3 / 5
虚空の猟鳥
地上ーーバラード基地
しおりを挟む
空を見上げている余裕など、本来はなかった。
だが、誰もが無意識に視線を上げてしまう。
それほどまでに、空は騒がしかった。
管制塔のガラスが、低く震えている。
エンジン音。
ミサイルの衝撃波。
遠くで爆ぜる音が、時間差で腹に響く。
「高度八〇〇〇、クラウ隊、交戦開始確認」
若い管制官が、喉を鳴らしながら報告する。
指先は震えているが、声は裏返らない。
管制塔内部は、異様な静けさに包まれていた。
誰もが声を潜め、ヘッドセット越しの音に集中している。
「MiG-29、散開……くそ、数が多い」
レーダー担当の下士官が、歯を食いしばる。
画面上の光点が、一気に広がった。
「爆撃機編隊、後方。進路、バラード基地に直線」
「迎撃は?」
「クラウ隊が噛みついてる。だが――」
言葉の続きを、誰も促さなかった。
足りない。
それは全員が理解している。
滑走路脇では、対空砲部隊がすでに配置についていた。
レール上を滑るように砲身が上を向く。
「まだだ……撃つな、指示待ちだ」
砲員の一人が、無意識に空を睨む。
肉眼では、点にしか見えない。
だが、それが死を運んでくることだけは、嫌というほど分かる。
「……落ちた」
誰かが呟いた。
遠方で、黒い煙が一つ、空に咲いた。
それを皮切りに、次々と。
「一機撃墜確認!」
「いや、二機だ、二機!」
管制塔に、抑えきれないざわめきが走る。
「クラウ5、MiG-29を……三機? 本当か?」
「確認した。誤認じゃない」
一瞬の沈黙。
それから、誰かが小さく息を吸った。
「新人だぞ……」
「関係ない。今は、味方だ」
整備区画では、出撃できなかった整備員たちが、固唾を飲んで空を見ていた。
彼らの仕事は終わっている。
あとは、無事に帰ってくることを祈るしかない。
「頼むから、無茶はするなよ……」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。
突然、警報が一段高い音に変わった。
「低空接近! 新手だ!」
「何だと!?」
レーダー画面に、また光点が現れる。
低く、速い。
「潜ってきやがった……!」
管制塔の空気が、一気に張り詰めた。
「爆撃機が抜けるぞ!」
「対空砲、準備!」
「まだだ、撃つな、味方がいる!」
対空砲員が、歯を食いしばり、引き金にかけた指を止める。
撃てば、味方も巻き込む距離だ。
その時。
「――フェンリル師団、来たぞ」
誰かが、震える声で言った。
空の北側。
新たな轟音が、波のように押し寄せる。
「味方識別、キルギア機だ!」
「数が……多い……!」
管制塔に、安堵とも驚愕ともつかない吐息が漏れる。
「戦線、立て直し確認」
「敵、押し返されてる」
対空砲員の一人が、ようやく息を吐いた。
「……生きてる」
誰かが言った。
基地が。
自分たちが。
やがて、空の音が、少しずつ遠ざかっていく。
「防空成功」
その言葉が告げられた瞬間、
誰も歓声を上げなかった。
ただ、椅子に深く座り直す者。
ヘルメットを脱ぎ、額を拭う者。
黙って空を見上げる者。
勝った。
だが、それは今日一日、生き延びたという意味でしかない。
整備員の一人が、ぽつりと呟いた。
「……あの子たち、また戻ってくるんだよな」
誰も答えなかった。
だが全員が、同じ空を見ていた。
まだ、戦争は始まったばかりだ
だが、誰もが無意識に視線を上げてしまう。
それほどまでに、空は騒がしかった。
管制塔のガラスが、低く震えている。
エンジン音。
ミサイルの衝撃波。
遠くで爆ぜる音が、時間差で腹に響く。
「高度八〇〇〇、クラウ隊、交戦開始確認」
若い管制官が、喉を鳴らしながら報告する。
指先は震えているが、声は裏返らない。
管制塔内部は、異様な静けさに包まれていた。
誰もが声を潜め、ヘッドセット越しの音に集中している。
「MiG-29、散開……くそ、数が多い」
レーダー担当の下士官が、歯を食いしばる。
画面上の光点が、一気に広がった。
「爆撃機編隊、後方。進路、バラード基地に直線」
「迎撃は?」
「クラウ隊が噛みついてる。だが――」
言葉の続きを、誰も促さなかった。
足りない。
それは全員が理解している。
滑走路脇では、対空砲部隊がすでに配置についていた。
レール上を滑るように砲身が上を向く。
「まだだ……撃つな、指示待ちだ」
砲員の一人が、無意識に空を睨む。
肉眼では、点にしか見えない。
だが、それが死を運んでくることだけは、嫌というほど分かる。
「……落ちた」
誰かが呟いた。
遠方で、黒い煙が一つ、空に咲いた。
それを皮切りに、次々と。
「一機撃墜確認!」
「いや、二機だ、二機!」
管制塔に、抑えきれないざわめきが走る。
「クラウ5、MiG-29を……三機? 本当か?」
「確認した。誤認じゃない」
一瞬の沈黙。
それから、誰かが小さく息を吸った。
「新人だぞ……」
「関係ない。今は、味方だ」
整備区画では、出撃できなかった整備員たちが、固唾を飲んで空を見ていた。
彼らの仕事は終わっている。
あとは、無事に帰ってくることを祈るしかない。
「頼むから、無茶はするなよ……」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。
突然、警報が一段高い音に変わった。
「低空接近! 新手だ!」
「何だと!?」
レーダー画面に、また光点が現れる。
低く、速い。
「潜ってきやがった……!」
管制塔の空気が、一気に張り詰めた。
「爆撃機が抜けるぞ!」
「対空砲、準備!」
「まだだ、撃つな、味方がいる!」
対空砲員が、歯を食いしばり、引き金にかけた指を止める。
撃てば、味方も巻き込む距離だ。
その時。
「――フェンリル師団、来たぞ」
誰かが、震える声で言った。
空の北側。
新たな轟音が、波のように押し寄せる。
「味方識別、キルギア機だ!」
「数が……多い……!」
管制塔に、安堵とも驚愕ともつかない吐息が漏れる。
「戦線、立て直し確認」
「敵、押し返されてる」
対空砲員の一人が、ようやく息を吐いた。
「……生きてる」
誰かが言った。
基地が。
自分たちが。
やがて、空の音が、少しずつ遠ざかっていく。
「防空成功」
その言葉が告げられた瞬間、
誰も歓声を上げなかった。
ただ、椅子に深く座り直す者。
ヘルメットを脱ぎ、額を拭う者。
黙って空を見上げる者。
勝った。
だが、それは今日一日、生き延びたという意味でしかない。
整備員の一人が、ぽつりと呟いた。
「……あの子たち、また戻ってくるんだよな」
誰も答えなかった。
だが全員が、同じ空を見ていた。
まだ、戦争は始まったばかりだ
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる