『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

320.そっと返却していた

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 食事を終えると、雪乃たちは部屋に戻った。
 畳の上に植木鉢を置くことはためらわれたため、大きめの木の板を敷いてもらい、その上に植木鉢を乗せて眠りに就く。
 翌日は朝に弱いノムルのせいで船での朝食は食べられず、空間魔法の中から適当に弁当を取り出して食べることになった。

「カイさんにも出してください」
「えー? なんで狼にまで?」

 雪乃に詰められて不満気な声を上げるノムルだが、

「ノムルさんが出入り口に魔法を掛けて閉じ込めていたせいで、カイさんも朝ごはんが食べられなかったんですよ?」

 と、雪乃に怒られて渋々食料を出した。渡されたカイはしばらく見つめた後、

「朝食ならば、念のために買っておいた物を食べたから不要だ」

 と、そっと返却していた。
 雪乃は不思議そうにカイを見上げる。なぜかカイの顔色は悪い。
 顔を動かしノムルへと移すと、こちらはなんだかにやにやと楽しそうだ。

「ん?」

 雪乃は眉葉を寄せてノムルをじとりと見つめるが、ノムルはへらりと笑う。
 カイに渡された食料は、ポポテプの丸焼きだった。

 食事中のノムルを残して、雪乃とカイは甲板に上がる。波は荒く船は揺れているが、甲板には数人の先客がいた。竜人や獣人は足腰が強く、バランス感覚も良いようだ。
 海に落ちないよう、雪乃はカイと手をつないでいたが、何度もこけかけたため結局カイの腕の中にいる。
 後から出てきたノムルから、おどろおどろしい気配が漂ってくるが、慣れてしまったカイは素知らぬ顔だ。
 不運にも居合わせてしまった乗客や船員が、泡を吹いて倒れてしまったが。

 甲板から外の様子を見ていると、船が想像以上に大きく揺れ動いていることが分かる。カイの助けがなければ、雪乃は前に後ろにと転がって、海へと落ちていたかもしれない。
 カイは海を見たがる雪乃のために、船縁に立つ。腕から身を乗り出して海の中を覗く雪乃を、優しく見守っていた。
 波が寄せては船底に当たって飛沫を上げ、白い泡を作る。穏やかなシーマー国の海と違い、荒く波打っていた。

 視線を上げると、海面から魚達が飛ぶように跳ね出る。トビウオのように空を舞う魚を、雪乃はうっとりと見つめる。
 青みを帯びた透き通るヒレは、まるで妖精の羽のように美しい。

「あ、ソラウオだ。あれ美味しいんだよね。ぷりぷりしてて」

 隣のおっさん魔法使いは、花より団子のようだ。
 ロマンチックな世界に浸っていた雪乃は、一瞬で現実に引き戻された。

 帆船に乗って四日目の午後、真っ直ぐな水平線の中に、ほんの少しだけ現れた凹凸を、雪乃は目を凝らして眺める。

「ここからではまだよく見えないだろう? 明日にはしっかり見えるようになる」

 カイの言葉に頷きながらも、雪乃はしばらく見つめ続けていた。あそこがカイの故郷であり目的地である、ヒイヅル国だ。
 翌朝になるとカイの言ったとおり、緑豊かなヒイヅル国の姿がはっきりと見えた。港のすぐ後ろにも、幾つもの山がぽこぽことある。
 どこか懐かしい景色に、雪乃の胸がじんわりと震え、思わず視界を閉じた。



 昼過ぎに到着した港は、活気に溢れていた。
 雪乃たちが乗ってきた帆船ほど大きな船は他に無いが、帆を張った船からの荷の上げ下ろしが、港のあちらこちらで行われている。
 威勢の良い声が港中から聞こえてきた。

 ルグ国から帰港した帆船は大きく、ヒイヅル国でも接岸することはなく、一度筏に下りてから小舟で上陸する。
 乗船口に板の足場が掛けられるなり、帆船を待っていた男達が次々に船に乗り込んでは荷物を担ぎ出す。
 袖の無い半被の内側には晒のようなものを巻いている者が多いが、何も着けず薄っすらと汗をにじませた胸板や腹筋を披露している者も多い。下は又引きを穿いている者が大半だったが、中には褌一丁の男もいる。
 彼らの多くは、獣の耳や尻尾を持つ猫や馬の獣人だった。カイとは違い、もふもふの毛が生えて、獣が二足歩行しているような姿をしている。
 竜人も混じっていたが、人間の姿は見えない。

 客たちが船を降りるのは、積荷を下ろす作業が一段落してからだ。それまでは客室で待機を命じられている。
 雪乃は部屋にある窓から荷降ろしの様子を見物したり、海を見たりして時間を潰している。
 仮置き場となっていた筏に積まれていた荷がなくなると、鐘が大小大小と鳴り、ようやく個室の客から順に下船が許された。

 部屋を出た雪乃はノムルに連れられて、乗船口へと向かう。
 船から筏へと渡された板を、雪乃はノムルに抱えられて下りた。乗船時の経験を活かし、初めからノムルに頼んだのだ。
 そのかいもあって、ノムルはご機嫌である。

「やっぱりおとーさんがいいんだねー」
「ソウデスネ」

 空を飛ぶ白い海鳥達を見上げながら、雪乃は適当に相槌を打った。
 小舟に乗せられて港へ着くと、十人ほどの狼獣人たちが並んで跪いていた。港にいる獣人たちと違い、人間の姿に狼の耳と尻尾が生えている、カイと似た姿だ。

 烏帽子は被っていないが、狩衣に似た装束を身につけ、明らかに港の男達とは身分が違うと分かる。
 彼らの中央には、溜漆の黒く艶光する総網代の輿が一台置かれ、両脇に左右三人ずつ控えていた。
 淡い色の衣装の中で、少し前に出ている一人だけは、濃い紫色の装束を着ている。染色は濃く染めるほど手間と時間が掛かる。おそらく最も身分が高い者なのだろう。

 輿の後方に控えるのは、輿を担ぐ力者(りきしゃ)と思しき四人の男。
 力者たちは水干に小袴という、動きやすそうな格好だ。膝下までの小袴から出ている足は、毛深くても鍛え上げられたぶっとい筋肉だと分かる。

 お偉いさんが来るのかと、雪乃は辺りを見回してから、ついっと道を逸れた。ノムルは気にしていないようだが、雪乃が逸れたので、一緒に逸れる。
 すると狼獣人たちと輿が瞬時に移動し、再び雪乃の前方をふさぐように横並びになっていた。
 ぽてりと不思議そうに幹を傾げた雪乃は、なんだか邪魔をしてしまったようだと、再び横に歩く。狼獣人たちも、あわせて移動する。

「何をしているんだ?」

 数度繰り返したところで、ノムルの妨害によって同じ渡し舟に乗れなかったカイが、遅れて上陸するなり呆れた声を出した。

「無事にお勤めを成し遂げたこと、お喜び申し上げます」
「ああ。出迎えご苦労」

 跪く狼獣人の一人が、頭を垂れたままカイに祝辞を述べ、カイは短く応える。
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