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26.今のも魔法ですか?

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「今のも魔法ですか?」
「そーだよ。手紙を飛ばしたんだ。じゃあ、とりあえず宿に行こっか?」
「はい、よろしくお願いします」

 ノムルの誘いに頷くユキノの前に置かれた茶菓は、一切手が付けられていない。

「食べないの?」
「えっと、すみません。お腹は空いていないみたいでして」
「そう」

 杖を撫でながら立ち上がったノムルの後ろを、椅子から下りたユキノが付いてくる。机の上の器と皿は、いずれも綺麗になっていた。
 食べ物は貴重だ。お残しは許さない。いずれも収納魔法に仕舞われたのだった。

 表通りに出たノムルは、寝台の絵が描かれた看板が掲げられた建物の近くまで行くと、ちらりと扉越しに中を一瞥する。しかし足は止めずにそのまま通過した。
 次に見つけた宿屋らしき看板が掲げられた建物は、一顧だにせず通り過ぎる。
 ユキノはその様子を不思議そうに見て、それから後ろを振り返ると、宿屋を見ながら首を傾げた。

「今の宿は一階が酒場になってるから、夜に酔っ払いどもが暴れる危険があるからね。ユキノちゃんが絡まれたら、面倒だろ? その前の宿は安宿。低ランクの冒険者たちが泊まってる。部屋は大部屋で雑魚寝だねー」

 ノムルの簡単な解説を、ユキノは頷きながら真剣に聞いている。

「ありがとうございます」
「何がー?」

 背中に投げかけられたユキノからの感謝の理由が、ノムルには分からない。

「私の事、気遣ってくださって」

 一瞬にも満たない短い時間、ノムルの足が動きを止めた。すぐに動き出したから、ユキノも道行く人々も、気付かなかっただろうけれど。

「気にしなくていいよー? こっちから言い出したことだからね。護衛の仕事だと考えれば当然のことだし、慣れてるから」

 だから、感謝されることではない。けれどユキノは強く否定する。

「それでも、です」

 今度はユキノでも認識できるほど、ノムルの足が止まった。振り返ったノムルの顔には、微かな驚きがある。
 すぐに前を向いたノムルの眉間にはしわが寄っていたが、表情全体を見れば機嫌が悪いわけではないと分かるだろう。嬉しいとか、くすぐったいとか、そういった感情に、困惑が混じっていた。

 ――なんだ?

 理解できない自分の感情から逃げるように、ノムルは見つけた宿屋に爪先を向ける。

「ここでいい?」

 ユキノを振り返ったノムルの顔には、きちんと道化の笑みが貼り付けられていた。
 迷いは動揺を生み、感情の制御を緩める。強い気持ちは精霊たちを呼び寄せ、望まぬ未来を創り出す。押さえつけて、蓋をして、道化を演じる。

「はい。お任せします」

 ノムルは木製の扉を押すと、宿屋に入った。
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