ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくのどれいふたりのかいわ

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「ニーナさま、聞いてもいいですか」
「ユウキ様の前でなければ普通に話して構いませんよ」
「……それはニーナさまもだと思いますが」

 月明かりの下、ふたりで涼しい顔で言い合ってから、ニーナとマリーは顔を見合わせ、数秒後にふたりほぼ同時に吹き出した。
 勝敗を敢えて決めるなら、一瞬先に吹き出したニーナの負けだろうか。

「あの方はそういうのあんまり気にしなさそうですよね」
「そうかもしれませんね、身分に無頓着といいますか」

 もちろんそれはユウキが現代日本人で、奴隷に縁がなかったからなのだが、それをふたりが知る由もない。文字通りふたりとユウキとでは「世界が違う」のだ。
 ふたりが思うように、ユウキの前で普通に話したとしても、きっとユウキは気にしない。それどころか、ユウキと対等な顔をして話したとしても、ユウキはそのくらいでは怒ったりはしないだろう。むしろそっちの方がユウキにとってはいいことなのかもしれないが、身分の違いがある現状、ふたりはそれを無視することなどできないし、マリーに至っては対等に接することなど考えることもできない。
 そしてユウキ同様、マリーはニーナのことも尊敬、というか上に見ている。奴隷とは上下関係を大切にするものだと叩き込まれて来たマリーにとって、先輩奴隷であるニーナははっきりと上位の存在だ。

「そういえば、あのとかいう機械、あれは本当に優秀なのですね」

 苦笑しつつ、この話から話題を逸らそうとマリーが話題を提供することにした。

「しまほ……?」
「ええと、こんな形の――」
「あぁ、ですね」

 しまほとはなんだろう、と一瞬首を傾げるが、マリーが手でスマホの大きさの四角を形作ったのでようやく理解しつつ、優秀と称したマリーの言葉を検証する。

 出会った時に見せてもらった機能はいくつかある。

 ひとつは計算機。圧倒的な速さと正確さで、計算が得意なマリーの計算力を軽く凌駕した。
 ひとつは通信機。たったの数秒操作をしただけで、あっさりと何かの通信を行った結果、それまでは明らかになかった精巧極まりない絵――正確には写真――をその小さい画面に映し出した。いや、もしかしたら予めの中にその絵は隠されていて、それを見せて来ただけということも実は考えられなくもないが、ユウキがニーナやマリーを騙す意味はないので、とりあえず信じていいのではないかとニーナは考えている。
 ひとつは遊戯ゲームとユウキが称したもの。実に様々な遊戯ゲームがその中に入っているらしく、また、通信を行えば新たな遊戯ゲームを入れる――だうんろおど、だったか――することも可能なのだという。

 マリーは控え目に「優秀」という言葉を使ったが、あれはそんな生易しい表現をしてもいいものなんだろうか。

「もはやあれは神器と言っても過言ではない気がします」
「……そうかもしれませんね」

 ニーナの感想に、マリーは別の視点での意味も含めつつ賛同せざるを得ない。
 通信を行うと言った時、ユウキの周囲で起きた魔力の流れ。まるであれは、魔力を産み出す神の如き所業だった。一介のホビットに出来る芸当でないのは確かだし、あれもきっとの力を借りた芸当なのだろう。

「ただ、ユウキ様の言うところによれば……」
「――……何ですか?」

 言い淀むニーナの態度にマリーが不思議そうに続きを促すと、ニーナは苦笑しながらも一度言葉を選ぼうとして、選びようがないことに気付いてもう一度苦笑する。

「……ユウキ様のでは、一般的な部類だったそうですよ」
「――……は?」

 マリーは思わず絶句してから呟いて、そういえば別の世界から来たと言っていたなと朧気に思い出す。それでも一般的な部類だと言われるとやはり絶句するしかないのであるが。
 あの膨大な魔力を放つ神器のごときモノが、?冗談にしたってタチが悪い。その世界とは神の世界か?ならば、その住人だったというユウキはその神族の一員なのか。

