ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくのかじおそわり(4)

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 マリーの助言を受けて水を飲み、マリーが念のためと差し出した干し肉を口に含んで作業を再開する。
 レベルを見れば、簡略化でもスキルの経験にはなっているのか、すでに16レベルに上がっている。どうせ全て掌の中でできるのだから、と簡略化をそれぞれ1度やってから、ユウキは不意に気が付いた。

【MP:20/240】

 MPがほとんどない、と気付いてから、そういえばなくなったらどうなるのか聞いてなかったな、というところにも気が付いた。
 さすがに死ぬということはないかもしれないが、とりあえずそれは無謀かなぁ、とチラリとマリーの方を見る。
 さすがにマリーの存在を忘れてしまうほどに没頭していたのは失態だっただろうか。肩を叩かれるまで、頭の中からもすっぽ抜けていた気がする。

「……この辺にしとこうかな」
「はい、……賢明なご判断だと思います」

 少なくとも大成功は2本完成したのだ。
 そのうち1本をランスに見せれば、多分納得してもらえるだろう。


「……ほう、良くここまで」
 ダガーを見たランスは、ダガーのステータスはもちろん、刃を横にし、刀身の磨き具合までを確かめる。
 教えた覚えはなかったが、誰に教わったのか……それとも最初から知っていたのか、刀身はピカピカに磨き上げられ、くもりひとつなく光を反射している。
 間違いなく逸品と呼べる代物だし、これを見て不合格を出す鍛冶師がいるのであれば、もはや嫉妬して意地の悪い裁定をしているとしか考えられないほどのレベルだ。

 まぁ、ダガーならこのくらいか。昨日のぶっ続けを考えれば、俺と同じくらいか。

 ランスはそう内心で考え、自分がダガーを教わった頃のことを考える。
「……いいだろう、次はミゼリコルデという武器を作ってみろ」


 ランスに許可を得て型とミゼリコルデの完成品を借り――借りていたダガーの型は返した――ミゼリコルデを作ることになった。
 ハマっていたSNGソシャゲにも同名のキャラがいたが、そのキャラの方が名前を使ったのだろう。さすがにミゼリコルデが武器の名前だとは知らなかったが、ミゼリコルデとインターネットで検索をかけてみると、なるほど武器の名前としてもヒットした。
 型を使ってミゼリコルデ(未完成)を作り、それをダガーと同じ要領で、火にかけ、金敷の上で金槌を振るう。
 形状は、ダガーが両刃の短剣であるのに対し、ミゼリコルデは刺突用だった。
 さっきネットで調べた知識では、慈悲の剣という意味であるらしく、鎧の隙間を縫って相手をひと突きで殺すことを目的としたものであるらしい。
 一応両刃はあるものの、刃にそこまで鋭さは必要なく、むしろ丈夫さと、尖った先端を重要視すべき武器なのだろう。

……などと他人事のように考えていられるのも、スキルの知識で何となく打つだけでミゼリコルデが完成してしまうからなのだが、ダガーほど簡単に作れる代物ではないらしく、考え事をしながらも、ユウキは金槌を真剣に、慎重に打ち付け続けた。

「さすがにお昼にしませんか」

 1本目が出来上がった頃、マリーに見かねたように声をかけられてから、ユウキはまだ昼食もまだだったことを思い出した。思い出してしまうと、腹も思い出したかのように空腹を訴えて来る気がしてくるので、ユウキは「そうだね、ありがと」とマリーの忠告に従うことにした。


 食堂に入る前に思い出して良かった、とユウキは苦笑しつつパンを手に取った。さっき割ってしまわないようにとマリーに持たせておいた卵は、受け取ってみれば常温なので、恐らくは火を通さなければ食べられないだろう。
 何を思い出したかと言えば、ニーナと最初に食べた食事のときの、「奴隷用の食事ですから」とことも無さそうに呟いたニーナの顔だ。
 ニーナが前の主人ルイジールの奴隷でいた期間はそれなりに長かったようだが、ルイジールが「普通の感覚」を持った人物だったからか、ニーナは奴隷生活を悪いものとは考えなかったようだ。そのせいでもあると思うが、奴隷であることの不便をそれほどストレスには感じておらず、むしろ奴隷なのだからある程度軽視されるのは当然と思っているフシがある。

 そしてマリーもだ。

 生まれた頃から奴隷だった彼女は、むしろ普通の食事を知らない。
 ふたりと共にこの町に来る道すがら、ユウキからをもらったが、保存食でふたりが顔を顰める類のマズさだったを平然と食べるマリーに、はついうっかりと「おいしい?」と聞いてしまい、その返答に「おいしいです!」と笑顔を向けられ愕然とした記憶がある。
 マリーにしてみれば、味のない、火すら満足に通っていない端物野菜や、少し傷んで味の変わってしまった肉や魚介類、商館の人間の食べ残しなどはご馳走の類で、基本的には日持ちするように焼き詰められたパン――これですらご馳走だが――、何だか良くわからない白く苦く生臭い飲み物、ドス黒く苦い、どう考えても体にいいとは思えないほどの悪臭を放つモノなど、色々な物を食わされて来た。
 どんなものでもマリーは食べられるし、ある程度傷んだモノ程度ならばもはや「ご馳走」の類だ。ユウキと出会ってからはそういったご馳走しかもらっていないので、もはやユウキには感謝以外の感情など考えられないほどだ。
 さらにあの魔力――例のツールのことだ――の件でユウキへの評価は感謝から尊敬へと増幅され、さっき見せてもらった鍛冶技術の出鱈目ぶりに、もはやその尊敬も崇拝の域に昇華しようとしているところだ。

 そんなことを考えている間に、少しだけ美味しそうな香りが漂っていた。

 鼻歌など歌いながら――衛生的にどうなのかと思うが、まぁ店で出すわけでもないし、食べるのもユウキとニーナとマリーなので問題はないし、そもそも見ているのもマリーしかいないので問題はない――調理するユウキは、マリーの目にとても楽しそうに映った。

「マリー、これちょっと食べてみてよ」

 皿にも盛らずに差し出されたパンの欠片からは、湯気が立ち上っていた。
 思わず「えっ」と口走りそうになるのを抑えて手を差し出すと、「ちょっと熱いからね」と言いながらユウキが手渡して来たパンの欠片は、本当に焼けそうなほどに熱かった。
 こんなに熱い――というよりは温かいものすら――食べ物は食べた記憶がない。いつも渡される食べ物は冷めたものがほとんどだ。マリーは少し躊躇しながらも、そのパンを口の中へ入れ、さらなる衝撃を受ける。
 柔らかいのだ。かと言ってペースト状というわけでもない。噛んでみてもふわりとした感触しかなく、本当にこれは食べ物なのかと疑いたくなるほど歯応えがない。手渡されたのは確かにパンだったはずなのだが、パンを食べる時にいつも感じていたような歯応えがないのは少し不安になってしまうほどだ。本当にこれは食べ物なのか。ともすれば自分はユウキに騙されて、幻覚の類をかけられているのではないかと思うほどだが、ユウキがそのようなことをする理由はないし、そもそも舌にはしっかりとほど良い味を感じているので、何かが口の中にあることだけは間違いない。

「……どうかな?」

 何故どうかな、などと聞いて来るのかわからないが、ユウキはもしかしてここまでのものを作り出しておいてこのパンに自信がないのだろうか。それとも、マリーの味覚に合わないとでも考えているのだろうか。
 もはやマリーの回答など、マリーの口から勝手に滑り出していた。

「美味しいです。これは何という料理なのですか?」
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