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36.フワンポです

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「あ、フワンポです」

 視線を森へと逸らしたユキノが声を上げた。その先を追ってみれば、白くて丸い綿状の花が咲いていた。

「あれがいるのか?」
「はい。根っこごと欲しいのですが、移動中ですから」

 後ろ髪を引かれるように見送るユキノを後ろ向きに座らせた後、ノムルは荷車から飛び降りる。
 街道を少し戻ってフワンポを根から引き抜いている間も、ロバは停まらず進み続ける。しかしノムルに焦る様子はない。
 少し早めに歩いて荷車に追い付き、荷台に戻った。

「ありがとうございます」

 葉を揺らしてお礼を言われたが、ノムルはすぐには渡さなかった。
 ユキノの枝に渡った時点で、薬草は光の粒子となって吸い込まれる。ダダが後ろの二人を気にしているときに渡せば、目撃されてしまう危険がある。

 目の前に目的の薬草があるのにお預けにされ、樹人の幼木は微かに葉を萎れさせながらノムルを上目づかいに見上げている。だが与えない。

 しばらくしてダダの関心が消えたところで、ようやくユキノに手渡した。
 すでに萎れてしまっているフワンポを、樹人の幼木は寂しそうに見つめている。光の粒子となって幹に取り込まれることもない。

「どうした?」

 杖を出して自分とユキノを囲むように防音魔法を展開し、ダダの耳に入らぬようにしてから問うた。
 警戒心の薄いユキノが漏らした言葉から、彼女の正体に気付かれないための配慮だった。

「えっと、申し訳ありません。せっかく採っていただいたのですが、このフワンポは私の中に入るだけの元気がなくなってしまったようです」

 どうやら吸収するには鮮度も重要らしい。

「他に条件はあるのか?」

 採っても吸収できなくては無駄足だ。尋ねると、うーんと呻きだした。

「全草が好ましいですが、樹木ですと薬効のある木の実や葉っぱ、樹皮を分けて頂くことでも知識は身に付きます。後は、よく分かりません」

 曖昧な内容だが、薬屋で販売されている薬草などは使えないようだ。どのくらいの鮮度ならば吸収できるのか、一度調べておいた方が良いかもしれないと、ノムルは考える。
 数の多い薬草ならば問題ないが、希少な薬草が吸収できない状態になってしまうと、余計な手間と時間をかけかねない。

 とりあえず、不要になった萎れたフワンポは小枝の指から抜き取って、目についた新しいフワンポを抜いて渡す。
 枝に包まれたフワンポは、今度こそ光の粒子となって樹人の幹に吸い込まれていった。

「そう言えばお前、薬草を集めるって言ってたけど、どこにどんな植物が生えているのか知っているのか?」
「それなら大丈夫です」

 どこからともなく木の板を取り出すと、ノムルにも見えやすいように傾けた。
 様々な色の点描で描かれた模様は、大陸の形に似ている。しかし陸があるはずの部分が凹んでいたり、穴が開いていたりと、不完全な出来のようだ。

「この印のあるところに、まだ集めていない薬草が生えているのですよ」

 座ったまま自慢げに幹を張っている樹人の幼木。

「そう」
「はい!」

 元気の良い声だが、無表情のままノムルはもう一度、板へと視線を落とす。
 要するに、色が付いている所に行けばいいのだと理解はしたが、陸のほとんどが塗りつぶされている。
 陸が凹んでいたり穴が開いたりしていると思った部分は、湖や高山、町といった植物が少ない場所だ。

「つまり世界中を周れってことだな」

 何の参考にもならなかったと力なく肩を落としたが、すぐに気持ちを切り替える。

「見つけたら言えよ? 少しずつでも回収していくぞ」
「ありがとうございます」

 ぺこりと幹を曲げたユキノは、

「あ、あそこに!」

 と、さっそく森の中を枝指した。
 無言で荷車から下りたノムルは薬草を回収し、

「あそこにも」
「……。」

 荷車に乗ることなく、薬草を回収しながら後ろを歩いて付いていった。
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