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ルモン大帝国編
60.ぶれてはいなかった
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雪乃はうーんっと悩む。
「竜は見たいです。でも、早く届けないといけないんですよね?」
彼女もまた、ぶれてはいなかった。
一刻も早く届けなければならない荷物が有るから、ラツクはこの危険な道を選んだのだ。
「いえ、荷物はいざとなれば、息子が届けるでしょう。それよりも、パーパスの町が心配です。飛竜が町に現れれば、どれだけの犠牲が出るか」
大きく首を振ったラツクの目には、覚悟が宿っていた。
それを見届けた雪乃は、ノムルを見上げる。頭を掻いて、少しだけ息を吐き出したノムルは、
「ユキノちゃんは飛竜を見たがっていたもんねー。じゃあ少しだけ、見物してこようか?」
「はい!」
「ありがとうございます」
和やかな声、笑顔を浮かべる子供、感謝に喜色を浮かべる商人、その直後、ノムルの表情が険しくなった。
次の瞬間、落雷とも爆撃とも取れる大きな音が大地を揺らした。
「な、なんですか?」
腰を抜かし、その場にへたり込んだラツクは、怯える目をノムルに向ける。その先で、ノムルは心配そうに雪乃を見ていた。
「ユキノちゃん、大丈夫?」
音の発生した方角をじっと見つめる樹人の子は、小さく頷きはしたが、その視線を動かそうとはしなかった。
正直、ノムルにとっては、飛竜もパーパスの町も、依頼人であるラツクもどうでも良い。旅の途中に流れていく景色にしか過ぎず、移り変わることは自然であり、気にかけるほどのことではない。
もちろん、
「早く出せ!」
「追ってくるぞ……って、え?」
突如として幅広の荷馬車の上に現れた八人の冒険者の騒ぐ声も、彼にとっては虫の声に等しかった。
「おい! 何でそんな所にいるんだ?! とっとと退けろ!」
「邪魔だ! 沢に落としちまえ!」
自分達が用意しておいた荷馬車の前に立ちはだかるラツクの馬車に、冒険者達は憤りを隠すことなく罵声を浴びせる。全員が血と土に汚れていた。
悲鳴を上げたラツクは、ノムルの裾に隠れるようにしがみ付く。
「ちょっと、俺、そういう趣味無いから!」
慌てて抗議するが、そもそも問題はそこでは無い。
冒険者達の荷馬車では、魔法使い達が詠唱を始めていた。突風が吹き、ラツクの馬車を襲う。手段を選ばず、逃げ道を確保するつもりらしい。
「あー、鬱陶しいなあ、もう!」
吹き荒れる風の向こうから聞こえてくる苛立ち交じりの声にも、危機に陥っている冒険者達は顔色一つ変えない。
しかし風が収まったとき、彼らはがく然として、その目に映る光景を見た。
「「「え?」」」
間抜けな声が、揃って紡がれる。
「ったく、たかが咆哮の一つや二つで逃げ帰ってくるなら、初めから喧嘩売ったりすんなよ。それとも、目的は討伐じゃなくて、飛竜にパーパスを襲わせることだったのかなあ?」
良い笑顔を、ノムルは冒険者達に向けた。
「嘘、でしょう? 合唱魔法よ? 一人で防げるはずがないわ」
突風を放った魔法使いの一人が、呆然と呟く。
「あの程度の風も二人で詠唱しなきゃ駄目とか、才能なさ過ぎるでしょう? 廃業したら?」
「なっ?!」
眉をひそめたノムルの顔は、すぐに雪乃へと向かう。
飛竜の咆哮を聞いてから、雪乃はずっと山の上を見たまま動かない。
人間とは違う、魔物の子供。竜種の咆哮が、彼女にとってどのような意味を持つのか、ノムルには分からない。
もしかすると、人間が感じる恐怖とは別に、魔物だけが感じる何かがあるのかもしれない。
ノムルは気付かぬうちに、拳を握り締めていた。冒険者達が何か罵倒しているが、耳に届いても脳までは届かない。
顔を赤くした冒険者が荷馬車を降りてこちらへと向かってきたが、ノムルに近付く前に何かにぶつかるように無様に顔を打ち付け、足を止めた。
見えない壁に向かって殴りかかったり、剣を振り下ろしているが、羽虫が騒いでいるだけだ。
じっと固まっていた雪乃の足元が、にわかに動き出す。
小さな体で、切り立つ崖を登りはじめた。
「ちょっ、ユキノちゃん?!」
慌てて駆け寄ると、雪乃を抱き上げた。腕の中で、小さな樹人は手足をばたつかせている。
