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西の闇
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「大御神、申し訳ございません。私にはやはり、神の子を授かるなど、してはならないことでした。」
守ろうと思った。授かった以上、大御神に、そして神の御子に選ばれたことを自覚し、母としての務めを果たす覚悟はしたつもりだった。
なんと浅はかだったのだろうか。
大巫女である私にそのようなことができるはずもなかったのだ。身の程を知らなすぎたと自らを嘲笑いたくなる。
裸足で森を駆け抜けながら、自分の足を伝って流れる血に足を掬われないように、謝罪を口にした。
「私には、無理でした。」
さっきまであった怒りも悔しさもない。今はただ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
私はこの失態を償うために、ひたすら走った。
西での生活を想像を絶する過酷さだった。
到着して割り当てられた部屋は本殿裏の納屋。中は埃をかぶった荷物が無造作に積まれ、使える場所は四畳にも満たなかった。窓もない。鍵もない。本当に倉庫としての機能しかない空間だった。
到着した翌日、年増の巫女が納屋を訪れた。手には着古された巫女装束。
「女神様からのご意向で、私たちのお仕事をお手伝いいただくことになりました。動かず引きこもるのはお身体によくありません。着替えて社務所までお越しください。」
言われた通り着替えて彼女のもとへ行けば、到底巫女の仕事とは思えない力仕事を休みなく与えられた。妊娠初期の身体にはどうにもきついが、少しでも手を止めようなら
「東の大巫女も大したことない」
「大巫女がこれじゃあ、他の巫女は使い物にならない」
「大御神も苦労している」
と東を貶める言葉ばかり。私は歯を食いしばって与えられた仕事をするしかなかった。
日もくれたころ、ようやく納屋に戻れば納屋は荒らされ、持参していたわずかな私物は全てなくなっていた。鍵がないため、私物は納屋に置かれた荷物の奥に隠していたのに。
疲れた身体では荒らされた納屋を前に行動を起こすことができず、私はそのまま崩れ落ち、眠ってしまった。
翌日、寝苦しさから目を覚ます。まだ日は昇っていないが、蒸し暑くて気分も悪く、眠ることを諦めて納屋を片付けることにした。汗を拭うため井戸へ行こうと扉を開けると砂のかかった握り飯が一つ、地面に置かれていた。
「ここまでやるのね…。」
食事さえろくに食べられないのか。それではお腹の御子を育てることできない。
私に残された使命は御子を無事に出産し、大御神の子孫としてこの世に残すことだけ。
私は女神に直談判することにした。
早朝、午前の開帳に合わせて拝殿へ出向くと、本殿から降りてきた巫女に女神のもとへ参上するよう言われた。
私はお腹に宿る大御神の御子をいたぶる真似は控えてほしいと女神に伝えたが、それが裏目に出ることとなった。
その日の夜、納屋は再び荒らされており、私が戻るのを待っていたように巫女たち数名が現れ私を背後から突き飛ばしたのだ。
やはりそうか、女神も巫女たちも私が堕胎することを望んでいるのだ。そうすればまた、大御神のもとへ行ける。私が邪魔で邪魔で仕方ないのだ。
お腹を守りながら倒れた私に巫女たちはさらに背後から水をかけたり蹴ったり暴言を吐いたり。
まともに食事をしておらず、重労働ばかりさせられている私には抗うことなどできなかった。
これが一週間続いた。私は巫女の仕事を放棄して納屋に篭った。内側から扉につっかえ棒がわりに荷物を詰め、反対の扉の前には重みのある荷物を高く積んで壁を作った。お腹の御子を殺されるわけにはいかなかった。
さらに翌日には男衆に襲われた。本殿裏の敷地は林になっており、その中をひたすら追いかけられる。
転ばないように、体力の限り走り続けた。物陰で息を殺し、男衆をまく。それが数日続き、とうとう捕まった。
男衆が四人、私を取り押さえる男が二人と私の目の前に立つ男が二人。
「女神の怒りを買うと子どもは産まれない。聞いたことがあるだろう。」
「女神の力とでも言いたいのですか。」
「ああ。俺たちを恨むなよ。」
「大御神はあなたたちも女神もここにいるすべての人を許しません。」
「そうかい。」
男は手に持っていた木刀で無防備にさらされた私のお腹を3回殴った。
悔しさと怒りと不甲斐なさと悲しみがない混ぜになって、泣くことも声を出すこともできなかった。
「父さん、これ、好きにしていいの?」
後ろで静かに立っていた若い男が、木刀を振るった男にそう言った。
私は死に物狂いで暴れた。痛みも疲労も全く感じなかった。油断していた男たちの腕から逃れ、ひたすら走った。
後ろから聞こえる男衆の声からひたすら遠ざかるように、本殿から離れるように、とにかく走った。
絶壁の海岸があることは知っていた。
立ち止まって後ろを振り返る。男衆は立ち止まってこちらを見ていた。何か言っているようだが、何故か聞こえない。
私は久しぶりに笑った。最期くらい楽しいことを考えよう。
思い出す楽しかった記憶は幼い頃大神と過ごした時間ばかり。本当に私の人生は大御神ばかりだった。
まだ天月と呼んでいたあの日々。手を繋ぎ庭を歩いたり、本を読み聞かせて下さったり、知らない世界をたくさん伝えてくださったり。
自分の人生を天月様のために使えることが、本当に嬉しかった。間違いなく、今までの日々は充実していた。
