義弟と下僕

歩夢さん

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義弟

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俺にはどうしようもないほど魅力的な義姉がいる。

12歳の時、3つ離れた義姉ができた。
俺が「この人の弟になりたい」、そう言ったから。


早くも4年。
果たして俺はこの人の力になれているのだろうか?

俺が初めて義姉に会った時、俺は両足に酷い損傷があり、歩くことは愚か立つ事もできなかった。
義姉は無表情で車椅子に座る俺を見ていた。非情な人だろうと勝手に思い込んだ。

義姉は黙って俺の前に来ると、背を向けて屈んだ。
その行動の意味がわからず黙っていると、

「乗らないの?この家車椅子では入れないけど。」

当然のようにそう言われた。
海外から義姉の養父によって連れてこられて孤独だった俺は、ここで初めて人の優しさに触れた気がした。


1人で生活できなかった俺は、初めの2年間義姉と同じ部屋で生活していた。
義姉の役に立たなければ殺す、と義姉の養母に脅されていたので、リハビリに日本語の勉強をしながら必死で義姉の行動を観察して先回りして役に立つための努力をしてきた。
反対に義姉も相変わらず鉄仮面のようだったが、仕事をしながら俺の身の回りのことを手伝ったり、リハビリや勉強に付き合ったりと当たり前のように支え続けてくれた。
半年もすれば日常生活は支障なく過ごせるようになり、本格的に義姉のサポートに徹した。
命を賭けた義務感からの行動が、気づけば心から役に立ちたい、側にいたいと思うが故の行動に変わっていたのだった。

やがて俺は組織に参画するための準備を始めた。
義姉をより近くでより確実に支えるには、同じ仕事をするのが一番早い。
義姉に相談したら必要な教育を全て与えてくれた。
義姉はやはり強かった。一流の人から学べて幸せだと心底思った。

同時に、俺がいなくても義姉は変わらずやっていけるということも確信した。
生活面は俺が全面的に支えているが、元は1人でやっていたし俺でなくとも家政婦なり雇えば解決してしまう。
仕事面は義姉に支えなど必要ないくらい完璧。

義姉は俺を近くに置く理由がないのだ。

義姉に稽古をつけてもらいながら悩む事も増えた。
ある日、ついこのどうしようもない弱音を吐いてしまった。
義姉は言った。

「私の弟なんでしょ?弟に代わりとかないけど。あなたが弟でなければ同じ部屋で生活なんかしない。」

なぜか、俺はこの言葉で「一生この人の弟でいられるように頑張ろう」と思ってしまった。

そして出会って2年。俺も晴れて同じ組織のメンバーになることが叶った。
そして初めて義姉の仕事を知った。
義姉の仕事は俺よりずっと難しく、プレッシャーも大きい。
組織の総長でもある義姉の養父からは「次期総長候補」と名指しされていながら、まだ若く、しかも女で、周囲からの風当たりは強いなんて言葉では済まされない。
それでも任務中は仲間に命を預けなければいけない。義姉は常に周囲に従順で命令に忠実な人間として組織の中で立ち回ることで最低限の立場を守っているようだった。

故に、そんな義姉に漬け込むクズもたくさんいる。

俺が最初に気づいたのは、2年前。ちょうど俺が正式に組織に入ることになり部屋を別にした頃だ。
一緒にいた頃より明らかに遅い時間に不機嫌な様子で帰ってくることが増えた。
感情を表に出さない義姉が眉間に皺を寄せて投げやりになっている姿を俺は純粋に心配していた。

そんな折、義姉の養母に呼ばれて2人で話すことがあった。
義姉の役に立て、そう言った張本人は俺に度々義姉の様子を聞きにきていた。

「最近おかしい?…噂は本当なのかしら。」

その呟きを俺は聞き逃さなかった。
噂について養母は話してくれなかったため自分で調べた。
すぐに義姉が上司と関係を持っていること、どうやら1人だけではないことなどが判明した。

やり場のない怒りに襲われた。
大切な義姉を傷つけ、弄ぶ、ゲス野郎ども。
今すぐにでも殺してやりたかった。でも上司を殺すわけにもいかない。だがこのままにしておくわけにもいかない。

俺はすぐに告発しようとしたが養母に止められた。
義姉のプライドを傷つける気か、と。

閉鎖的な男社会、特に血生臭い世界だ。義姉もこれくらいのことで折れたり喚いたりしていたら続かない。養母はそう言っていた。

俺にはわからなかったが、義姉のプライドが傷つくことは絶対にしたくなかった。
ひたすら関わりのある上司たちについて調べ、いつか義姉が助けを求めてくれた時徹底的に潰してやろうと決意した。

1年待った。
義姉は一言もこのことを俺に相談してくれなかった。
黙っていたほうがいい、そう養母には言われていたが俺は我慢の限界に達して義姉に直接言った。

「上司と関係を持つのをやめてほしい」と。

「知ってたの?…やめないよ。必要なことだってわかっているから。」

表情を変えず義姉はそういった。
義姉が何を考えているかわからなかった。その気になれば上司をどうとでもできるはずだ。それなのにしないでいる理由がわからなかった。

問い詰めてみれば、「わからないうちは何もするな。」と釘を刺されただけ。

ここからひたすら説得をする1年が始まるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

もう限界だった。
義姉の「マテ」は俺の耐えられる限界をとっくに超えていた。俺は強く義姉に訴えた。
義姉は俺の行動に気圧されたのか、「『殺す』こと『この事実をバラす』こと以外なら好きにしていいよ。」と言った。

気が変わらないうちに、と俺は集め続けていた弱みとなる証拠の数々を義姉の養父に渡した。
義姉のことは言わなかった。養母が言っていないなら言うべきではないと思ったから。

養父の鶴の一声で一斉に調査が入った。俺たちが出張に発った日のことだった。
俺が持っていた証拠以外の余罪もザクザク出てきて、芋づる式に何人も捕まることになったと養父から電話で聞いた。

長年の鬱憤がようやく晴れた。本当なら直接手を下したかったが、これは義姉の命令だから仕方がない。
養父から「お前私怨だろ。私刑するならしてもいいぞ。」と言われたが断った。

俺は義姉に自分の手綱とギロチンの紐を預けているつもりだ。
そして俺に義姉を束縛する権利もなければ、俺が重荷になる事もあってはいけないとわかっている。
使えないコマはいらない。誰よりも物分かりと都合のいい弟でいるために自分に課した足枷だ。

弟をやめてしまった今、都合のいい弟であるための足枷は取れてしまった。

部屋に朝日が差し込んできて、自分の腕の中で眠る元義姉の姿が一層美しく見えた。

俺はこの人の何になったんだろうか。
少しは、この人の所有権を主張しても許されるだろうか。

俺は静かに義姉の首筋に歯を立てた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「虫に刺されたかもしれない。」

真顔で首筋をかきながら風呂から出てきた姿を見て「やっぱり俺に所有することはできないな。」と確信した。

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