35 / 110
35.気恥ずかしさや嬉しさが
しおりを挟む
気恥ずかしさや嬉しさが、ノムルの心をくすぐる。むずむずとする口元の動きを隠すように、ノムルは自らへらりと笑みを作り上げた。
「ユキノちゃんは女の子でしょう? 冷血漢だなんて、思ってないよ?」
「そこじゃありませんっ! ふんっにゅうーっ!」
ばたばたと床を蹴り、ユキノは絶叫する。
「もう知りません!」
腕を組んだユキノが、ぷいっと顔を横向けた。
「ねー、ユキノちゃーん?」
苛立ちは霧散していた。机に肘を乗せて頬杖を突いたノムルは、ユキノに呼びかける。
「話しかけないでください!」
「えー?」
「私は怒っているのです! ふんっにゅうーっ! です!」
「えー? なにそれ?」
くつくつと、ノムルから自然に笑い声が零れる。彼の瞳には、微かだが柔らかな光が灯っていた。
こんな感情をあの人以外に感じる日が来るなんてと、ノムルは過去を思い出しながら目を細める。
ドインは何度も、ノムルに諦めるなと言い続けた。いつか必ず、ノムルを受け入れてくれる人間が現れるからと。だから諦めるなと。
ありえないと、ノムルはいつも一蹴していた。それなのに今、彼の冷え切った心を、蝋燭に似た小さな灯りが微かに温める。
けれど所詮は蝋燭の灯火でしかない。風が吹けば消えてしまうだろう。期待してはいけない――。
ノムルはテーブルに立てかけていた杖に触れる。すると床を汚していた血が、一瞬で消えた。彼の揺れた感情まで一緒に。
「杖にはもう二つ薬草を登録できるけど、どうする?」
いつもと変わらぬ優しい笑みを貼り付け直し、ノムルは問う。
急に違う話題を振られて、ユキノが不満そうな態度を見せる。しかしノムルは笑みを崩さない。
何かを諦めるように肩を落として大きな溜め息を吐いたユキノが、自分の手にある杖をじっと見つめた。
「どのような薬効がいいでしょうか?」
問われてノムルも考える。
彼自身は薬を使った経験がないので、何が役に立つのか分からない。ノムルに怪我を負わせられる魔物など、今まで遭遇したことがなかったから。
「そうだねー。襲われた時の対処として、毒系かな? まあ俺がいる限り、手は出させないけど?」
「毒は持っていませんね」
「睡眠薬とかでもいいと思うけど?」
「それならありますけれど」
などと話しつつ、杖に何を登録するか相談しながら吟味する。
「しかし道端で眠ってしまったら、危険ではないでしょうか?」
「自業自得でしょ? 気にしなくていいんじゃない?」
襲ってきた人間など、返り討ちにすればいい。そうしなければ身を護れない。眠らせる程度ならかわいいほうだ。ノムルはそう考えたし、大抵の人間もそう考えるだろう。
けれどユキノは納得できないらしく、ふむうっと唸って頷かない。
「急いで決める必要はないよ? 登録はいつでもできるし、変更だって可能だから、決まったら教えてよ」
「はい。ありがとうございます」
ユキノはぺこりとお辞儀してから、杖を見つめたり、袖を顎に当てて考えたりと、一人で忙しそうに動く。
「ユキノちゃんは女の子でしょう? 冷血漢だなんて、思ってないよ?」
「そこじゃありませんっ! ふんっにゅうーっ!」
ばたばたと床を蹴り、ユキノは絶叫する。
「もう知りません!」
腕を組んだユキノが、ぷいっと顔を横向けた。
「ねー、ユキノちゃーん?」
苛立ちは霧散していた。机に肘を乗せて頬杖を突いたノムルは、ユキノに呼びかける。
「話しかけないでください!」
「えー?」
「私は怒っているのです! ふんっにゅうーっ! です!」
「えー? なにそれ?」
くつくつと、ノムルから自然に笑い声が零れる。彼の瞳には、微かだが柔らかな光が灯っていた。
こんな感情をあの人以外に感じる日が来るなんてと、ノムルは過去を思い出しながら目を細める。
ドインは何度も、ノムルに諦めるなと言い続けた。いつか必ず、ノムルを受け入れてくれる人間が現れるからと。だから諦めるなと。
ありえないと、ノムルはいつも一蹴していた。それなのに今、彼の冷え切った心を、蝋燭に似た小さな灯りが微かに温める。
けれど所詮は蝋燭の灯火でしかない。風が吹けば消えてしまうだろう。期待してはいけない――。
ノムルはテーブルに立てかけていた杖に触れる。すると床を汚していた血が、一瞬で消えた。彼の揺れた感情まで一緒に。
「杖にはもう二つ薬草を登録できるけど、どうする?」
いつもと変わらぬ優しい笑みを貼り付け直し、ノムルは問う。
急に違う話題を振られて、ユキノが不満そうな態度を見せる。しかしノムルは笑みを崩さない。
何かを諦めるように肩を落として大きな溜め息を吐いたユキノが、自分の手にある杖をじっと見つめた。
「どのような薬効がいいでしょうか?」
問われてノムルも考える。
彼自身は薬を使った経験がないので、何が役に立つのか分からない。ノムルに怪我を負わせられる魔物など、今まで遭遇したことがなかったから。
「そうだねー。襲われた時の対処として、毒系かな? まあ俺がいる限り、手は出させないけど?」
「毒は持っていませんね」
「睡眠薬とかでもいいと思うけど?」
「それならありますけれど」
などと話しつつ、杖に何を登録するか相談しながら吟味する。
「しかし道端で眠ってしまったら、危険ではないでしょうか?」
「自業自得でしょ? 気にしなくていいんじゃない?」
襲ってきた人間など、返り討ちにすればいい。そうしなければ身を護れない。眠らせる程度ならかわいいほうだ。ノムルはそう考えたし、大抵の人間もそう考えるだろう。
けれどユキノは納得できないらしく、ふむうっと唸って頷かない。
「急いで決める必要はないよ? 登録はいつでもできるし、変更だって可能だから、決まったら教えてよ」
「はい。ありがとうございます」
ユキノはぺこりとお辞儀してから、杖を見つめたり、袖を顎に当てて考えたりと、一人で忙しそうに動く。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
124
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる