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35.気恥ずかしさや嬉しさが

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 気恥ずかしさや嬉しさが、ノムルの心をくすぐる。むずむずとする口元の動きを隠すように、ノムルは自らへらりと笑みを作り上げた。

「ユキノちゃんは女の子でしょう? 冷血だなんて、思ってないよ?」
「そこじゃありませんっ! ふんっにゅうーっ!」

 ばたばたと床を蹴り、ユキノは絶叫する。

「もう知りません!」

 腕を組んだユキノが、ぷいっと顔を横向けた。

「ねー、ユキノちゃーん?」

 苛立ちは霧散していた。机に肘を乗せて頬杖を突いたノムルは、ユキノに呼びかける。

「話しかけないでください!」
「えー?」
「私は怒っているのです! ふんっにゅうーっ! です!」
「えー? なにそれ?」

 くつくつと、ノムルから自然に笑い声が零れる。彼の瞳には、微かだが柔らかな光が灯っていた。
 こんな感情をあの人以外に感じる日が来るなんてと、ノムルは過去を思い出しながら目を細める。
 ドインは何度も、ノムルに諦めるなと言い続けた。いつか必ず、ノムルを受け入れてくれる人間が現れるからと。だから諦めるなと。
 ありえないと、ノムルはいつも一蹴していた。それなのに今、彼の冷え切った心を、蝋燭に似た小さな灯りが微かに温める。

 けれど所詮は蝋燭の灯火でしかない。風が吹けば消えてしまうだろう。期待してはいけない――。
 ノムルはテーブルに立てかけていた杖に触れる。すると床を汚していた血が、一瞬で消えた。彼の揺れた感情まで一緒に。

「杖にはもう二つ薬草を登録できるけど、どうする?」

 いつもと変わらぬ優しい笑みを貼り付け直し、ノムルは問う。
 急に違う話題を振られて、ユキノが不満そうな態度を見せる。しかしノムルは笑みを崩さない。
 何かを諦めるように肩を落として大きな溜め息を吐いたユキノが、自分の手にある杖をじっと見つめた。

「どのような薬効がいいでしょうか?」

 問われてノムルも考える。
 彼自身は薬を使った経験がないので、何が役に立つのか分からない。ノムルに怪我を負わせられる魔物など、今まで遭遇したことがなかったから。

「そうだねー。襲われた時の対処として、毒系かな? まあ俺がいる限り、手は出させないけど?」
「毒は持っていませんね」
「睡眠薬とかでもいいと思うけど?」
「それならありますけれど」

 などと話しつつ、杖に何を登録するか相談しながら吟味する。

「しかし道端で眠ってしまったら、危険ではないでしょうか?」
「自業自得でしょ? 気にしなくていいんじゃない?」

 襲ってきた人間など、返り討ちにすればいい。そうしなければ身を護れない。眠らせる程度ならかわいいほうだ。ノムルはそう考えたし、大抵の人間もそう考えるだろう。
 けれどユキノは納得できないらしく、ふむうっと唸って頷かない。

「急いで決める必要はないよ? 登録はいつでもできるし、変更だって可能だから、決まったら教えてよ」
「はい。ありがとうございます」

 ユキノはぺこりとお辞儀してから、杖を見つめたり、袖を顎に当てて考えたりと、一人で忙しそうに動く。
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