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真相編
428.男爵令嬢のユリアさん
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「赤いのに巻き込まれてこっちにきた魂が帰りたがっていたから、代わりに入れておいたよ?」
自慢げに胸を張る樹人の王を、雪乃はきょとりと見つめていたが、少しして気付いた。
「男爵令嬢のユリアさんですか。ですがそうなりますと、こちらのユリアさんもあちらのユリアさんも、魂が抜けた状態になってしまうのではないでしょうか?」
自分がこちらの世界に戻りたいと選択したために、巻き込んでしまったことが申し訳なくて、雪乃は眉葉をハの字に下げる。しかしカイが首を横に振った。
「彼女は雪乃がいた世界では、すでに死んでいるらしい。別人の肉体に宿ることになると説明しても、それでも構わないと戻ることを望んだ。幽閉されていても平気そうだったが、実際は強がっていたようだな」
雪乃がユリアを見た日は夢物語の中にいるように見えたが、泣き叫ぶ日もあったらしい。
「そして男爵令嬢の体だが、魂を元の世界に送った途端に別の人格――本来の『ユリア』が現れた」
「なんと!」
ユリアは転生していたわけではなく、肉体を失いさ迷っていた魂が『ルモン味』のユリアになりたいと強く願っていたため、あちらとこちらを結ぶ道が開いた時に突入してきてしまったらしい。
そうしてこの世界に来た魂は、『ユリア』の体に入り込んで乗っ取ってしまったのではないかという話だった。
すでに二五歳になっている『ユリア』だが、ユリアに乗っ取られた時点で眠った状態になっており、彼女の記憶も精神も十四歳で止まっているという。意識を取り戻した時は自分の置かれている状況が分からず、パニックを起こして泣いてしまったそうだ。
家族には連絡を入れたが、「もう関わりたくはない」ということで受け入れは拒否された。
皇帝から命じれば引き取らねばならないが、無理強いをすれば虐待される可能性もあるとして、ユリアが落ち着いたら市井に戻すか、下級貴族の使用人にでもという方向で話が進んでいる。
「お気の毒なお話ですね」
ゲームのモデルとなってしまったばかりに、花盛りの時を奪われ、家族や友人、信頼まで失ってしまった『ユリア』を思うと、雪乃はしんみりとして葉が萎れた。
「フランソワ殿下が親身になってくれているそうだから、きっと大丈夫だ」
カイに慰められ、雪乃は曖昧に頷きながら葉を復活させる。フランソワの姿を思い浮かべ、彼女ならきっと良いようにしてくれるだろうと、雪乃も思えた。
憑依していたというユリアには、自分が逃げ出してしまった家を押し付けるようで申し訳なく感じたが、雪乃が関わりさえしなければ、仲の良い普通の家族だった。
ならば体は雪乃のままでも別の人格となれば関係も変わり、上手くいく可能性もある。
雪乃は家族とユリアが上手く行くようにと祈りつつ、胸にちくりと小さな棘が刺さるような痛みを覚えた。
ふるりと体を震わせて胸に刺さった棘を振り払った雪乃は、顔を上げる。
「ムダイさんに、お別れとお礼を言いそびれてしまいました」
あちらの世界に戻ってしまった同郷の男にも、雪乃は想いを馳せる。何だかんだ言いながら、仲良くしてもらったり、お世話になった。
戻りたいとは一度も口にしなかった彼だが、自分以外のプレイヤーを探していたのだ。本当はずっと帰りたかったのかもしれないと、雪乃は今更ながらにしんみりと思う。
「そういえば、どうしてマンドラゴラたちはムダイさんを嫌っていたのでしょう?」
ふと、雪乃は尋ねた。
「樹人の王が与えた肉体に精霊以外の魂を宿らせて変質していたからね。精霊にとっては許せない存在だったんだろう。しかも他の種族だったらいざというときはその体を乗っ取って身の安全を確保できるけど、上級精霊が宿っているから乗っ取ることができない。それなのに手が付けられないほどに暴れるんだもの。身の危険を感じるのは当然だろう?」
「なるほど」
