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身投げ
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「お、大御神様、蛍です。」
「入れ。」
本殿の奥、扉の向こうから大巫女となった蛍の声を聞き、部屋を入るよう促した。
「姉様、朔媛は現在病院に運ばれ処置を受けています。」
ソファに座る僕に、薄布越しにか細く報告する蛍。
「無事なのか。」
「とても危険な状況のようです。」
「何があった。」
蛍は言いにくそうに口を開く。
「…朔媛自ら、身を投げたとのことです。」
「他に何か聞いているか。」
「西と話し合いの場を設けるようです。大御神様の御子がお亡くなりになったことと姉様の身投げについて…。」
「そうか。」
僕は立ち上がり寝所へ行こうとした。蛍は薄布の奥へすら踏み入れていない。自分で全てやるから、と言ってやらせていないのと、蛍自身が大巫女としての教育を受けていないことから、儀式的な部分を学んでいる最中であるため負担が大きいからだ。儀式的な部分も蛍の母や祖母が手伝いながらどうにかつないでいる状況。そのせいか蛍は僕に対してとても控えめに振る舞っていた。ところが。
「…わ、私は、姉様が大御神様の御子を亡くすような行動をとるとは思えません。」
突然蛍は立ち上がり、大きな声でそう言った。
「姉様は、皆様にご懐妊を報告された時、命に変えても御子を産むとおっしゃっていました。それが自分に残された使命だと。あれほどのご覚悟で西に向かわれたのに。…私は姉様とほとんど接点もありませんが、姉様がどれほど偉大だったかはこの2ヶ月で知りました。これほどの方が、自分の使命をあれほど大切にされていた姉様が、御子を、大御神様の御子を…。」
早口にそう言う蛍。
そんなこと、僕の方が知ってる。責任感の強い朔が自死を選ぶなどよほどのこと、…使命が果たせなかった、ほどのことがなければまずあり得ない。そして、使命を果たせなかったとき、彼女は責任感から死を選んでしまう可能性がある。
「わかっている。西には其れ相応の報いを受けてもらわねば。」
私の、僕の朔をここまで追い込んで許すわけがないだろう。
翌日以降、毎晩蛍が朔の容体を伝えてくれた。
一命は取り留めたものの、生死の境にいることは間違い無いそうだ。
しかし、生きているはずの朔の存在を感じ取れないのは、朔が生きることを拒んでいるからだろう。
それがまた、とても気がかりだった。
そして件の日から5日たった今日、西から使者が寄越された。使者たちは拝殿で大御神である私に形式ばかりの挨拶を述べる。
蛍は手間取りながらもどうにか進行していく。
使者を見据え、私は初めて大御神として激しい怒りを覚えた。天月としても、これほど怒りを抑えることが難しかったことなどない。
「この度はお預かりしていた大切な御子をなくす結果となってしまったことをお詫びにまいりました。」
使者二人のうちの一人がそう述べた。
「我々の知らぬところで思い悩むことがあったようで、我々も大御神様からのご連絡をいただくまで気付くことさえできず…。」
聞いていられない。これほど不快な音があるだろうか。
この使者たちを前にして視えてしまっている。このものたちの思惑も、記憶も、すべて。
「もう良い。黙れ。」
後ろに控えていた蛍が「え?」と小さく言った。
「あれを黙らせてくれ。もうすでに視えていると伝えろ。」
蛍は急いで拝殿へ降りようとする。
「あと父たちを呼んで、話し合いは拝殿でやるように。伝えてくれ。」
「は、はい!」
どたどた足音を響かせ拝殿へ降りていく。
この足音も聞くようになって1ヶ月。初めは煩わしかったこの音さえまだ心地いいと思うくらいに、使者たちの発する言葉が不快で仕方ない。
拝殿では私の言葉を蛍から聞き黙り込む二人がいた。
「今すぐにでも、」
今すぐにでも手を下したい。
私の最も大切なものを、ひどく痛めつけ、悲しませた罪は、この世の何よりも重い。
数分ほどで蛍が父と祖父を連れて現れた。
二人は本殿の方に祝詞を申し述べ、拝殿での使者たちとの会話の許可を申し出た。
蛍を介して許可をする。
父と祖父、使者二人は本殿を横手に向かい合い、簡単な挨拶を交わした。その後、使者から切り出す。内容は先ほど私へ述べた言葉と全く同じだった。
