際に手で覆うと見えなくなるので、光っているわけではないようだ。

「マークの意味は、創造と発展です。良い鍛冶師になってくださいね」

 なるほど。さっき呟いていたのはこれかと納得しながら、「ありがとう、頑張ります」とユウキは告げて、カードを受け取った。
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