ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくとくろさきのかんけい(8)

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 ユウキが部屋で何をしているのか、奴隷2人――というとユウキに拒否反応が出るので、女性2人と言い換えよう――は知らなかった。
 唯一わかっているのは、鍛冶場で起きた例の現象、……いや、はっきり言えば『異常』だけだ。
 加えて、マリーにだけわかっているのは、隣の部屋を渦巻く魔力の奔流。物理的な壁があると言っても、所詮安宿の壁なので、隣室との境を隔てる壁から漏れ出して来る魔力に気付いて戦慄を隠すだけで心中穏やかではない。
 マリーだけにわかると言うのであればそれでもいいだろうが、魔力の動きを目で追える類の人物が見たら大騒ぎになる可能性すらある。

 まぁ、こんな夜中に魔力の奔流が安宿の一室内で渦巻いているなど、誰も想像しないだろうから構わないと言えば構わないが、それでも絶対にないと断言できない時点で、気が気ではないというのがマリーの心中だ。

 明日になったら、人前であの神器を使うのを――いや、正確にはあの神器で通信を行うのを、だが――ちゃんとやめるように言って聞かせるべきだろう。一度目の前で見せてもらった通信の様子を、マリー以外の人物が見ていたら。そしてその魔力の奔流に気付いてしまったら、きっと大変なことになるに違いない。
 幸いにも、マリーとニーナは同じ意見で、そしてユウキはふたりに優しい主人なので、きっとちゃんと話せば聞いてくれるだろう。



 ユウキは実験を繰り返していた。
 ツールにを反映し、そこにあるものを触れる。
 ツールにを反映し、そこにあるものを触れる。
 この辺に関しては、元世界にいた時と挙動は同じだ。触れるし、ユウキが動けばツールの場所も動く。
 わかっていたことだが再確認。

 次にやるべきは、あの番組でやったのと同じ実験だ。

 このために、小さな鉄屑を鍛冶場から多めに拾っておいた。
 ツールに元世界を反映し、鉄屑をツールの上から落としてみる。
 カツン、と音を立てて、足元に鉄屑が落ちた。
「……からには移動できたのになぁ」
 できた、はずなのだ。現にカッターや鉛筆はあのタレントの視界から消えたのだから。
 だとすれば、何か条件が異なるのだろうか。

「……そういえば、で携帯試した時って」

 僅かに思い出した違和感に気付く。
 そういえば、通信部がツールに触れた時、携帯は圏外になっていた気がする。
 だが、こっちの世界に持ってきてしまったスマホがちゃんと通信できているのは何故だろう。

 何か理由があるのだ。

 試しに、とツールにスマホを翳してみる。
「――あ」
 少しの時間を空けて、スマホが電波を見失った。
 を映しているはずのツールの中で、携帯の電波が切れるとはどういうことだろうか。
 まさか壊れたということはないだろうか、と携帯をツールから外してみれば、数秒送れて電波が戻る。

「……うーん?」

 どうにもこうにもわからないことだらけだ。
 ため息を吐きながら、ユウキはインターネットブラウザを開く。
 何かヒントになりそうなものは、と考えると、あの番組くらいしか、思い付かなかった。



「――にお住まいの為我井ためがい 勇樹ゆうき君、13歳中学生からのご依頼です」
 最初の方が切れていたが、少しだけ覚えのある女性アナウンサーの言葉が流れ始めると、ユウキは少し音量を落とした。
「僕には、他の人に見えないとあるものが見えます」
 ユウキが送った手紙の文章が読み上げられ、「これの謎を調べてもらえないでしょうか、お願いします」という締めまでを読み上げる途中、局長と呼ばれる大物俳優が「へぇー」「あらー不思議」などと相槌を打つ。

