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50.せっかくなのですが

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「せっかくなのですが、冷たいお水はお腹が痛くなるので。お気持ちだけ頂きます」
「そう? じゃあ俺が飲むね?」
「はい」

 ノムルが水を飲むのを見ていたユキノは、彼がコップに口を付けると安心したように体の力を抜き、川に近付いていった。引き摺られているローブの裾が濡れているが、お構いなしだ。
 何をするのかとノムルは眺めていたが、ユキノは動かない。何もしないのではなく、動かないという行動を取っているように見える。
 その奇妙な状態に、ノムルは違和感を積もらせていくが、すぐに蓋をした。
 疑いは相手に警戒を与える。特にユキノは人間に対する警戒が強い。未だに人間に触れられることさえ恐れるほどに。
 だからノムルは、ただ変わった子供だと思うに留める。それ以上の詮索はしない。

 コップに入った水をちびちびと飲んでいると、イゾーも水を飲みにかやってきた。

「よかったのか?」

 主語は言わずに、イゾーがノムルに問う。
 すぐに魔物の討伐という手柄を彼に譲ったことだと察したノムルは、ちらりとユキノを見やってから、答える。

「こっちも色々あるんだよ。それに、接近に気付いていたのに、動かなかった俺も悪いし?」
「ああ」

 イゾーの視線は、水浴びをしている三人組に向かう。彼も高い場所にいる見張りが役立たないことに気付いているのだろう。

「貴族の傭兵には花を持たせなければ、あとが面倒だからな」

 微かに眉間にしわを寄せたイゾーは、苦々しく零す。どうやら先頭馬車の持ち主は、貴族だったらしい。
 ノムルに花を持たせるつもりはなかったのだが、否定するほどのことでもないので訂正はしなかった。

「今回は四台。うち二台は護衛が複数と聞いていたが、実質は三人と言ったところか」

 金属鎧三人組で、ようやく一人分と言いたいのだろう。それも護衛として使えるレベルという意味であり、ノムルどころかイゾー一人にさえ劣る。
 もしかすると対人訓練だけしていて、魔物の対応に慣れていないだけかもしれないけれど、現時点で力不足なのは事実だった。

「後ろは?」
「せいぜいC寄りのDだ。二人合わせてな」

 最後尾の馬車には、弓使いの女と剣士の男が護衛として乗っている。
 二台目にいるノムルからはあまり様子が見れていないので、正確な判断はできないが、イゾーが言うのならそうなのだろうと頷いた。
 イゾーはAランクに到達できるほどの才能はないが、一人でヨルド山脈に挑戦できるほどの猛者だ。努力と経験、それらから派生した知識や判断力は、かなりのものだろう。
 彼の実力はBランク相当だが、状況によっては、ノムルよりも的確な判断を下せるかもしれないと、ノムルは分析する。

「だが嬉しい誤算もあった。他人任せですまないが、頼りにしている」
「適当にやるよ」

 とは言ったものの、ノムルがやることは変わらない。そもそも彼がその気になれば、四台の馬車くらい、一人で護りきれるのだから。
 とりあえず、後方にはあまり魔物を送らないほうがよさそうだと、頭の隅に留め置くことにする。

 水で咽を潤したイゾーは、すぐに馬車へ戻っていった。
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