『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ルモン大帝国編

82.人間には無い感覚だね

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「やっと着いたねえ」
「お日様が美味しいです」
「……。人間には無い感覚だね」

 帝都ネーデルに着いたのは、すでに太陽が高く昇り、昼も近付く頃だった。
 機関車から降りてくる人々、これから旅立つ人、そして彼らを見送る人や迎えつ人たちで、ネーデル駅は混雑していた。
 その人波を掻き分けて駅を出ると、ようやく密集地帯から開放される。
 とはいっても、未だ周囲に人は多く、油断をすれば波に飲まれてしまいそうだが。
 人々の隙間から町の様子を見た雪乃の視界は、一点を捉えたまま固定された。
 機関車の中ではぐっすり眠っていたので、帝都の様子を見ていなかったのだ。

「ノムルさん、あれはなんですか?」

 草色のローブを引っ張り、雪乃はそれを枝指す。その先にあったは、銀色の円盤。

「ああ、車だよ」

 目を丸くしている雪乃に、ノムルは楽しそうに笑むが、雪乃の思いとはすれ違っていることには気付かない。

(UFO!)

 それは紛れもなく、地球でUFOと呼ばれる円盤型の宇宙船であった。
 駅から出てきた人々を乗せ、飛び去っていくUFO。少し視線を動かせば、駅へとやってきたUFOから降りてくる人々もいる。
 地表から数十センチほどしか浮かんでいないが、紛れもなく宙に浮かんで移動していた。

「宇宙人ではなく、異世界人の乗り物だったとは……」
「ウチュージン? イセカイジン? また新しい単語が出てきたね」

 雪乃は感動して葉をキラキラと輝かせる。その隣で、ノムルはふむと唸りながら首を捻った。

「ノムルさん、ユキノちゃん」

 声に振り向けば、ナルツたちが立っていた。フレックはナルツに背負われ、彼の松葉杖や荷物は他のメンバーで手分けして運んでいるようだ。

「あー、この雑踏なんで、他の人の迷惑になるんじゃないかって」

 と、フレックは恥ずかしそうに頬を朱に染めている。

「分かります。大人になってからのおんぶは、精神的にきますからね」

 うんうんと頷く雪乃を、一向は「大人ぶりたい年頃なのだろう」と、とりあえず生温かく見守った。

「これからどうするんですか? ギルドでも宿でも飯屋でも、案内しますよ」
「冒険者ギルドって、近いの?」
「ええ、すぐですよ。地方から来た冒険者が迷わないように、駅の近くに建ってるんです」
「じゃあ、とりあえず顔だけ出しとこうかな。それから飯屋を頼める? 珍しそうなものがあるところで」

 きらんっと光ったノムルの目が雪乃を射る。雪乃もまた、勢いよくノムルを見上げた。二人の間に、他人には分からない緊張が走り、頷き合う。

「えっと、じゃあ、とりあえず冒険者ギルドに行きましょうか? 俺たちも報告しないといけないので。ついでにノムルさんとユキノちゃんの紹介をしてもいいですか?」
「えー? 面倒。つか、ユキノちゃんの能力は……」
「分かってますって。相手がギルドマスターだろうと、皇帝だろうと、言いませんよ」

 念押ししようとしたノムルに、ナルツたちは苦笑した。
 命の恩人であり、魔王に――ではなく、ノムルに守られる子供の秘密をばらすなんて。そんな命知らずな行いをするつもりなど、更々ない。

「ではこちらです。付いて来てください」

 ナルツが先頭に立って歩きだしたところで、

「って、ちょっと待て! 俺を下ろせ! こんな姿で行ったら、絶対に笑いものにされる!」

 と、フレックが喚き出し、ナルツの背から下りた。マグレーンに渡された松葉杖を突き、前へと進む。

「やっぱり体を鍛えているからですかね。もうこんなに歩けるなんて」

 感心する雪乃に、フレックは笑いかける。

「俺も驚いてるよ。本当ならあの世に行ってるか、運が良くてもまだベッドの上で唸ってるはずだからな。ユキノちゃんには感謝してもしきれないよ」

 そう言って雪乃の頭に手を伸ばそうとして、その手が無いことに気づいたフレックの顔が、わずかに歪んだ。けれどそれも一瞬のこと。
 すぐに笑顔を取り戻し、にっこりと笑う。
 雪乃は何も言わなかった。
 彼はこれからも、前を向いて生きていかなければならない。歯を食いしばって前に進む彼の足を、軽い同情や哀れみで止めるなど、ただの偽善と自己満足だ。
 悲しみを抱え込み過ぎるより、吐き出したほうが楽になれるが、それは雪乃の役目ではない。これからも彼と共に歩く者が、その役目に預かれるのだ。
 だから、

「ありがとうございます」

 雪乃は精一杯の笑顔で、その言葉を選んだ。
 もっとも、彼女の表情は誰にも見えてはいないのだが。
 それでも声の調子で気持ちは伝わったのだろう。目を見開いたフレックは、白い歯を見せる。

「おう」

 応じたフレックの表情は、一切の陰りなく、明るかった。

 カランと乾いた木の音が響き、扉が開く。反射的に視線を向けた冒険者や職員達は、目を見開き、中には腰を浮かした者もいた。

「フレック?! お前、どうしたんだ?」
「いやあ、ちょっと格好つけたら、このざまだわ」

 駆け寄ってきた冒険者に対して、へらりと笑ったフレックは、頭を掻こうと腕を上げる。脇の下から滑り落ちた松葉杖を、ナルツが支えた。
 手が無いことに気付いたフレックは、一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに笑顔を作る。ナルツが差し出した松葉杖を受け取ると、小さく礼を言ってから周囲を見回した。
 馴染みの顔ぶれは、誰もが心配そうに見つめている。特に女性たちの中には、涙を浮かべて口許を手で覆っている子もいた。

「そんな、嘘でしょう?」
「なんでフレックが?」

 重い空気が充満する冒険者ギルドに、笑顔を貼り付けていたフレックも、流石に視線を逃がし始めた。

「ねえ、早く入ってよ。つっかえてるから」
「……。いや、本当、すみません」

 額を押さえて瞼を閉じたかったが、その手は無い。手が無くなることは、やっぱり困ることがあると、フレックは悟る。
 他のメンバーもそれまでの悲壮な空気を霧散させ、項垂れた。

「ノムル様、迷うことなく我が道を行かれますね」
「あたりまえじゃん」

 即答されて、マクレーンは天井を仰ぎ見る。小さなシミが、蝶々に見えた。

「ちょっと、あんた! 見ない顔だけど、空気を読みなさいよ!」
「そうよ、フレックが大怪我して帰ってきたのよ?! 少しくらい待てないの?」

 一気に血の気が引いて、フレック達は我に返る。
 フレックの怪我に涙を浮かべていた少女達が、ノムルの言動に憤り、詰め寄ったのだ。

「ま、待て! その人に突っかかるな!」

 慌ててフレックたちは制止に入る。しかし少女達は抑えきれない怒りをぶつけるように、言い返した。

「何言ってるの? こんな失礼な男、フレックだって怒って良いのよ?」
「そうよ。こんな浮浪者みたいな親子連れにまで、優しくする必要ないわ!」 

 と、罵った魔法少女の杖が、雪乃に当たる。

「「「あ」」」

 フレックたちの心情はもう、無理に述べる必要もないだろう。
 彼等はこれから引き起こされる惨状を、瞼の裏に描き、白目を剥きかけていた。
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