14 / 18
大東亜の快進
出渠
しおりを挟む
1942年4月下旬。呉海軍工廠の巨大なドックに収まっていた
戦艦「大和」は、数週間に及ぶ大規模な改修工事を終え
その雄大な姿を再び海へと現した。乾ドックにゆっくりと海水が注ぎ込まれ
巨大な船体が静かに水面に浮かび上がる。溶接の跡も鮮やかな艦橋頂部は
最新鋭の対空電探「試製二式二号電波探信儀一型」を搭載し
以前とは異なる精悍さを湛えていた。その傍らには
主砲発砲時の衝撃を緩和する揺動防止装置が組み込まれ、
大和の巨砲は、より高精度な射撃を可能にするための「牙」を手に入れたのである。
入渠期間中も、乗員たちは陸上での訓練や、僚艦での実習を重ね、
その練度を維持向上させていた。特に、対空戦闘指揮官である
井上少佐は、新型電探の操作訓練に心血を注いだ。
彼の指揮の下、対空砲員たちは、電探が捉える微弱な信号から
敵機の機種や速度、進行方向を瞬時に判別する訓練を繰り返し
その「目」の感度を研ぎ澄ませていた。
そして、ついにその時が来た。大和は、港のタグボートに曳かれながら
ゆっくりとドックを離れ、広大な瀬戸内海へと躍り出た。
その巨体は、鋼鉄の意志を秘めた巨大な獣のように
静かに、しかし確かな存在感を放っていた。艦橋には
再び連合艦隊旗艦の旗が掲げられ、大和は、連合艦隊旗艦
第一戦隊所属戦艦大和として、新たな任務へと向かう準備を整えたのである。
出渠後、大和に下された次なる命令は
日本海軍の新たな戦略的目標であるFS作戦への参加であった。
FS作戦とは、南太平洋の要衝であるポートモレスビーを攻略し
連合国軍のオーストラリアとアメリカ間の
補給線を分断することを目的とした大規模な作戦である。
この作戦の成功は、日本の南方資源地帯からの輸送路をより安全にし
同時に連合国の反攻をさらに遅らせる上で極めて重要であった。
今回の作戦において、大和は、その強力な砲力と
新たに強化された対空能力を、作戦の中核戦力として投入されることになった。
大和が率いる艦隊は、シンガポール攻略戦でも共に戦った僚艦たちに加え
日本海軍の航空戦力の中核である空母部隊が加わることで
これまで以上に強力な編成となっていた。
大和が率いるのは以下の艦艇である。
第五航空戦隊(五航戦):正規空母「瑞鶴」、「翔鶴」
第十五駆逐隊:駆逐艦「雪風」、「初風」、「時津風」、「天津風」
第二十七駆逐隊:駆逐艦「白露」、「時雨」、「有明」、「夕暮」
この艦隊編成は、大和が、単なる巨砲を積む戦艦としてではなく
空母部隊を護衛し、艦隊全体の防空を担う「防空戦艦」としての役割を
強く期待されていることを示していた。瑞鶴と翔鶴は
その飛行甲板から多数の艦載機を発進させ、作戦海域の制空権を確保し
敵艦隊や陸上目標への攻撃を行う。そして大和は、その背後から
あるいはその中にあって、艦隊に対する航空攻撃を阻止する「盾」となる。
田辺中佐のような大艦巨砲主義者たちは、大和が空母を護衛するという役割に
ある種の違和感を覚えていた。彼らにとって、大和の真価は
あくまで敵艦隊との砲戦であり、自らの巨砲で敵艦を粉砕することにこそあった。
「戦艦が、空母の護衛とは……本末転倒ではないか」
彼らはそう囁き合った。しかし、命令は絶対である。
彼らは、たとえ空母護衛であっても、大和の巨砲が
陸上砲撃などで活躍する機会があることを期待し、粛々と任務に臨んだ。
一方で、井上少佐は、この編成を歓迎していた。
彼は、フィリピン戦での出番なしという経験から
大和の対空能力を最大限に活かすためには、友軍航空機による
制空権の確保が不可欠であることを痛感していたからである。
「五航戦の戦闘機があれば、我々の負担は大幅に軽減される。
そして、万が一、敵機が防空網を突破しても、
新型電探と我々の砲火で確実に仕留めることができる」
彼は、今回の作戦こそが、大和の真の防空能力を試す、絶好の機会になると確信していた。
大和以下の艦隊は、呉を出撃後、一路南へと針路を取った。
目指すは、南太平洋の激戦地、ソロモン方面である。
熱帯の気候は、再び艦隊を包み込み、遠くで響く波の音が