「あなた方の言い分はわかりました。私たちは現場におりませんでしたから、真実を知ることは叶いません。しかし、大御神は先ほどあなた方から『視えた』とおっしゃったようですね。」
祖父が柔らかくそう述べる。
使者は怪訝そうな顔をした。
「我々の言葉は信用いただけませんか。」
「あなた方も真相をご存知ないのでしょう。朔媛が身を投げるまでに思い詰めることを察知できなかったと。」
「私たちは真相を知りたいのですよ。大巫女として長くよくやっていた朔媛が、御子を産むことを諦め自らの命を断つことを選んだ理由を。」
祖父と父はあくまで柔らかくそう述べるが、二人からは穏やかな雰囲気は微塵も出ていない。
父は、蛍を呼んだ後、私の方へ向き直った。蛍が私への祝詞を申し述べる。この祝詞は私の視るもの、聞こえるものを聞かせてほしい旨を述べるもの。
蛍の祝詞は正直「視る」上でほとんど役に立たないほど辿々しい。朔の祝詞は私の力を引き出しやすいように支えてくれるものだった。あの声を私から奪った人間を前にしていると思うとどうにかなってしまいそうだ。
蛍が祝詞を終え、階段を登り、本殿の前に膝をつく。
「女神の力と称した人間の暴力だ。堕胎の原因は、そこに座る男による暴行。朔が身を投げたのは後ろにいる男に追われた結果。朔はこのままではもたないだろう。東へ急ぎ移せ。」
蛍を見ると肩を震わせ、声を殺して泣いていた。
「蛍。」
「は、…はい。あ、いえ、承りました。」
蛍は階段を降りて四人の前で詞を伝える。
「そうか。」
父は顔を上げたところで独りごち、使者たちに向き直る。
「大御神の言葉に偽りがありましたか?」
祖父は使者に尋ねた。使者たちはしばらく黙っていたがやがて顔を上げた。
「…我らと認識が異なるようですね。無意識のうちに朔媛殿を追い詰めるようなことをしていたとは…。」
「もう結構です。早速ですが朔媛をあなた方の病院からこちらに移す手続きをさせていただきます。」
朔がいる病院は西の院が深く関わる病院。容体が安定していない今の移動は危険だが、西にいては今のまま変わらない。
祖父と父がこれ以上真相については言及しない姿勢をみせ、使者に転院について切り出す。
間も無く、朔の転院について日取りや手順が決まり、四人は本殿から去っていった。
「入れ。」
本殿の奥、扉の向こうから大巫女となった蛍の声を聞き、部屋を入るよう促した。
「姉様、朔媛は現在病院に運ばれ処置を受けています。」
ソファに座る僕に、薄布越しにか細く報告する蛍。
「無事なのか。」
「とても危険な状況のようです。」
「何があった。」
蛍は言いにくそうに口を開く。
「…朔媛自ら、身を投げたとのことです。」
「他に何か聞いているか。」
「西と話し合いの場を設けるようです。大御神様の御子がお亡くなりになったことと姉様の身投げについて…。」
「そうか。」
僕は立ち上がり寝所へ行こうとした。蛍は薄布の奥へすら踏み入れていない。自分で全てやるから、と言ってやらせていないのと、蛍自身が大巫女としての教育を受けていないことから、儀式的な部分を学んでいる最中であるため負担が大きいからだ。儀式的な部分も蛍の母や祖母が手伝いながらどうにかつないでいる状況。そのせいか蛍は僕に対してとても控えめに振る舞っていた。ところが。
「…わ、私は、姉様が大御神様の御子を亡くすような行動をとるとは思えません。」
突然蛍は立ち上がり、大きな声でそう言った。
「姉様は、皆様にご懐妊を報告された時、命に変えても御子を産むとおっしゃっていました。それが自分に残された使命だと。あれほどのご覚悟で西に向かわれたのに。…私は姉様とほとんど接点もありませんが、姉様がどれほど偉大だったかはこの2ヶ月で知りました。これほどの方が、自分の使命をあれほど大切にされていた姉様が、御子を、大御神様の御子を…。」
早口にそう言う蛍。
そんなこと、僕の方が知ってる。責任感の強い朔が自死を選ぶなどよほどのこと、…使命が果たせなかった、ほどのことがなければまずあり得ない。そして、使命を果たせなかったとき、彼女は責任感から死を選んでしまう可能性がある。
「わかっている。西には其れ相応の報いを受けてもらわねば。」
私の、僕の朔をここまで追い込んで許すわけがないだろう。
