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過ち
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私は母と祖母から手厳しく育てられた。
男性とは一切接すること無く、同じ年頃の人と接すること無く、狭い世界で生きてきた。
「大御神様のお言葉は絶対です。」
祖母が死ぬ間際まで言い続けた言葉。
その言葉を道しるべに生きてきたのだ。
3歳の時、私は初めて大御神にお目見えした。
その時大御神はこう仰った。
「僕のことは天月と呼んで。皆大御神と呼ぶから名前を忘れそうなんだ。」
「は、はい。」
「あと、大人のいない所では友だちね。」
「とも、だち?」
「そう。」
私の手を握ってそう話していた大御神は、今思えば5歳とは思えない大人びた子どもでいらっしゃったと思う。
『大御神様のお言葉は絶対です。』
それをただ忠実に守った。
「おはよう、朔媛。」
「おはようございます、天月。」
それから毎日天月の家に通い、彼の部屋で会うようになった。
ほとんどの場合ほかの人間はいない。
だから大御神のお言葉通り、友達らしく振舞った。
気づけば友だちになっていた。
「朔はここを出られるとしたらどこに行く?」
「…海に行きたいですね。遠くから見るんじゃなくて、砂浜で遊んでみたい。」
「砂まみれになりそうだね。僕は遊園地。」
「遊園地…?」
「知らないかい?この前本で読んだのだが、色々な乗り物があって楽しいところらしい。まぁ僕も大して知らないけれど。」
「そんなところが…。天月はモノシリですね。」
「そうかい?君の方がよっぽど賢いよ。」
そんな他愛ない話をする1時間。
それが毎日続いた。
外と隔離されたこの世界には天月しかいなかった。
続かないと分かっていて、それでも止められずにいた。
天月と呼ぶこと。
同じ目線で隣に座って手を繋いで話すこと。
彼にとって人の温もりは私だけで、
私にとって心の温もりは彼だけで。
お互いに強く依存してしまったのだった。
そして男女が二人きりで共依存の関係になればその先には芽生えてはいけない感情が顔を出す。
しかし私たちにはそれに気づく方法がない。
教えられていなければ学ぶ機会もない。
『恋情』だなんて気づくわけがない。
私は踏みとどまるべきだった一線を無意識に越えてしまっていたのだった。
天月は13歳になった時から大御神になる。
12月31日、前大御神がご引退の儀式を執り行われ、本院からご隠居するための屋敷に移られた。
前大御神のご引退と時同じく、私は大巫女として社殿に身を移し、天月が大御神として降臨するのを拝殿の中で一人待つのだった。
その夜は泣くことさえ許されない。
ひたすら時を待ち神を待つのだ。
明朝4時、その儀式が始まる。
ずっと練習してきた祝詞を読み、ひたすら待ち続ける。
派手な神輿に乗ってお見えになった天月は私の横を抜け赤い階段を上がり、その扉を開く。
その先の椅子に腰を掛けた。
この時をもって大御神となったのだった。
その年は初詣は行われず、三賀日の間は再臨祭と呼ばれる祭りが行われた。
そして1月4日、初めて大御神と言葉を交わしたのだった。
「大御神、大巫女としてお仕えし申し上げます、朔でございます。」
畳の間で薄布を間に挟み向かい合う私たちに友だちだった頃の空気は残っていなかった。
「契を果たせなかった。」
「契…とは。」
「何でもない。……大巫女朔。我の言葉聞き届けよ。」
「その大役、ただ今より務めさせていただきます。」
男性とは一切接すること無く、同じ年頃の人と接すること無く、狭い世界で生きてきた。
「大御神様のお言葉は絶対です。」
祖母が死ぬ間際まで言い続けた言葉。
その言葉を道しるべに生きてきたのだ。
3歳の時、私は初めて大御神にお目見えした。
その時大御神はこう仰った。
「僕のことは天月と呼んで。皆大御神と呼ぶから名前を忘れそうなんだ。」
「は、はい。」
「あと、大人のいない所では友だちね。」
「とも、だち?」
「そう。」
私の手を握ってそう話していた大御神は、今思えば5歳とは思えない大人びた子どもでいらっしゃったと思う。
『大御神様のお言葉は絶対です。』
それをただ忠実に守った。
「おはよう、朔媛。」
「おはようございます、天月。」
それから毎日天月の家に通い、彼の部屋で会うようになった。
ほとんどの場合ほかの人間はいない。
だから大御神のお言葉通り、友達らしく振舞った。
気づけば友だちになっていた。
「朔はここを出られるとしたらどこに行く?」
「…海に行きたいですね。遠くから見るんじゃなくて、砂浜で遊んでみたい。」
「砂まみれになりそうだね。僕は遊園地。」
「遊園地…?」
「知らないかい?この前本で読んだのだが、色々な乗り物があって楽しいところらしい。まぁ僕も大して知らないけれど。」
「そんなところが…。天月はモノシリですね。」
「そうかい?君の方がよっぽど賢いよ。」
そんな他愛ない話をする1時間。
それが毎日続いた。
外と隔離されたこの世界には天月しかいなかった。
続かないと分かっていて、それでも止められずにいた。
天月と呼ぶこと。
同じ目線で隣に座って手を繋いで話すこと。
彼にとって人の温もりは私だけで、
私にとって心の温もりは彼だけで。
お互いに強く依存してしまったのだった。
そして男女が二人きりで共依存の関係になればその先には芽生えてはいけない感情が顔を出す。
しかし私たちにはそれに気づく方法がない。
教えられていなければ学ぶ機会もない。
『恋情』だなんて気づくわけがない。
私は踏みとどまるべきだった一線を無意識に越えてしまっていたのだった。
天月は13歳になった時から大御神になる。
12月31日、前大御神がご引退の儀式を執り行われ、本院からご隠居するための屋敷に移られた。
前大御神のご引退と時同じく、私は大巫女として社殿に身を移し、天月が大御神として降臨するのを拝殿の中で一人待つのだった。
その夜は泣くことさえ許されない。
ひたすら時を待ち神を待つのだ。
明朝4時、その儀式が始まる。
ずっと練習してきた祝詞を読み、ひたすら待ち続ける。
派手な神輿に乗ってお見えになった天月は私の横を抜け赤い階段を上がり、その扉を開く。
その先の椅子に腰を掛けた。
この時をもって大御神となったのだった。
その年は初詣は行われず、三賀日の間は再臨祭と呼ばれる祭りが行われた。
そして1月4日、初めて大御神と言葉を交わしたのだった。
「大御神、大巫女としてお仕えし申し上げます、朔でございます。」
畳の間で薄布を間に挟み向かい合う私たちに友だちだった頃の空気は残っていなかった。
「契を果たせなかった。」
「契…とは。」
「何でもない。……大巫女朔。我の言葉聞き届けよ。」
「その大役、ただ今より務めさせていただきます。」
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