雪乃は納得して頷いた。人族としてはちょっと聞き捨てならない台詞があったのだが、小さな樹人が気付くことはなかった。
「それより雪乃、祝福は何がいい?」
重くなった空気も何のその、樹人の王はにこにこと笑いながら声を掛けた。雪乃はぐりんっと幹を回して彼を見る。
千年に一度、樹人の王が与える祝福は、獣人たちが人間に奪われないように守ろうとし、かつて人間たちが争ったほどの、大きな力である。
「なぜ私に聞くのでしょう?」
樹人の王になる存在として旅をしていた雪乃だが、本物の樹人の王は目の前にいる。今の雪乃はただの樹人の子供である。
「僕は雪乃に祝福をあげたいから。でも獣人たちのように、樹人の姿を僕に近付けるなんて望まないでしょう? だからどんな祝福がいいか、決めてよ」
エルフと樹人、どちらにもなれると選択肢を与えられて樹人を選んだ雪乃だ。今さら不要な祝福だと樹人の王でなくとも分かる。
「えっと、私には勿体無いような」
「そんなことないよ? そもそも雪乃の魂が元の世界に戻されたりしなければ、雪乃は樹人の王のままで、君が祝福を与えるはずだったんだから」
雪乃はうーんと考える。だがやはり、雪乃には特に望みはない。欲しかったものは、すでに側にある。
雪乃はノムルを見た。葉をきらめかせる雪乃に、ノムルははっと息を飲んでから嬉しそうに優しく微笑んだ。温かな魔法使いの手が、雪乃の頭を撫でる。
「では、世界平和を」
「無理」
考え出した願いは、即座に却下された。じとりと、雪乃は樹人の王を見つめる。
「それが叶えられるなら、過去の樹人の王も僕も、とっくにしてるさ。祝福は、種族の進化の方向を決めて早めるだけ」
「つまり遺伝子操作ですか」
「イデンシ?」
雪乃が使った単語に首を傾げられながら、雪乃は考える。どの種族にどんな進化が起これば幸せだろうかと。
真っ先に思い浮かんだのは、蟻人のリアだった。けれど再会した蟻人たちは、憂慮していた問題も解決し、幸せそうにしていた。ならば雪乃が勝手に手を出すことは、ただのお節介だろう。
考える雪乃の視界の中で、挙動不審な人物が映る。緑ムダイが何かを訴えるように、雪乃と樹人の王を交互に見ていた。
自慢げに胸を張る樹人の王を、雪乃はきょとりと見つめていたが、少しして気付いた。
「男爵令嬢のユリアさんですか。ですがそうなりますと、こちらのユリアさんもあちらのユリアさんも、魂が抜けた状態になってしまうのではないでしょうか?」
自分がこちらの世界に戻りたいと選択したために、巻き込んでしまったことが申し訳なくて、雪乃は眉葉をハの字に下げる。しかしカイが首を横に振った。
「彼女は雪乃がいた世界では、すでに死んでいるらしい。別人の肉体に宿ることになると説明しても、それでも構わないと戻ることを望んだ。幽閉されていても平気そうだったが、実際は強がっていたようだな」
雪乃がユリアを見た日は夢物語の中にいるように見えたが、泣き叫ぶ日もあったらしい。
「そして男爵令嬢の体だが、魂を元の世界に送った途端に別の人格――本来の『ユリア』が現れた」
「なんと!」
ユリアは転生していたわけではなく、肉体を失いさ迷っていた魂が『ルモン味』のユリアになりたいと強く願っていたため、あちらとこちらを結ぶ道が開いた時に突入してきてしまったらしい。
そうしてこの世界に来た魂は、『ユリア』の体に入り込んで乗っ取ってしまったのではないかという話だった。
すでに二五歳になっている『ユリア』だが、ユリアに乗っ取られた時点で眠った状態になっており、彼女の記憶も精神も十四歳で止まっているという。意識を取り戻した時は自分の置かれている状況が分からず、パニックを起こして泣いてしまったそうだ。
家族には連絡を入れたが、「もう関わりたくはない」ということで受け入れは拒否された。
皇帝から命じれば引き取らねばならないが、無理強いをすれば虐待される可能性もあるとして、ユリアが落ち着いたら市井に戻すか、下級貴族の使用人にでもという方向で話が進んでいる。
「お気の毒なお話ですね」