来るべき戦いの前奏曲のように聞こえた。
艦隊の航海は順調に進んだ。広大な太平洋の真ん中を
巨大な艦隊がまるで一つの生命体のように連携しながら進む姿は
見るものを圧倒する迫力があった。
艦内では、FS作戦に関する詳細なブリーフィングが連日行われた。
ソロモン方面は、鬱蒼としたジャングルが広がり、
気象条件も予測困難な地域である。敵の航空基地は点在し
アメリカ軍の巡洋艦や駆逐艦が常に日本の補給線を脅かしていた。
大和の艦橋では、艦長が幕僚たちと地図を広げ、敵の潜水艦や航空機の活動範囲
そして予想される交戦地点について議論していた。
彼は、シンガポールでの成功に安堵しつつも
今回の作戦がこれまでのものとは一線を画す
より激しい戦いとなるであろうことを予感していた。
特に、航空攻撃への備えは、入念に行われた。
新型電探「試製二式二号電波探信儀一型」は
その性能を最大限に引き出すための調整が繰り返された。
電探員たちは、夜間や悪天候下でも正確に目標を探知できるよう
感度の微調整やノイズの除去に努めた。電探が捉えた情報は
瞬時に対空戦闘指揮所へと送られ、井上少佐の指示の下
対空砲員たちは常に臨戦態勢を保っていた。
主砲員たちもまた、その役割を理解し、訓練を続けていた。
田辺中佐は、敵艦隊との砲戦だけでなく、上陸地点への火力支援も視野に入れ
46cm主砲の射撃諸元を再確認していた。揺動防止装置の搭載により
主砲の発砲時にも測距儀が安定して機能することを確認する試験射撃も行われた。
轟音と共に放たれる巨弾は、海面に巨大な水柱を上げ
その破壊力は健在であることを示した。
五航戦の瑞鶴と翔鶴からは、連日、多数の艦載機が発着艦訓練を行っていた。
零式艦上戦闘機が青い空を舞い、九九式艦上爆撃機や九七式艦上攻撃機が
模擬爆撃や雷撃訓練を繰り返す。航空機の発する轟音は、艦隊全体に活気を与え
将兵たちの士気を高めた。大和の乗員たちもまた
自らの上空を友軍機が守ってくれていることに、心強い思いを抱いていた。
しかし、その高揚感の中にも、ある種の緊張感が常に漂っていた。
ソロモン方面は、これまでの戦場とは異なる、苛烈な戦いが予想される地域である。
熱帯特有のスコールが頻繁に降り注ぎ、視界が急激に悪化することもあった。
そのような状況下での敵機襲来は、艦隊にとって大きな脅威となる。
艦隊は、赤道を越え、ソロモン方面へと着実に近づいていった。
日差しはますます強くなり、熱帯の蒸し暑さが艦内にも満ちていた。
将兵たちの顔には、疲労と同時に、激戦を前にした高揚感が入り混じっていた。
大和の艦橋からは、広大な太平洋を縦横無尽に航行する
友軍艦艇の雄大な姿が一望できた。それは、日本の力を結集した
巨大な鋼鉄の塊であり、いかなる敵も打ち破るであろうという
揺るぎない自信を抱かせるものであった。
しかし、その自信の裏側には、常に一つの問いが潜んでいた。
これまでの緒戦は、確かに日本の勝利で彩られてきた。
だが、それはあくまで、日本が奇襲と緒戦の優位性を活かして
勝ち取ったものであった。フィリピン戦では
大和が攻撃目標を失うほどの速さで陸軍が勝利を収めたが、
それは大和の真価が試されなかったことを意味する。
ソロモン方面では、アメリカ軍はすでにその物量と航空戦力を着実に強化し
反攻の機会を伺っていた。今回のFS作戦は、日本海軍が
真に連合国軍の総力と対峙することになる、最初の本格的な戦いとなるであろう。
大和は、その巨体に日本海軍の希望と
そして「巨砲戦艦」と「防空戦艦」という二つの顔を持つ矛盾を抱えながら
ソロモンの海へと突き進んでいく。新型電探と揺動防止装置という
新たな能力を獲得したこの巨艦が、来るべき激戦でどのような運命を辿るのか。
そして、その真の防空能力が、果たして航空機が主役となる未来の海戦で、
どこまで通用するのか。その答えは、ソロモンの空と海が知るのみであった。
戦艦「大和」は、数週間に及ぶ大規模な改修工事を終え
その雄大な姿を再び海へと現した。乾ドックにゆっくりと海水が注ぎ込まれ
巨大な船体が静かに水面に浮かび上がる。溶接の跡も鮮やかな艦橋頂部は
