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ドューワ国編

107.変態魔王

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「どうなのでしょう? 魔法の使い方は教えてもらっていますが、せいぜい魔法使い見習いか、魔法使いの弟子だと思います」

 と答えた雪乃は、ぶるりと震えた。
 殺気や敵意とは違う、おぞましい悪寒が、背中から這い上がってくる。
 わたわたと挙動不審になりながら後ろを振り返ると、草むらから覗いていたノムルが、へらりと笑った。
 視界を細めた雪乃は、まだ寒さで動きの鈍い体に力を入れて、なんとか幹を正面に戻す。

「魔法使いの弟子? ということは、お師匠様がいるのね。誰に師事しているのかしら?」

 同じ魔法使いとしての、素朴な疑問なのだろう。こちらを探るような、嫌な感じはしない。
 雪乃はそうっとノムルの様子をうかがう。
 ここまでの道程、彼が自分の身許を隠したことはない。むしろ、目立ちまくっている。
 だから遠慮なく答えることにした。

「変態魔王です」
「え?」
「ちょっ?! ユキノちゃんっ?!」

 真面目に答えた雪乃に対し、ミレイはきょとんと瞬く。
 それから後ろの草むらから飛び出してきた草色の魔法使いに、驚き警戒を取る。上手くローブの色が草むらに馴染んで、擬態に成功していたようだ。

「変態魔王って何さ?! こんなに優しくて紳士なお師匠様に、ひどくない?」
「紳士な師匠は、弟子にメイドコスでご奉仕なんてさせません!」

 雪乃はきっぱり言い切った。
 とつぜん現れたノムルに驚いていた少女達だったが、雪乃の台詞を聞いて一歩退った。軽蔑と警戒を含んだ視線が、ノムルに存分に浴びせられる。

「よ、幼女趣味?」
「通報したほうが良いんじゃないか?」

 ひそひそと、雪乃の身を案じて囁き交わす。

「ちょっと、何勝手なこと言ってるのさ! ユキノちゃんは俺のなんだからね!」

 抱き上げて自らの陰に隠そうとするノムルの姿に、少女達はさらに警戒を深め、顔をしかめた。

「これは黒ね」
「ああ、黒だね」
「間違いなく、黒だわ」
「おいっ?!」
 
 雪乃はぷらんぷらんと根を揺らしながら、お空に浮かぶ白い雲を眺める。

「あ、ランタが飛んでる」

 ヤギに似た形の雲が、ゆったりと空を流れていった。
 ランタ雲が風に流れて形を変えていく。ヤギとは思えない姿に崩れると、雪乃は現実へと意識を戻した。

「あのう、もし治癒魔法を使えるのでしたら、マリーに掛けてくださらないでしょうか?」

 小さく咽を鳴らしたミレイは、ノムルに警戒の眼差しを向けながらも、意を決して頼んだ。
 それを受けて、雪乃はノムルを見上げる。
 少女の願いに不機嫌そうな表情を浮かべていたが、雪乃の視線に気付くと、すぐにへらりと笑んだ。

「ユキノちゃんはどうしたい?」
「可能なら、治したいです」
「ふーん?」

 不満そうな声音は、雪乃の身を案じてのことだろう。人間と関われば、それだけ危険が迫る。
 しかしちらりと動かした雪乃の視線の先には、傷付いた足に顔を歪ませながら、仲間の肩を借りて立つ少女の姿が映った。
 雪乃はノムルが考えているほど、自分は善人ではないと思っている。怪我や病を癒したいと思うのは、見ているだけで震えるような痛みを感じるからだ。
 太い溜め息とともに、大きな手が雪乃の頭上に落ちてきた。

「分かった。行っておいで」

 根が地面に付いたので上を見ると、「仕方ないなー」と言いたげなノムルの顔が映る。

「ありがとうございます」

 葉を輝かせた雪乃は、赤毛の少女、マリーの下へと駆けた。
 足元にしゃがみ込むと、光属性の魔力を集め、治癒魔法を施す。

「……うそ」 
「マリー?」

 マリーの口からこぼれ出た戸惑いの声に、彼女を支えていた長身の少女は眉をひそめた。

「少しは楽になったの?」

 雪乃に続いて側に来たミレイには答えず、マリーは足の傷をじっと凝視している。

「マリー? どうかしたのかい?」

 背の高い少女は、違和感を覚えてもう一度尋ねた。するとマリーは、少女の肩に回していた手を外し、傷付いていた足で何度も地面を踏み締めたのだ。

「マリー? 大丈夫なの?」
「うん。全く痛くないわ。骨にひびが入っていたけど、治ってるんじゃないかしら」
「え?」
「あれだけの怪我が?」

 心配そうに見つめていた二人の少女は、顔を見合わせる。そして、少女たちの視線は一点へと向かった。
 幼く見える小さな魔法使い。少し痛みが和らげば良いと、そんな軽い気持ちでいたのだ。

「あ、ありがとう」

 感極まって小さな子供を抱きしめようと伸ばした手が、空を切る。 

「はい、そこまで」

 少女たちが首をねじると、変態魔王と呼ばれた魔法使いが、雪乃を抱き上げて少女たちの視界から隠してしまった。

「ちょっと! 変態が触らないでよ!」

 マリーは雪乃を変態魔王から奪還せんと手を伸ばす。しかしその手はまたもや空を切る。
 様子をうかがっていた二人の少女も、目配せしあい、雪乃奪還に加わった。

「ふにゃっ?! うみゃあっ!」

 振り回されて妙な声が出るが、それよりも風圧でフードが取れかねない。被っていても角度によっては顔を見られかねないと、雪乃は必死でフードを押さえ、できるだけ下を向いて顔を隠す。
 人間と関われば、正体が露見しかねないことは覚悟していた。けれど、この状況はやっぱり怖い。
 雪乃はガクブルと震えた。

「少しは反省した?」
「……はい」

 囁かれた声に、雪乃は深く頷く。
 だが今後も、困っている人を見つけても見ぬふりができるかは、まったく自信が無かったが。
 しおっと幹を曲げて項垂れれば、ノムルは分かっているとばかりに、頭を優しく撫でる。
 そして、

「お前ら、調子に乗るのもいい加減にしろよ?」

 と、それはもう、ひっくいドスの利いた声を、地獄の底から湧き出てきた暗黒オーラに乗せて放ったのだった。

「「「ヒイッ?!」」」

 三人の少女は泡を吹いて、その場に倒れてしまった。
 雪乃もまた、ノムルの腕の中でふるふると震えた。さすがに本気のノムルには、雪乃もまだ平気ではいられないようだ。

 気を失った少女達を、森の奥に放置しておくわけにもいかない。雪乃とノムルは三人が目を覚ますまで、休憩を取ることにした。

「放っておけば良いのにー。魔物が心配なら、結界でも張っとくよ?」

 相変わらずノムルは不満そうだ。

「魔物もですけど、人間だって危険ですよ。こんな可愛い少女が三人も寝てたら、襲われちゃいます!」
「えー」

 文句を言いながらも付き合ってくれるノムルに、雪乃は心の中で感謝する。言葉にすると調子に乗るので、決して口には出さないが。
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