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11.噛みつかれていた口が

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 噛みつかれていた口が開いたので、ノムルは手を抜き、数歩分の距離を取る。それから魔法で空中に水塊を出すと、手を入れて涎を取り除いた。

 魔線虫は胃からヘカの仁を取り出したいのだろう。宿主の胸を掻き毟る。服が破れ、緋色の線が増えていった。
 加減を知らぬ力では、致命傷を負いかねない。取り押さえるべきかと、ノムルは注意深く様子を窺う。
 幸いなことに、自ら宿主の命を奪うという愚行は本能的に避けるらしく、皮膚より先まで裂くことはなかった。
 けれど、危機は思わぬところから降り注ぐ。

「今だ! 燃やせ!」

 無防備となった魔線虫の宿主を見て、好機とばかりに冒険者や兵士たちから、再び一斉攻撃が加えられたのだ。
 火矢が放たれ、魔法で作り出した火の球が飛ぶ。いずれもヨルド山脈まで来るほどの手練れだ。近くにいるノムルを避けて、標的へと向かう。
 幾つもの火炎が上がり、煙が表通りを覆った。けれど魔線虫の絶叫は収まらない。

「この攻撃でも生きてるのかよ?」

 誰かが絶望を乗せた声を出し、表情を歪めた。
 怯えて一歩後退る者。次の攻撃のために、武器を握り直す者。
 高まる緊張の中、一陣の風が吹き、煙幕を晴らす。そこには、一斉攻撃前と変わらぬ光景があった。
 腹を掻き毟り叫ぶ魔線虫の宿主と、草色のローブをまとった魔法使い。二人には火傷の跡どころか、粉塵の汚れすら付着していない。
 ノムルが結界を張り、全ての攻撃を防いだのだ。

「まさか、あいつが防いだのか? あの攻撃をか? さっきのもか?」
「宿主の知り合いか? 残念だが魔線虫に寄生された奴は助からない。手を下せないなら下がってろ」

 冒険者や兵士たちが唖然とする中、魔線虫を映していたノムルの眼が、冒険者たちに向けられる。

「邪魔しないでくれる?」

 ゆるりと首を回した彼は、気だるげに言った。

 覇気の欠片もない、夜の凪いだ水面を思わせる静かな声。奈落の底を映した、がらんどうの瞳。
 まるで死神でも顕現させたかのごとく、おぞましいほどに死の気配を漂わせる。彼に逆らえば命はないと、死線を掻い潜ってきた戦士たちの本能は、警鐘を鳴り響かせる。
 圧倒的な強者からの無言の威圧を前にして、彼らは凍り付いた。酸素を求めて口を震わせ、中には短い悲鳴と共に腰を抜かす者もいる。
 誰も声さえ出せなくて、しんと静まり返る中、魔線虫の宿主となってしまった人間の悲鳴だけが、町に響く。

 しばらくして、胸を掻き毟っていた魔線虫の宿主の手が、へそ近くまで下がった。すると動きが止まり、悲鳴もやんだ。代わりに、びくん、びくんと、陸に上げられた魚のごとく、激しい痙攣を繰り返す。
 明らかな異変を前にし、冒険者や兵士たちの注意はノムルから魔線虫の宿主へと戻る。
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