 まぁ、考えたって答えなんか出ないんですけどね。

 月明かりに浮かぶマリーの苦笑を不思議に思いながら、ニーナの方も苦笑したい気分だ。
 その理由はマリーと少しだけ違い、あれだけのモノを持っていながらも本人ユウキ自身は嫌味というか、むしろ傲慢なほどに謙虚なのだ。それでは
「……あの方は、変わった方ですからね」
「それには否定を挟む余地はありませんが」
 もう一度月明かりの下で苦笑しながら、ニーナはその言葉に対しての言葉を返すのを諦めた。

「ニーナ様は、ユウキ様と恋仲なのだと思ってました」
「えっ」
「……ユウキ様は否定していましたが」
「当たり前です。違いますよ」

 主従関係と知るまでは恋仲だと思っていて、ニーナの腕を纏う魔力の流れで奴隷だとまでは気付いたものの、ユウキが否定して来るまではでも恋仲なのだと思っていた。

「おふたりは出会ってからどのくらいになるのですか?」
「……まだ2週間も経っていませんよ」
「おふたりの出会いを聞かせてもらえませんか」

 ようやくマリーが当初の目的である「聞きたいこと」を口に出すと、ニーナは「いいですよ」と呟くと、ゆっくりと出会いからを語り始めた。
 詩人でもないニーナの話はそれでも、マリーが今までに聞く何よりも――とは言ってもマリーが誰かの話をちゃんと聞けることなど、これまでにあまり経験がなかったせいもあるが――魅力的なものだった。

 貴族であったこと。父親が他人の負債を肩代わりし、そのツケがニーナに回って来たこと。そしてニーナはそんな父親をダメな父親だとは思わず、誇りに思っているのだということ。
 ニーナを引き取ってくれたのが顔見知りであったことで、どれだけ救われた気持ちになったかということ。そうして過ごした数年間は、まぁ立場上辛い場面もあったが、概ね良好であったと言えることを語る頃から、マリーの反応が少し薄くなった。

 そしてそのルイージの最期に話が及ぶ頃、マリーからの反応は完全に途絶えた。

 ユウキの非常識さを目の当たりにしたのだから、きっと精神の方が疲れてしまったのだろうと予測していたニーナは、少しだけくすりと顔を綻ばせると、「おやすみ」と小さく声をかけて、自らも眠りに就いた。


 目を覚ましてすぐにユウキの部屋を訪れると、すでにユウキは出かけた後のようだった。
「どこへ行ったのでしょう、……聞くまでもありませんが」
「本当に聞くまでもないですね」
 昨日のあの様子を見るに、恐らくは今日も工房だろうとマリーは考える。どうやらニーナもそう考えていたらしく、くすりと笑ってあっさり肯定された。
「……見に行っても大丈夫でしょうか」
を他の人に見せなければ平気でしょう。ちゃんと隠していれば大丈夫です」
 恐る恐る尋ねるマリーに、内心「多分」と付け加えながら、ニーナはそれでも、奴隷であることを隠すことを改めて厳命せざるを得ない。
 ユウキはユウキであの調子だが、マリーの方も少し危なっかしいところがある。幼い頃から奴隷として育てられて来たせいか、奴隷以外の身の振り方を知らないのだろう。
 中間に位置するであろうニーナが気を付けなければ、と考えるのは普通のことだ。


 鍛冶屋に行ってみると、マリーが思った通りの光景が繰り広げられていた。
 手に持った短剣が、一瞬まるで溶けたかのようにどろりと姿を変え、あっと言う間に鉄の塊へと姿を変えるのを見て、ニーナは絶句する。
 ニーナの知識の中にも、オート・リターンの知識はある。あるが同様に目の前で繰り広げられるこの技術が、長い修練の上で成り立つものであることも知っている。

 ユウキはまるで、それを最初から知っているかのように軽々と使い続けているのだ。

 絶句以外の選択肢は、ニーナにはない。もちろんマリーにも。
 何故ならこの前ユウキは、師匠と思しきドワーフに、ミゼリコルデの型を貰っていたばかりのはずだ。

 それが何故、鉄からミゼリコルデがいきなり生成されているのか。

 過程をすっ飛ばしすぎだ。まるで最初から知っていたかのように。どう考えても異常な。どう考えても異質な。どう考えても、これは。

 ユウキはミゼリコルデを作り続ける。ふたりの奴隷の理解を、遥か彼方に置き去りにして。
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