『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

328.無欲の愛

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 なんとか冷静さを取り戻して、ヒミコはきつとノムルを睨む。

「それはつまり、御子様を己のものとするということか? 欲のために利用すると言うか?」
「するもなにも、ユキノちゃんはおとーさんのなの。欲のために利用って何さ? おとーさんが娘を利用するはずないだろう? 娘に無欲の愛を注いで守るのが、おとーさんの役目なんだから」

 重ねてノムルははっきりと断言した。
 その答えに、雪乃とカイは思わずノムルを凝視する。ノムルの言葉に感動したわけではない。明らかに戸惑いが含まれていた。

「え? ノムルさん、本気で言っています?」

 無意識に、雪乃から言葉がこぼれ落ちた。

「当然でしょう? おとーさんはユキノちゃんが一番なんだよ?」

 ぱちくりと視界を開け閉めした雪乃は、ふむうっと、首を捻って考える。
 ノムルからの愛情は、しっかりと感じていた。それはもう、重たすぎて時々潰れかけるほどに。
 けれど、それが無欲の愛なのかと問われれば、否と答えたくなる。
 見返りを求めないと考えれば無欲なのかもしれないが、ノムルの言動を見ていると、欲の権化にしか見えない。
 求める対象が金や権力ではなく、雪乃本人であるだけだ。

「もしや私は、選択肢を間違えてしまったのでしょうか?」

 一番危険な人間と行動してしまっているのかもしれないと、雪乃はほんのり危機感を覚え、ふるふると震えた。
 だが現実逃避をしていては、話が進まない。雪乃は飛んでいく意識の紐を手繰り寄せて、現実に戻ってくる。

「えっと、確かに私にとって人間は、危険な相手だと思います。でもノムルさんは常識から大きく外れるどころか、違う次元を散歩している人なので、一般的な認識は当てはまらないと思うのです。問題となる点を具体的に教えていただけませんか?」

 フォローとは思えないフォローを入れながら雪乃が問えば、ヒミコは困ったように微かに眉根を寄せた。
 しばらく考え込むように視線を下げていたヒミコは、顔を上げると雪乃を見る。

「御子様は、ご自身がどのような存在であるか、ご存知でしょうか?」

 問うてきたヒミコから、雪乃はそうっと視線を逸らす。
 ヒミコがどこまで知っているのかは知らないが、魔王候補であるとは言いたくない。
 雪乃の様子を見ていたヒミコは、視線をノムルへと向ける。

「ユキノちゃんは樹人のお姫様だ。女王様になるために、俺と旅してるんだ」

 売られた喧嘩を買うように、ノムルは胸を張って言い切った。
 魔王候補とは言われなかったが、似たり寄ったりな恥ずかしさに、雪乃は紅葉していく。

「くっ。どうして私はこのような恥辱を受けねばならないのでしょう? 私はただの樹人として、のんびりスローライフを送れればよいのに」

 すでに無謀だと思われる願いだが、雪乃は悔しげに葉噛みしながら呻いた。
 獣人たちは呆気に取られたように雪乃を見つめていたが、こほんっと小さく咳払いをして表情を改める。

「然様、御子様は千年に一度お生まれになる、樹人の王となるべき大切な御方なのです」
「それでどうして人間が近付いちゃ駄目なのさ? なんで樹人の王を獣人が守るの? 樹人と獣人にどういう繋がりがあるわけ?」

 ヒミコの言葉に対して、ノムルが矢継ぎ早に疑問を投げかける。
 額に青筋を浮かべたヒミコだが、一呼吸で平静を取り戻した。

「樹人がどのような存在か、存じておるか?」

 再びヒミコはノムルに問う。

「魔物、と位置づけられているな。けどユキノちゃんは可愛いしお利巧だし、他の魔物とはまったくの別物だ。俺の可愛い娘だ」

 なぜか自慢げにドヤ顔をするノムル。
 ヒミコは目を鋭く細めた後、ついと雪乃に視線を戻した。

「樹人はこの世界に誕生した、最初の知識あるものと伝えられております。樹人からエルフが生まれ、獣を進化させて『人』を創りだしたと」

 地球とはまったく異なる進化論に、雪乃は瞬く。魔法のある世界だから、進化論が当てはまらない可能性は理解できる。しかし、

「ちょっと待て。樹人が最初の『人』だって言うのか? しかも今いる『人』は樹人が生み出したって?」

 ノムルが食いついたように、出発点が樹人というのは、いささか疑問に思えた。
 もしも樹人が最初の人だというなら、この世界の『人』は、植物が進化した姿の者が中心のはずである。だが実際には人間や獣人など、動物から進化した『人』ばかりで、植物性の種族はいない。
 魔植物やマンドラゴラがいるが、彼らはまた別だろう。

「然様。樹人の王は、最も信を置いた種族に祝福を分け与える。それにより獣たちは高い知能を持ち、二本の足で歩くようになり、王の子であるエルフに似た姿へと進化していったのだ」

 雪乃はここに来る途中で見た、獣人たちの姿を思い浮かべる。
 カイたち狼獣人たちは、耳と尻尾さえ隠してしまえば人間と見分けが付かない。しかし他の獣人たちは、フードを被ったとしても、顔や手で獣人と気付かれてしまうであろう姿をしていた。

「つまり狼獣人さんは、樹人の王から多くの祝福を頂いたのですね?」

 雪乃が答えると、ヒミコと御子たちは、誇らしげに笑みを浮かべる。

「その通りでございます、御子様。我等狼獣人は、数度の祝福をお授けいただいたのです」

 何度の祝福でどれほどの進化を遂げるのか分からないが、他の種族よりも回数が多いことが、狼獣人の誇りなのかもしれない。

「だからカイさんは、犬獣人と間違われて怒ったのでしょうか?」

 ふと口を突いて出てきた言葉に、ヒミコたちの表情が凍りついた。口元には笑みを作っているのに、目がまったく笑っていない。口にしたのがユキノでなければ、目を吊り上がらせて殺気を放ってきそうだ。

「御子様、そのような理由で差別するほど、我等の懐は狭くありませぬ。犬獣人どもは人間に尾を振り、他の獣人たちを売ったのです。まあ今では人間にも見捨てられておりますが」

 どうやら進化レベルで劣る種族を差別していたわけではないと知り、雪乃はほっと安堵した。

「そんな話、聞いたことないけど? 仮に本当だとすると、エルフに一番近い姿の人間が、一番祝福されたんじゃないの? なんで人間を嫌うのさ? 嫉妬?」

 耳や背丈が違うだけの、最もエルフに似た姿を持つ人間である。
 雪乃も疑問に感じた部分ではあったが、一言多い。とはいえ、巫女達に睨まれたからといって気にするノムルではないが。
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