ACES IN SKIES

みにみ

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大陸の魔鳥

Black Widow II

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夜は、戦場にも等しく訪れる。
だがその夜の質は、場所によってまるで違った。
ヒュースポイント北方第四空軍管区、シリラット基地。
日中はひっきりなしに離着陸する戦闘機の騒音に満ちていたその基地も
深夜二時を回った今は、奇妙な静けさに包まれていた。
滑走路の誘導灯だけが規則正しく瞬き、遠くで非常用発電機の低い唸りが絶えず続いている。
ヨツセ・リカ少尉は、格納庫地区の外れに立っていた。
夜気は冷たく、制服の上からでも肌に刺さる。
だが寒さよりも、胸の奥に残る空虚のほうが、彼女には堪えた。
F-15Cはもう無い。
彼女が初めて戦場に持ち込み、何度も死地を潜り抜けた機体は
修理不能の判定を受け、今頃は解体待ちのタグを付けられているはずだった。
「……悪くなかったよ」
誰に向けるでもなく、リカは小さく呟いた。
機体に、ではない。
あの空に、自分を運んだ時間に、だ。
背後から足音がした。
振り向く前に、声がかかる。

「考え込むときは、いつも一人だな」
ナノリ・ヒューヴ少佐――フーシェンがそこにいた。
戦闘服のまま、手には紙コップ。
中身は、おそらくいつもの薄いコーヒーだ。
「眠れないんですか」
「眠れると思うか?」
フーシェンは肩をすくめ、リカの隣に立った。
二人の視線の先には、照明に照らされた一棟の大型格納庫がある。
他の格納庫と違い、周囲には憲兵が配置され、出入口には識別灯が追加されていた。
「……あれですか」
「ああ」
短い肯定。
だがそれだけで、リカは理解した。
今夜、彼女に与えられる機体。
それが、あの中にある。
「正直に言う」
フーシェンは前置きもなく言った。
「私は反対だった」
リカは何も言わなかった。
驚きもしない。
「お前は、まだ二十三だ。才能はある。
 だが、あれを任せるというのは……賭けだ」
「賭けは、いつもしてます」
リカは静かに答えた。
「空に出るたびに」
フーシェンは苦笑した。
「そういうところだ」
しばし沈黙が落ちる。
遠くで、夜間整備を終えた別の機体が牽引される音がした。
「だがな」
フーシェンは続けた。
「FCFは、もう賭けに出るしかないところまで来ている。
 DTSは落とした。だが、戦争は終わっていない。むしろ……ここからが本番だ」
「わかっています」
リカは頷く。
「だから、あれなんだ」
フーシェンの視線が、再び格納庫に向いた。
「お前はもう、単なる一飛行隊の一員じゃない。
 クラウ隊は“象徴”になりつつある。その中でも、お前は……」
言葉を探すように、一瞬だけ間が空いた。

「隕石だ」
その呼び名に、リカはわずかに眉をひそめた。
「私は、そんなつもりは」
「知ってる」
フーシェンは即座に言った。
「だからこそだ」
二人は並んで、格納庫へと歩き出した。
重い扉が開かれ、中から白色灯が溢れ出す。
そこにあったのは――
これまで彼女が見てきたどの戦闘機とも違う姿だった。
鋭角的で、平面を多用した機体形状。
双発だが、エンジンナセルは機体に溶け込むように配置され
垂直尾翼は外傾している。塗装は鈍い灰色。光を反射しない。
YF-23。
通称、ブラックウィドウII。
その一号機。
コードネーム、Gray Ghost。
「……静かだ」
思わず、リカはそう口にしていた。
エンジンは停止しているはずなのに、機体そのものが音を吸い込んでいるように見える。
「ステルスってやつだ」
フーシェンが言う。
「見えない、聞こえない、気づいた時には終わっている」
「幽霊、ですね」
「そう呼ぶ連中もいる」
格納庫の奥から、二人の人物が近づいてきた。
一人は見慣れない制服――ヒリシア空軍の技術士官。
もう一人は、基地司令部の作戦参謀だった。
「ヨツセ・リカ少尉」
技術士官が、硬い声で名を呼ぶ。
「これより、貴官をYF-23一号機の暫定搭乗員に指定する。異論は?」
「ありません」
即答だった。
技術士官は一瞬、リカを観察するように見つめ、それから頷いた。
「忠告しておく。この機体は、優しくない」
「……はい」
「操縦応答は高速度域で最適化されている。
 低速、特に高迎角域では癖が出る。F-15のつもりで扱えば、命を落とす」

「理解しています」

「整備は限定的だ。被弾は許されない。部品は現地調達不可。つまり――」

「一度壊れたら、終わりですね」
リカが言うと、技術士官はわずかに口角を上げた。

「その通りだ」
彼は一歩下がり、機体を示した。
「だが、使いこなせば……これ以上の刃はない」
リカは、ゆっくりと機体に近づいた。
手袋越しに触れた外板は、冷たく、硬い。
だが、不思議と拒絶は感じなかった。
「……よろしく」
小さく、そう言った。
返事はない。
だが、それでいい。
フーシェンは少し離れたところから、その様子を見ていた。
そして、独りごちるように呟いた。
「また、厄介な相棒を見つけたな」
その夜、クラウ隊の他の面々は、それぞれの場所でこの知らせを聞いた。
「はあ!? 試作機!?」
スウィンダラーは声を上げたが、すぐに笑った。
「まあ、あいつらしいか」
ブリュンヒルデは、少し心配そうに空を見上げた。
「……無事で帰ってきなさいよ」
スナイパーは、短く一言。
「似合ってると思う」
そして誰もが、はっきりとは口にしなかったが、同じことを感じていた。
戦争が、次の形に移ったのだと。
その夜、リカはコクピットに座り、灯りの落ちた計器盤を見つめていた。
エンジンは始動していない。
だが、彼女には聞こえた気がした。
この機体が、遠い未来の空を知っているということを。
「……飛ぼう」
静かに、そう言った。
空は、まだ終わっていない
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