「駄目だって。君の体じゃ、この崖は登れないから。あと、一人で飛竜の所に行ったら危ないからね」
「でもっ!」
「落ち着いて」
飛竜の下に向かおうともがく雪乃の様子は、いつもと違う気がした。やはり竜種の咆哮は魔物にとっては特殊な意味があるのかと、ノムルの胸はざわめいた。
「音を遮断したから、声は他の人達には聞こえない。何があったの?」
そうっと、雪乃の耳元で囁いた。
振り向いた樹人の顔は見えないはずなのに、どこか泣いているような、逼迫した雰囲気があった。
「助けてって。卵が、壊れてしまうって」
「っ?!」
ぎゅっと、細い枝がノムルのローブを握り締める。
人の子供よりも、ずっと軽い樹人の子供を抱きしめて、ノムルは優しくその背中をあやすように叩いた。
そんなこと、された記憶も、した憶えも無いのに。
「落ち着いて、ユキノちゃん。飛竜の卵を守りたいんだね?」
問いかければ、樹人の子供ははっきりと頷く。
「分かった。じゃあ、一緒に行こうか?」
驚いたように顔をあげた雪乃に頷くと、ノムルはラツクの下へと戻る。
必死の形相で攻撃を仕掛けてくる冒険者達に怯えるラツクは、自分の馬車を牽く馬を盾にして隠れていた。
馬だって興奮している。そんな所にいたら蹴られてしまうぞと、ノムルは呆れたように見る。
「心配しなくても、この馬車の周りは結界を張っておいたから、例え飛竜がやってきても問題ないよ? ちょっと出かけてくるけど、すぐに帰ってくるから良いよね? 飛竜の様子を見てくるようにっていうのは、ラツクさんの依頼でもあるし」
にっこりと笑って、ノムルはラツクに問う。と言っても、逆らえるような雰囲気は、一ミリもないのだが。
「は、はひ。行ってらっしゃいませ」
「うん、杖を置いていくから、馬車から離れないようにね?」
「はい!」
ノムルは持っていた黒い杖を、とんっと地面に立てた。支えもなければ埋められたわけでもないのに、黒い杖はその場に自立している。
「さて、行こうか。しっかりつかまっているんだよ?」
雪乃を抱きしめたノムルが軽く地を蹴れば、その体は遥か崖の上まで一気に跳躍した。
「なっ?!」
冒険者達もラツクも、呆然としてその姿を見送った。
「竜は見たいです。でも、早く届けないといけないんですよね?」
彼女もまた、ぶれてはいなかった。
一刻も早く届けなければならない荷物が有るから、ラツクはこの危険な道を選んだのだ。
「いえ、荷物はいざとなれば、息子が届けるでしょう。それよりも、パーパスの町が心配です。飛竜が町に現れれば、どれだけの犠牲が出るか」
大きく首を振ったラツクの目には、覚悟が宿っていた。
それを見届けた雪乃は、ノムルを見上げる。頭を掻いて、少しだけ息を吐き出したノムルは、
「ユキノちゃんは飛竜を見たがっていたもんねー。じゃあ少しだけ、見物してこようか?」
「はい!」
「ありがとうございます」
和やかな声、笑顔を浮かべる子供、感謝に喜色を浮かべる商人、その直後、ノムルの表情が険しくなった。
次の瞬間、落雷とも爆撃とも取れる大きな音が大地を揺らした。
「な、なんですか?」
腰を抜かし、その場にへたり込んだラツクは、怯える目をノムルに向ける。その先で、ノムルは心配そうに雪乃を見ていた。
「ユキノちゃん、大丈夫?」
音の発生した方角をじっと見つめる樹人の子は、小さく頷きはしたが、その視線を動かそうとはしなかった。
正直、ノムルにとっては、飛竜もパーパスの町も、依頼人であるラツクもどうでも良い。旅の途中に流れていく景色にしか過ぎず、移り変わることは自然であり、気にかけるほどのことではない。
もちろん、
「早く出せ!」
「追ってくるぞ……って、え?」
突如として幅広の荷馬車の上に現れた八人の冒険者の騒ぐ声も、彼にとっては虫の声に等しかった。
「おい! 何でそんな所にいるんだ?! とっとと退けろ!」
「邪魔だ! 沢に落としちまえ!」
自分達が用意しておいた荷馬車の前に立ちはだかるラツクの馬車に、冒険者達は憤りを隠すことなく罵声を浴びせる。全員が血と土に汚れていた。
悲鳴を上げたラツクは、ノムルの裾に隠れるようにしがみ付く。
「ちょっと、俺、そういう趣味無いから!」
慌てて抗議するが、そもそも問題はそこでは無い。
