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34.ノムルは目蓋を落とし
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ノムルは目蓋を落とし、肺の中の空気を全て吐き出す。それから無理矢理に口角を引き上げて、道化の笑顔を作り上げる。
まだ駄目だ。彼女は必要なのだから──。
そんな言葉で説き伏せて。
「じゃあさ、ユキノちゃんは悲しんでくれるのー?」
本性を隠して笑顔を貼り付けた道化の瞳には、蔑みの色が滲んでいた。
人間たちは、ノムル・クラウを脅威として捉えている。一瞬にして国を壊滅させた男。機嫌を損ねれば、どれ程の犠牲を生み出すか分からない、歩く災厄――。
彼らはノムルが傷付いたからといって、悲しみはしない。それどころか、ノムル・クラウという脅威が消えるかもしれないと、期待に目を輝かせて歓喜することだろう。
例外として魔法使いたちは嘆くかもしれないけれど、彼らは自分たちの王が傷付けられたことに憤るだけで、ノムル自身が傷付くことに心を痛めたりはしない。
もし本当に悲しむ気持ちがあるのなら、彼に幾重もの枷を付けたままにはしないはずだ。
何も知らない幼い子供。
悪意がないことは理解している。けれど、だからこそ、自分に向けられた綺麗事が、ノムルには吐き気を催すほど不快に感じた。
ぴきりと、ユキノのフードの下で音が鳴る。
「悲しんでいるでしょう!? 傷付いているでしょう!? だから、怒っているんじゃないですかああっ! ふんっにゅうううーっ!」
ユキノは袖を振って絶叫する。それでも足りないらしく、地団太を踏み暴れ出した。ぺしぺしと、奇妙な音がする。
突如繰り広げられた、幼女の癇癪。ノムルは呆気に取られて、真顔になった。
「すぐに治るのに?」
「でも痛いでしょう? ノムルさんは私を何だと思っているんですか? 怪我している人を見ても平気な、冷血漢ですか? ふんっにゅううーっ!」
犬が威嚇しながら唸るように、ユキノはノムルを睨みつけて吠える。フードで隠れているので表情は見えないが、それでも怒りはひしひしとノムルに伝わってきた。
ノムルはきょとんとして、目をぱしぱしと瞬く。彼女の行動も、言葉も、彼には理解できない。
彼女は何を怒っているのだろう? なぜこんなにも怒り狂っているのか。考えをめぐらし、過去に関わった人間の記憶を引っ張り出して比較するが、該当する状況に辿り着けない。
――いや、あった。
命を落とすかもしれないほどの傷を負いながら、それでも何食わぬ顔で次の仕事に向かおうとしたノムルを、殴り倒して寝台に縛り付け、喚いていた男が一人いたと、ノムルは思い出す。
あれは本気で死ぬかと思ったものだと、ノムルは過去を思い出しながら遠くを見つめてしまう。
当時は弱っていたノムルにとどめを刺したかったのだと、誤解した。事実、ノムルでなければ本当にとどめになっていたかもしれない一撃だったのだ。
しかしそれは、不器用な男が幼い少年の怪我を心配して、休ませようと行動した結果だった。不器用すぎる行いだが。
まだ駄目だ。彼女は必要なのだから──。
そんな言葉で説き伏せて。
「じゃあさ、ユキノちゃんは悲しんでくれるのー?」
本性を隠して笑顔を貼り付けた道化の瞳には、蔑みの色が滲んでいた。
人間たちは、ノムル・クラウを脅威として捉えている。一瞬にして国を壊滅させた男。機嫌を損ねれば、どれ程の犠牲を生み出すか分からない、歩く災厄――。
彼らはノムルが傷付いたからといって、悲しみはしない。それどころか、ノムル・クラウという脅威が消えるかもしれないと、期待に目を輝かせて歓喜することだろう。
例外として魔法使いたちは嘆くかもしれないけれど、彼らは自分たちの王が傷付けられたことに憤るだけで、ノムル自身が傷付くことに心を痛めたりはしない。
もし本当に悲しむ気持ちがあるのなら、彼に幾重もの枷を付けたままにはしないはずだ。
何も知らない幼い子供。
悪意がないことは理解している。けれど、だからこそ、自分に向けられた綺麗事が、ノムルには吐き気を催すほど不快に感じた。
ぴきりと、ユキノのフードの下で音が鳴る。
「悲しんでいるでしょう!? 傷付いているでしょう!? だから、怒っているんじゃないですかああっ! ふんっにゅうううーっ!」
ユキノは袖を振って絶叫する。それでも足りないらしく、地団太を踏み暴れ出した。ぺしぺしと、奇妙な音がする。
突如繰り広げられた、幼女の癇癪。ノムルは呆気に取られて、真顔になった。
「すぐに治るのに?」
「でも痛いでしょう? ノムルさんは私を何だと思っているんですか? 怪我している人を見ても平気な、冷血漢ですか? ふんっにゅううーっ!」
犬が威嚇しながら唸るように、ユキノはノムルを睨みつけて吠える。フードで隠れているので表情は見えないが、それでも怒りはひしひしとノムルに伝わってきた。
ノムルはきょとんとして、目をぱしぱしと瞬く。彼女の行動も、言葉も、彼には理解できない。
彼女は何を怒っているのだろう? なぜこんなにも怒り狂っているのか。考えをめぐらし、過去に関わった人間の記憶を引っ張り出して比較するが、該当する状況に辿り着けない。
――いや、あった。
命を落とすかもしれないほどの傷を負いながら、それでも何食わぬ顔で次の仕事に向かおうとしたノムルを、殴り倒して寝台に縛り付け、喚いていた男が一人いたと、ノムルは思い出す。
あれは本気で死ぬかと思ったものだと、ノムルは過去を思い出しながら遠くを見つめてしまう。
当時は弱っていたノムルにとどめを刺したかったのだと、誤解した。事実、ノムルでなければ本当にとどめになっていたかもしれない一撃だったのだ。
しかしそれは、不器用な男が幼い少年の怪我を心配して、休ませようと行動した結果だった。不器用すぎる行いだが。
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