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20.逃げて来たんです

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 ――逃げて来たんです。……人間から。

 幼女はそう言っていた。つまり、とノムルは考える。
 
「狩りつくされたか」

 不愉快。怒り。
 見つけた光明に影を差されて、ノムルの心に昏い感情が渦を巻く。犯人を見つけ出して地獄を見せてやろうかと、思考が歪んでいった。
 しかしそんなことをしたところで、何の益もない。
 目蓋を落としたノムルは、込み上げてくる感情を奈落に閉じ込めて蓋をすると、笑顔で隠す。彼女を怖がらせないために。

「――この森の他には? どの辺りにいるか分かる?」
「分かりません」
「どんな場所にいるか、予想はできる?」
「森の奥だと思います」

 質問に対する答えは、彼女が森人だと確信を深めただけ。
 だが、まだ希望が潰えたわけではない。少なくとも、目の前の幼女が彼の手元にいる限り、ノムルは人間が知らない薬学の知識を手に入れられる。

「そっかー。そっかそっかー」

 動揺する心を隠すため、ノムルは心に道化の仮面を被る。
 けれど幼女は、うろたえた様子で身を引いた。どうやらノムルの胡散臭さに、警戒を強めたらしい。

「じゃあさー、一緒に探してあげるよ。俺も旅してるしー。どうせ薬草を採りに、色々な森を回るつもりだったからねー」
「いえ、お気になさらないでください」

 満面の笑みで申し出たノムルを、幼女は即答で切り捨てる。

「気にしなくていいよ? 小さな子供が一人なんて、危険だよ? それに――」

 蜘蛛が糸で獲物を絡め取るように、ノムルは紡ぐ言葉で彼女を絡め取る。顔から笑みを消したノムルは、声のトーンを落として囁いた。

「正体、隠したいんでしょう?」

 微かに聞き取れる程度の声量。なのに、蛇が巻き付くように相手を捉える威圧感。笑顔の道化が垣間見せる、死神の影。
 毒牙を見せつけられて、幼女はよろりと姿勢を崩す。怯えを含んだ視線がノムルに向けられた時には、すでにノムルの顔には、へらりと胡散くさい笑みが戻っていた。

「心配しなくていいよ? 俺は君や君の一族に危害を加える気はないから。むしろ君たちが望むなら、保護してもいいと思っている」

 爽やかな声。けれど幼女の警戒は緩まない。

「私の、一族? 何を仰っているのでしょうか?」

 ふるふると震える幼女が絞り出した声は、掠れて聞き取りづらい。完全に怯えられていた。

「怖がらないでよ? まあ、人間に襲われたみたいだから、仕方ないかもしれないけどさ。俺としては、君たちとは友好的に付き合いたいんだよね? どうしても心配なら、契約魔法で縛ってくれて構わないよ?」

 契約魔法とは、双方合意の上で契約を交わし、その内容を体に刻みつける魔法だ。契約違反をしそうになると、魔法が発動して体の自由を奪う。
 機密を喋ろうとすれば声が出なくなり、書き記そうとすれば手が動かなくなるといった具合に。
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