冒険者達の荷馬車では、魔法使い達が詠唱を始めていた。突風が吹き、ラツクの馬車を襲う。手段を選ばず、逃げ道を確保するつもりらしい。
「あー、鬱陶しいなあ、もう!」
吹き荒れる風の向こうから聞こえてくる苛立ち交じりの声にも、危機に陥っている冒険者達は顔色一つ変えない。
しかし風が収まったとき、彼らはがく然として、その目に映る光景を見た。
「「「え?」」」
間抜けな声が、揃って紡がれる。
「ったく、たかが咆哮の一つや二つで逃げ帰ってくるなら、初めから喧嘩売ったりすんなよ。それとも、目的は討伐じゃなくて、飛竜にパーパスを襲わせることだったのかなあ?」
良い笑顔を、ノムルは冒険者達に向けた。
「嘘、でしょう? 合唱魔法よ? 一人で防げるはずがないわ」
突風を放った魔法使いの一人が、呆然と呟く。
「あの程度の風も二人で詠唱しなきゃ駄目とか、才能なさ過ぎるでしょう? 廃業したら?」
「なっ?!」
眉をひそめたノムルの顔は、すぐに雪乃へと向かう。
飛竜の咆哮を聞いてから、雪乃はずっと山の上を見たまま動かない。
人間とは違う、魔物の子供。竜種の咆哮が、彼女にとってどのような意味を持つのか、ノムルには分からない。
もしかすると、人間が感じる恐怖とは別に、魔物だけが感じる何かがあるのかもしれない。
ノムルは気付かぬうちに、拳を握り締めていた。冒険者達が何か罵倒しているが、耳に届いても脳までは届かない。
顔を赤くした冒険者が荷馬車を降りてこちらへと向かってきたが、ノムルに近付く前に何かにぶつかるように無様に顔を打ち付け、足を止めた。
見えない壁に向かって殴りかかったり、剣を振り下ろしているが、羽虫が騒いでいるだけだ。
じっと固まっていた雪乃の足元が、にわかに動き出す。
小さな体で、切り立つ崖を登りはじめた。
「ちょっ、ユキノちゃん?!」
慌てて駆け寄ると、雪乃を抱き上げた。腕の中で、小さな樹人は手足をばたつかせている。
「駄目だって。君の体じゃ、この崖は登れないから。あと、一人で飛竜の所に行ったら危ないからね」
「でもっ!」
「落ち着いて」
飛竜の下に向かおうともがく雪乃の様子は、いつもと違う気がした。やはり竜種の咆哮は魔物にとっては特殊な意味があるのかと、ノムルの胸はざわめいた。
「音を遮断したから、声は他の人達には聞こえない。何があったの?」
そうっと、雪乃の耳元で囁いた。
振り向いた樹人の顔は見えないはずなのに、どこか泣いているような、逼迫した雰囲気があった。
「助けてって。卵が、壊れてしまうって」
「っ?!」
ぎゅっと、細い枝がノムルのローブを握り締める。
人の子供よりも、ずっと軽い樹人の子供を抱きしめて、ノムルは優しくその背中をあやすように叩いた。
そんなこと、された記憶も、した憶えも無いのに。
「落ち着いて、ユキノちゃん。飛竜の卵を守りたいんだね?」
問いかければ、樹人の子供ははっきりと頷く。
「分かった。じゃあ、一緒に行こうか?」
驚いたように顔をあげた雪乃に頷くと、ノムルはラツクの下へと戻る。
必死の形相で攻撃を仕掛けてくる冒険者達に怯えるラツクは、自分の馬車を牽く馬を盾にして隠れていた。
馬だって興奮している。そんな所にいたら蹴られてしまうぞと、ノムルは呆れたように見る。
「心配しなくても、この馬車の周りは結界を張っておいたから、例え飛竜がやってきても問題ないよ? ちょっと出かけてくるけど、すぐに帰ってくるから良いよね? 飛竜の様子を見てくるようにっていうのは、ラツクさんの依頼でもあるし」
にっこりと笑って、ノムルはラツクに問う。と言っても、逆らえるような雰囲気は、一ミリもないのだが。
「は、はひ。行ってらっしゃいませ」
「うん、杖を置いていくから、馬車から離れないようにね?」
「はい!」
ノムルは持っていた黒い杖を、とんっと地面に立てた。支えもなければ埋められたわけでもないのに、黒い杖はその場に自立している。
「さて、行こうか。しっかりつかまっているんだよ?」
雪乃を抱きしめたノムルが軽く地を蹴れば、その体は遥か崖の上まで一気に跳躍した。
「なっ?!」
冒険者達もラツクも、呆然としてその姿を見送った。
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