翌日以降、毎晩蛍が朔の容体を伝えてくれた。
一命は取り留めたものの、生死の境にいることは間違い無いそうだ。
しかし、生きているはずの朔の存在を感じ取れないのは、朔が生きることを拒んでいるからだろう。
それがまた、とても気がかりだった。
そして件の日から5日たった今日、西から使者が寄越された。使者たちは拝殿で大御神である私に形式ばかりの挨拶を述べる。
蛍は手間取りながらもどうにか進行していく。
使者を見据え、私は初めて大御神として激しい怒りを覚えた。天月としても、これほど怒りを抑えることが難しかったことなどない。
「この度はお預かりしていた大切な御子をなくす結果となってしまったことをお詫びにまいりました。」
使者二人のうちの一人がそう述べた。
「我々の知らぬところで思い悩むことがあったようで、我々も大御神様からのご連絡をいただくまで気付くことさえできず…。」
聞いていられない。これほど不快な音があるだろうか。
この使者たちを前にして視えてしまっている。このものたちの思惑も、記憶も、すべて。
「もう良い。黙れ。」
後ろに控えていた蛍が「え?」と小さく言った。
「あれを黙らせてくれ。もうすでに視えていると伝えろ。」
蛍は急いで拝殿へ降りようとする。
「あと父たちを呼んで、話し合いは拝殿でやるように。伝えてくれ。」
「は、はい!」
どたどた足音を響かせ拝殿へ降りていく。
この足音も聞くようになって1ヶ月。初めは煩わしかったこの音さえまだ心地いいと思うくらいに、使者たちの発する言葉が不快で仕方ない。
拝殿では私の言葉を蛍から聞き黙り込む二人がいた。
「今すぐにでも、」
今すぐにでも手を下したい。
私の最も大切なものを、ひどく痛めつけ、悲しませた罪は、この世の何よりも重い。
数分ほどで蛍が父と祖父を連れて現れた。
二人は本殿の方に祝詞を申し述べ、拝殿での使者たちとの会話の許可を申し出た。
蛍を介して許可をする。
父と祖父、使者二人は本殿を横手に向かい合い、簡単な挨拶を交わした。その後、使者から切り出す。内容は先ほど私へ述べた言葉と全く同じだった。
「あなた方の言い分はわかりました。私たちは現場におりませんでしたから、真実を知ることは叶いません。しかし、大御神は先ほどあなた方から『視えた』とおっしゃったようですね。」
祖父が柔らかくそう述べる。
使者は怪訝そうな顔をした。
「我々の言葉は信用いただけませんか。」
「あなた方も真相をご存知ないのでしょう。朔媛が身を投げるまでに思い詰めることを察知できなかったと。」
「私たちは真相を知りたいのですよ。大巫女として長くよくやっていた朔媛が、御子を産むことを諦め自らの命を断つことを選んだ理由を。」
祖父と父はあくまで柔らかくそう述べるが、二人からは穏やかな雰囲気は微塵も出ていない。
父は、蛍を呼んだ後、私の方へ向き直った。蛍が私への祝詞を申し述べる。この祝詞は私の視るもの、聞こえるものを聞かせてほしい旨を述べるもの。
蛍の祝詞は正直「視る」上でほとんど役に立たないほど辿々しい。朔の祝詞は私の力を引き出しやすいように支えてくれるものだった。あの声を私から奪った人間を前にしていると思うとどうにかなってしまいそうだ。
蛍が祝詞を終え、階段を登り、本殿の前に膝をつく。
「女神の力と称した人間の暴力だ。堕胎の原因は、そこに座る男による暴行。朔が身を投げたのは後ろにいる男に追われた結果。朔はこのままではもたないだろう。東へ急ぎ移せ。」
蛍を見ると肩を震わせ、声を殺して泣いていた。
「蛍。」
「は、…はい。あ、いえ、承りました。」
蛍は階段を降りて四人の前で詞を伝える。
「そうか。」
父は顔を上げたところで独りごち、使者たちに向き直る。
「大御神の言葉に偽りがありましたか?」
祖父は使者に尋ねた。使者たちはしばらく黙っていたがやがて顔を上げた。
「…我らと認識が異なるようですね。無意識のうちに朔媛殿を追い詰めるようなことをしていたとは…。」
「もう結構です。早速ですが朔媛をあなた方の病院からこちらに移す手続きをさせていただきます。」
朔がいる病院は西の院が深く関わる病院。容体が安定していない今の移動は危険だが、西にいては今のまま変わらない。
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