 シーンはすぐに探偵役のお笑い芸人を映し、少しの笑いを誘った後、ユウキの記憶より少し古い町並みを映し出した。


「君がユウキ君か」
「あ、はいこんにちは」
 あらかじめ少し打ち合わせをし、その収録は外で行われた。
 テレビ用の受け答えを簡単に決められた上で、実際のツールの検証だけは一発取り――テレビ局の良心的に、たとえイカサマだろうとそれはちゃんとやろうということらしい――ということだったと覚えている。
 そこで、簡単にツールについての説明をするが、その説明が少しわかりにくかったせいか、打ち合わせの中でその説明も少し修正された。リアリティを持たせるため、探偵抜きで。
 その上で、玄関先でユウキと探偵の初対面、というのが探偵役の芸人との出会いだ。

「つまりこの辺やな?こんな感じで」
「もうちょっとこの辺……あ、はいその辺です」

 細かく言えば多分少し違うんだろうけど、と思いながら答えつつ、ユウキはとりあえずそれでよしとすることにした。
 テレビ的にも、あまり長引かせるのもアレだと思ったのもあるが。
「ほんで、ちょうどここに見える樹があるんやんな?」
「あ、今はないです。ただ、歩いてると樹だけじゃなくて色々見えるところがあって」

 説明が長くなると思ったのだろうか、一度カットされ、少し場所を移すことになった。
 

「樹があるんやんな?」
 再びカメラが回され、さっき聞いたのと同じテンションで探偵が尋ねた。
「だったらその樹の皮一枚剥いたらどうなるん?」
 そう尋ねられ、探偵役はユウキの話を聞いてから、少し質問を用意していたんだろうと気付く。
 その着眼点はユウキが考えたこともなかったところだが、……まぁ樹の皮を剥くくらいならいいか、とやってみることにした。これが樹を切り倒してみたら、とかであれば断ったかもしれないが。

 少し堅くて苦労はしたが、樹の皮を剥がすことはできた。

 それを取り出そうとしたら、ツールから出した瞬間に、まるで最初からなかったかのように、持っていたはずの手からそれは消えた。
 探偵役はひどく残念がり、そのあといくつもの実験を繰り返し、最後にはその存在を信じてくれるように、「夢があるな」という言葉を残した。


 最後に探偵役が「アレビビりまっせ!」と笑いを取っているところで動画を止めた。
 あの時自分が何を思っていたのか、何を考えていたのか。
 状況が朧気なものから、少しづつ現実に蘇るような感覚。

 あの時、ユウキはあの樹の皮に、「あぁこれ、ツールから出すことは出来ないんだろうな」と考えていたはずだ。現実にそれがツールから出ずに消えたことも、「あぁやっぱり」としか考えていなかった。

 でも、こっちに来てからはどうだろう。
 あの時、ユウキはこの世界を認識していだろうか。
 非現実的な、画面ツールの中の出来事だと思ってはいなかったか。

 ツールに指を入れても、それが本当にツールの向こうに行ったと認識していたわけではない。

 ツールの中を今は前の世界だと認識している。
……だから前の世界からの電波が来る。黒崎とも繋がり、携帯会社に電話も繋がる。
 世界はユウキが認識しているものに限るのではないだろうか。
 世界認識すれば、ユウキがいる位置に限り、ツールの範囲だけそこは認識した世界となる?

 いやいやいや、何そのご都合主義な理論。

 自らの考えを否定し、ユウキは苦笑した。
 それでも、今電波が途絶えたのは確かだ。
 スマホではなく、指をツールに触れながらスマホを見る。

――圏外。

「……あれ?」
 つまり、スマホがツールに入った時に圏外という仮説は間違いで、指……いや、ユウキ自身がツールに触れると電波が途絶えるということになるのか。
 どういう理屈だろう。
 それさえわかれば、あっちとこっちでやり取りできたりしないだろうか。
 ニーナやマリーの体毛を向こうに送ったり、……体毛って言うとちょっとアレだけど。
 向こうにいる人をこっちにって言うのは、ちょっと無理ゲーな気がするけど。

 どう考えても普通は無理だろうけど。
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