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魔王復活編

366.皇子は必要ない

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「あの女のノートを信じるなら、団長たちではなく二人に任命したほうが良いか」

 『ファーストキッスはルモン味』において、ナルツとマグレーンはヒロインと共に魔王と戦うことになっていた。
 候補は二人の他に、フレックと第一皇子レオンハルト、謎の死神がいる。
 手足を欠損しているフレックは、戦いに出ることはできない。謎の死神に至っては、未だに正体を突き止められずにいる。

「兄上も城で待機させている。呼んでこさせよう」

 そう言って従者を呼ぼうとしたアルフレッドを、カイが止める。その視界の隅で、ナルツの襟元から葉を出したスターベルが何かを訴えているが、すぐに視線を切ってアルフレッドに戻した。

「皇子は必要ない。俺が同行する」

 彼もまた、国は違えど皇子である。

「しかし」

 と、何か言いかけたアルフレッドに被せるように、カイは即座に口を開く。

「雪乃は俺が守る」

 平坦な口調だが、強い決意がこもっていた。手はいつものように、雪乃の頭を撫で続けているが。
 無理強いする理由もなく、アルフレッドはカイの意志を尊重することにした。予言らしきノートの内容は、すでに現実から大きくずれているのだ。

「分かった。出立についてはこちらで調整しても良いだろうか? 下調べや根回しをしておきたい。各国にも勇者が現れたと、連絡をしなければならないからな」
「任せる」

 魔王やこの世界の事実を知ってしまった以上、今までの考えでは動けない。そして勇者が雪乃となると、色々とたくさん根回しをする必要もあるだろう。
 なにせローブで正体を隠しても小さな子供、姿を見せれば樹人なのだから。
 樹上で交わされるやり取りを興味なさげに聞いていた雪乃だが、ふと気に留める。

「各国?」

 アルフレッドは苦笑しながら、雪乃に説明する。

「人間の世界は色々と面倒でな。我が国だけで勇者を送り出せば、後で国家間の問題となる。他国にも根回をする必要があるのだ」

 なんとなく理解して雪乃は頷くが、気になったのはそこではない。

「あのう、アイス国には行ったことがあります。リリアンヌ王女殿下とマーク王子殿下とは、正体は明かしていませんがお友達になりました」

 役に立つか分からないが、雪乃を知る王族がアルフレッド以外にもいた方が良いのではないかと思い、告げたのだった。
 驚いた顔をしたアルフレッドは、目尻を下げる。

「それは僥倖だ。さすがに私一人ではきつそうだからな」

 言って良かったと、雪乃は葉をさわさわと揺らした。

「それならドイン副会長にも根回しを頼んだら? 冒険者ギルドのナンバー二だからね。それなりの力と人脈があるんじゃない?」

 横からムダイも口を挟む。
 ノムルと親子のような間柄であるドインは、雪乃に対しても好意的だった。今回の魔王騒動に対してどのような立場を表明しているのか、雪乃は知らなかったが。

「ローズマリナとララクールにも協力を頼みましょう。他に他国の知り合いにも声を掛けてみます」

 顎に手を当てて考えていたナルツも、協力を申し出た。家を出たとはいえ、ローズマリナとララクールはそれぞれゴリン国の公爵家と伯爵家の令嬢だ。
 
「俺も引き続き、魔法使い仲間から情報を探ります」

 マグレーンも提案する。
 ノムルが魔王となってラジン国を拠点にするなり、魔法ギルドに登録されている者の多くが強制召喚され、その他の魔法使いたちも自主的にノムルの下へ馳せ参じた。
 だが中には魔法ギルドの体制に不信感を抱いていた者や各国に仕えている者など、ノムルの支配下に置かれていない魔法使いもいる。

 ちなみにマグレーンが魔法ギルドの召喚から逃れられたのは、城勤めに戻る際に魔法ギルドを抜けていたからだった。
 それぞれが自分にできることをしようと、動き出す。
 雪乃はきらきらと葉をきらめかせた。

「ありがとうございます。ノムルさんの目を、必ず覚まさせましょう」

 勇者になってしまったことは不本意だが、ノムルを取り戻したいという気持ちは本物なのだ。協力してくれる人たちに、雪乃は心から感謝した。
 魔王を倒す気が全くない勇者を見て、男たちが脱力しながら苦笑を浮かべていたことに、彼女は気付かない。
 今日の話し合いはここまでと、アルフレッドが切り上げる。そこでナルツが、胸元を気にしながら口を開いた。

「殿下、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」

 訝しそうに眉を寄せ、アルフレッドはナルツを振り返る。

「もう一度、聖剣を手に取ってみてもよろしいでしょうか?」

 先ほど試してもびくともしなかったのだ。ナルツの言葉に全員が疑問を抱き、ナルツ自身も居心地が悪そうに視線を逸らす。よく見ると、内ポケットの辺りが小さく揺れているのが分かる。
 しばらくナルツを見つめていたアルフレッドの目が、テーブルの上に出たままの聖剣に向かい、それから持ち主である雪乃に向かった。
 雪乃はどうぞとばかりに両枝を差し出す。

「許す」
「はっ、ありがとうございます」

 左胸に右手をあて一礼したナルツは、テーブルの手前まで進み出て、一つ息を吸って吐いた。
 自ら言い出したのだ、失敗は許されない。緊張しながら右手を伸ばし、聖剣の鞘を握る。そして、

「え?」

 先ほどは机に接着されているかのように動かなかった聖剣が、造作もなく持ち上がった。
 ぽかんっと聖剣を見つめるナルツ。聖剣を凝視して瞬いた目をナルツへと移す彼以外の者たち。

「え? どういうこと? さっきは持てなかったよね?」
「ええ、まったく動きませんでした」

 動揺しながら問うムダイに、ナルツも戸惑いながら首肯する。
 あごに指を当て考える素振りを見せたムダイは、立ち上がるとナルツの持つ聖剣に手を伸ばした。ムダイの手が聖剣の鞘を掴み、ナルツの手が離れる。

「痛っ?!」

 ごんっといい音がして、聖剣はムダイの足の上に落下した。全員の目が、ムダイの足を床にめり込もうと頑張る聖剣に向かう。
 首を傾げながらナルツが聖剣を拾い上げ、雪乃に返そうと差し出した。
 ムダイの足をちらちらと見ながら、雪乃はそうっと両の小枝で聖剣を押し戻すと、

「これはナルツさんが持っていてください。勇者の証明に必要でしょうから」

 と、葉をきらめかせて押し付けようとしたのだが、

「ユキノ嬢、あまり人間を信じすぎることはお勧めできない。これ以上、人間と他の人族の間に亀裂が入らないためにも、君が持っていてくれ」

 と、アルフレッドからたしなめられてしまった。
 仕方なく、雪乃はムダイの足を見ながらおそるおそる受け取ると、ポシェットの中に聖剣をしまった。
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