ゲームのモデルとなってしまったばかりに、花盛りの時を奪われ、家族や友人、信頼まで失ってしまった『ユリア』を思うと、雪乃はしんみりとして葉が萎れた。
「フランソワ殿下が親身になってくれているそうだから、きっと大丈夫だ」
カイに慰められ、雪乃は曖昧に頷きながら葉を復活させる。フランソワの姿を思い浮かべ、彼女ならきっと良いようにしてくれるだろうと、雪乃も思えた。
憑依していたというユリアには、自分が逃げ出してしまった家を押し付けるようで申し訳なく感じたが、雪乃が関わりさえしなければ、仲の良い普通の家族だった。
ならば体は雪乃のままでも別の人格となれば関係も変わり、上手くいく可能性もある。
雪乃は家族とユリアが上手く行くようにと祈りつつ、胸にちくりと小さな棘が刺さるような痛みを覚えた。
ふるりと体を震わせて胸に刺さった棘を振り払った雪乃は、顔を上げる。
「ムダイさんに、お別れとお礼を言いそびれてしまいました」
あちらの世界に戻ってしまった同郷の男にも、雪乃は想いを馳せる。何だかんだ言いながら、仲良くしてもらったり、お世話になった。
戻りたいとは一度も口にしなかった彼だが、自分以外のプレイヤーを探していたのだ。本当はずっと帰りたかったのかもしれないと、雪乃は今更ながらにしんみりと思う。
「そういえば、どうしてマンドラゴラたちはムダイさんを嫌っていたのでしょう?」
ふと、雪乃は尋ねた。
「樹人の王が与えた肉体に精霊以外の魂を宿らせて変質していたからね。精霊にとっては許せない存在だったんだろう。しかも他の種族だったらいざというときはその体を乗っ取って身の安全を確保できるけど、上級精霊が宿っているから乗っ取ることができない。それなのに手が付けられないほどに暴れるんだもの。身の危険を感じるのは当然だろう?」
「なるほど」
雪乃は納得して頷いた。人族としてはちょっと聞き捨てならない台詞があったのだが、小さな樹人が気付くことはなかった。
「それより雪乃、祝福は何がいい?」
重くなった空気も何のその、樹人の王はにこにこと笑いながら声を掛けた。雪乃はぐりんっと幹を回して彼を見る。
千年に一度、樹人の王が与える祝福は、獣人たちが人間に奪われないように守ろうとし、かつて人間たちが争ったほどの、大きな力である。
「なぜ私に聞くのでしょう?」
樹人の王になる存在として旅をしていた雪乃だが、本物の樹人の王は目の前にいる。今の雪乃はただの樹人の子供である。
「僕は雪乃に祝福をあげたいから。でも獣人たちのように、樹人の姿を僕に近付けるなんて望まないでしょう? だからどんな祝福がいいか、決めてよ」
エルフと樹人、どちらにもなれると選択肢を与えられて樹人を選んだ雪乃だ。今さら不要な祝福だと樹人の王でなくとも分かる。
「えっと、私には勿体無いような」
「そんなことないよ? そもそも雪乃の魂が元の世界に戻されたりしなければ、雪乃は樹人の王のままで、君が祝福を与えるはずだったんだから」
雪乃はうーんと考える。だがやはり、雪乃には特に望みはない。欲しかったものは、すでに側にある。
雪乃はノムルを見た。葉をきらめかせる雪乃に、ノムルははっと息を飲んでから嬉しそうに優しく微笑んだ。温かな魔法使いの手が、雪乃の頭を撫でる。
「では、世界平和を」
「無理」
考え出した願いは、即座に却下された。じとりと、雪乃は樹人の王を見つめる。
「それが叶えられるなら、過去の樹人の王も僕も、とっくにしてるさ。祝福は、種族の進化の方向を決めて早めるだけ」
「つまり遺伝子操作ですか」
「イデンシ?」
雪乃が使った単語に首を傾げられながら、雪乃は考える。どの種族にどんな進化が起これば幸せだろうかと。
真っ先に思い浮かんだのは、蟻人のリアだった。けれど再会した蟻人たちは、憂慮していた問題も解決し、幸せそうにしていた。ならば雪乃が勝手に手を出すことは、ただのお節介だろう。
考える雪乃の視界の中で、挙動不審な人物が映る。緑ムダイが何かを訴えるように、雪乃と樹人の王を交互に見ていた。
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