「さようなら、天月様。」
自然と溢れたその言葉。どうか届きますように。
守ろうと思った。授かった以上、大御神に、そして神の御子に選ばれたことを自覚し、母としての務めを果たす覚悟はしたつもりだった。
なんと浅はかだったのだろうか。
大巫女である私にそのようなことができるはずもなかったのだ。身の程を知らなすぎたと自らを嘲笑いたくなる。
裸足で森を駆け抜けながら、自分の足を伝って流れる血に足を掬われないように、謝罪を口にした。
「私には、無理でした。」
さっきまであった怒りも悔しさもない。今はただ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
私はこの失態を償うために、ひたすら走った。
西での生活を想像を絶する過酷さだった。
到着して割り当てられた部屋は本殿裏の納屋。中は埃をかぶった荷物が無造作に積まれ、使える場所は四畳にも満たなかった。窓もない。鍵もない。本当に倉庫としての機能しかない空間だった。
到着した翌日、年増の巫女が納屋を訪れた。手には着古された巫女装束。
「女神様からのご意向で、私たちのお仕事をお手伝いいただくことになりました。動かず引きこもるのはお身体によくありません。着替えて社務所までお越しください。」
言われた通り着替えて彼女のもとへ行けば、到底巫女の仕事とは思えない力仕事を休みなく与えられた。妊娠初期の身体にはどうにもきついが、少しでも手を止めようなら
「東の大巫女も大したことない」
「大巫女がこれじゃあ、他の巫女は使い物にならない」
「大御神も苦労している」
と東を貶める言葉ばかり。私は歯を食いしばって与えられた仕事をするしかなかった。
日もくれたころ、ようやく納屋に戻れば納屋は荒らされ、持参していたわずかな私物は全てなくなっていた。鍵がないため、私物は納屋に置かれた荷物の奥に隠していたのに。
疲れた身体では荒らされた納屋を前に行動を起こすことができず、私はそのまま崩れ落ち、眠ってしまった。
翌日、寝苦しさから目を覚ます。まだ日は昇っていないが、蒸し暑くて気分も悪く、眠ることを諦めて納屋を片付けることにした。汗を拭うため井戸へ行こうと扉を開けると砂のかかった握り飯が一つ、地面に置かれていた。
「ここまでやるのね…。」
食事さえろくに食べられないのか。それではお腹の御子を育てることできない。
私に残された使命は御子を無事に出産し、大御神の子孫としてこの世に残すことだけ。
私は女神に直談判することにした。
早朝、午前の開帳に合わせて拝殿へ出向くと、本殿から降りてきた巫女に女神のもとへ参上するよう言われた。
私はお腹に宿る大御神の御子をいたぶる真似は控えてほしいと女神に伝えたが、それが裏目に出ることとなった。
その日の夜、納屋は再び荒らされており、私が戻るのを待っていたように巫女たち数名が現れ私を背後から突き飛ばしたのだ。
やはりそうか、女神も巫女たちも私が堕胎することを望んでいるのだ。そうすればまた、大御神のもとへ行ける。私が邪魔で邪魔で仕方ないのだ。
お腹を守りながら倒れた私に巫女たちはさらに背後から水をかけたり蹴ったり暴言を吐いたり。
まともに食事をしておらず、重労働ばかりさせられている私には抗うことなどできなかった。
これが一週間続いた。私は巫女の仕事を放棄して納屋に篭った。内側から扉につっかえ棒がわりに荷物を詰め、反対の扉の前には重みのある荷物を高く積んで壁を作った。お腹の御子を殺されるわけにはいかなかった。
さらに翌日には男衆に襲われた。本殿裏の敷地は林になっており、その中をひたすら追いかけられる。
転ばないように、体力の限り走り続けた。物陰で息を殺し、男衆をまく。それが数日続き、とうとう捕まった。
男衆が四人、私を取り押さえる男が二人と私の目の前に立つ男が二人。
「女神の怒りを買うと子どもは産まれない。聞いたことがあるだろう。」
「女神の力とでも言いたいのですか。」
「ああ。俺たちを恨むなよ。」
「大御神はあなたたちも女神もここにいるすべての人を許しません。」
「そうかい。」
男は手に持っていた木刀で無防備にさらされた私のお腹を3回殴った。
悔しさと怒りと不甲斐なさと悲しみがない混ぜになって、泣くことも声を出すこともできなかった。
「父さん、これ、好きにしていいの?」
後ろで静かに立っていた若い男が、木刀を振るった男にそう言った。
私は死に物狂いで暴れた。痛みも疲労も全く感じなかった。油断していた男たちの腕から逃れ、ひたすら走った。
後ろから聞こえる男衆の声からひたすら遠ざかるように、本殿から離れるように、とにかく走った。
絶壁の海岸があることは知っていた。
立ち止まって後ろを振り返る。男衆は立ち止まってこちらを見ていた。何か言っているようだが、何故か聞こえない。
私は久しぶりに笑った。最期くらい楽しいことを考えよう。
思い出す楽しかった記憶は幼い頃大神と過ごした時間ばかり。本当に私の人生は大御神ばかりだった。
まだ天月と呼んでいたあの日々。手を繋ぎ庭を歩いたり、本を読み聞かせて下さったり、知らない世界をたくさん伝えてくださったり。
自分の人生を天月様のために使えることが、本当に嬉しかった。間違いなく、今までの日々は充実していた。
「さようなら、天月様。」
自然と溢れたその言葉。どうか届きますように。
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