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17.避難をーっ!

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「お前さ、もう少し怖がるとかないのかよ?」

 こめかみを押さえながら問いかけるが、ユキノから返答はない。どうしたのかと視線を向けると、雷光が消えて現れた周囲の様子を見て、愕然と立ちすくんでいた。

 焦げて煙を上げる男たちが五十と少し。死者はいないが、さすがに大勢の重傷者を目の前にすれば魔物とて身も竦むかと、ノムルは諦めるような息を吐く。
 所詮ノムルは人間でありながら人ではない。気配を殺さなければ魔物でさえ恐れて近づかない、絶対的な強者である。

 これでこの樹人の幼木も自分を恐れるのだろうと、ノムルの瞳から光が消えていく。
 だがしかし、

「ひ、火が! 火事です。森火事は危険です。みなさん避難をーっ! って、樹木さんたちは動けないのでした。どうしましょう?」

 動き出したユキノの第一声は、ノムルの予測から外れていた。あたふたと右往左往しては、雷撃を受けて焦げたり燻っている木を心配している。
 そう、彼女は樹人なのだ。

 拍子抜けしたようにふっと肩から力が抜けたノムルは、苦笑しながら杖を弾く。とたんに滝のような水の塊が空から降ってきて、燻っていた草木から火を奪った。

 小さな樹人はきょとんと立ち尽くしていたが、おもむろに空を見上げる。雷と雨に見舞われたにも関わらず、青空の広がるいい天気である。
 視線を森へと戻すと、幹をよじって草木の様子を確認した。

「天の恵みというものでしょうか? 火が消えました。良かったです。本日は所によって雷と大豪雨に注意ですね。しかし痛ましいです」

 しゅんっと葉を萎れさせて、焦げた木の皮を撫でている。その姿を見ていたノムルの指が、無意識に杖を撫でた。
 とたんに大地から草が伸び、木々から枝や若葉が芽吹いていく。

「おおー! みなさんお元気に復活なされて何よりです」

 喜びはしゃぐ樹人の幼木を見ながら、ノムルは自分の手のひらを見つめ、胸の辺りを見下ろした。
 自分は何をしたのだろうか? なぜこんなことを? この気持ちは何だろうと、ノムルは困惑する。

「ところで、この人たちはどうすれば良いのでしょう?」

 森が復活して落ち着いたらしきユキノは、ようやく人間たちに向き直る。しかし直視は避けて、ちらちらと見ている。
 やはりと言うべきか、魔物である樹人は種族の近い植物たちを優先しただけだったようだと、顔を上げたノムルはなぜかほっと息を吐いていた。

「死にはしない。放っておけ」

 火傷を抱えて気を失っている男の横にしゃがみ込み、心配そうに拾った枝で突っついている樹人よりも、自分の方が人間から遠いのだろうと思いながら、ノムルは言い捨てる。

「薬草を貼ってもよろしいでしょうか?」

 問いかけるように語尾を上げはしたが、すでに顔には新たな葉っぱが生えてきていた。

「やめておけ。更に追われることになるぞ?」
「でも……」

 納得のいかない様子のユキノは、顔に生やした薬草を抜こうと小枝で摘む。
 ノムルは有無を言わさずユキノの幹を握って持ち上げた。じたばたともがいているが気にしない。

「おい。残っている五人、出てこい」

 周囲に声を貼ると、緊張と恐怖が滲むように出てきて空気に混じった。
 任務の状況を報告するためであろう、遠くから見ていた数人ばかりは、無傷で残してある。
 わざわざ領主に伝言を送る手間を掛けるほど、ノムルは親切ではない。一通り目撃させて、彼らに走ってもらえばいい。

 この場にいた傭兵たちは一瞬のことで、何が起こったのか理解する間もなく意識を失っただろうが、離れて見ていた彼らは違う。
 正確に理解することはできなくとも、閃光の後に平然と立っていたノムルが原因だということは理解しているだろう。

 緊張した空気が流れるだけで誰も姿を現さないことに、ちりりと苛立ちを覚える。

「とっとと出てこい。使えないならこいつらと同じ目に遭わすぞ?」

 声が数段低くなり、杖を軽く弾く。
 数十メートル離れた場所に雷が落ち、がさりどさっと草が揺れる音と何かが落ちた音が聞こえた。
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