最新鋭の対空電探「試製二式二号電波探信儀一型」を搭載し
以前とは異なる精悍さを湛えていた。その傍らには
主砲発砲時の衝撃を緩和する揺動防止装置が組み込まれ、
大和の巨砲は、より高精度な射撃を可能にするための「牙」を手に入れたのである。
入渠期間中も、乗員たちは陸上での訓練や、僚艦での実習を重ね、
その練度を維持向上させていた。特に、対空戦闘指揮官である
井上少佐は、新型電探の操作訓練に心血を注いだ。
彼の指揮の下、対空砲員たちは、電探が捉える微弱な信号から
敵機の機種や速度、進行方向を瞬時に判別する訓練を繰り返し
その「目」の感度を研ぎ澄ませていた。
そして、ついにその時が来た。大和は、港のタグボートに曳かれながら
ゆっくりとドックを離れ、広大な瀬戸内海へと躍り出た。
その巨体は、鋼鉄の意志を秘めた巨大な獣のように
静かに、しかし確かな存在感を放っていた。艦橋には
再び連合艦隊旗艦の旗が掲げられ、大和は、連合艦隊旗艦
第一戦隊所属戦艦大和として、新たな任務へと向かう準備を整えたのである。
出渠後、大和に下された次なる命令は
日本海軍の新たな戦略的目標であるFS作戦への参加であった。
FS作戦とは、南太平洋の要衝であるポートモレスビーを攻略し
連合国軍のオーストラリアとアメリカ間の
補給線を分断することを目的とした大規模な作戦である。
この作戦の成功は、日本の南方資源地帯からの輸送路をより安全にし
同時に連合国の反攻をさらに遅らせる上で極めて重要であった。
今回の作戦において、大和は、その強力な砲力と
新たに強化された対空能力を、作戦の中核戦力として投入されることになった。
大和が率いる艦隊は、シンガポール攻略戦でも共に戦った僚艦たちに加え
日本海軍の航空戦力の中核である空母部隊が加わることで
これまで以上に強力な編成となっていた。
大和が率いるのは以下の艦艇である。
第五航空戦隊(五航戦):正規空母「瑞鶴」、「翔鶴」
第十五駆逐隊:駆逐艦「雪風」、「初風」、「時津風」、「天津風」
第二十七駆逐隊:駆逐艦「白露」、「時雨」、「有明」、「夕暮」
この艦隊編成は、大和が、単なる巨砲を積む戦艦としてではなく
空母部隊を護衛し、艦隊全体の防空を担う「防空戦艦」としての役割を
強く期待されていることを示していた。瑞鶴と翔鶴は
その飛行甲板から多数の艦載機を発進させ、作戦海域の制空権を確保し
敵艦隊や陸上目標への攻撃を行う。そして大和は、その背後から
あるいはその中にあって、艦隊に対する航空攻撃を阻止する「盾」となる。
田辺中佐のような大艦巨砲主義者たちは、大和が空母を護衛するという役割に
ある種の違和感を覚えていた。彼らにとって、大和の真価は
あくまで敵艦隊との砲戦であり、自らの巨砲で敵艦を粉砕することにこそあった。
「戦艦が、空母の護衛とは……本末転倒ではないか」
彼らはそう囁き合った。しかし、命令は絶対である。
彼らは、たとえ空母護衛であっても、大和の巨砲が
陸上砲撃などで活躍する機会があることを期待し、粛々と任務に臨んだ。
一方で、井上少佐は、この編成を歓迎していた。
彼は、フィリピン戦での出番なしという経験から
大和の対空能力を最大限に活かすためには、友軍航空機による
制空権の確保が不可欠であることを痛感していたからである。
「五航戦の戦闘機があれば、我々の負担は大幅に軽減される。
そして、万が一、敵機が防空網を突破しても、
新型電探と我々の砲火で確実に仕留めることができる」
彼は、今回の作戦こそが、大和の真の防空能力を試す、絶好の機会になると確信していた。
大和以下の艦隊は、呉を出撃後、一路南へと針路を取った。
目指すは、南太平洋の激戦地、ソロモン方面である。
熱帯の気候は、再び艦隊を包み込み、遠くで響く波の音が
来るべき戦いの前奏曲のように聞こえた。
艦隊の航海は順調に進んだ。広大な太平洋の真ん中を
巨大な艦隊がまるで一つの生命体のように連携しながら進む姿は
見るものを圧倒する迫力があった。
艦内では、FS作戦に関する詳細なブリーフィングが連日行われた。
ソロモン方面は、鬱蒼としたジャングルが広がり、
気象条件も予測困難な地域である。敵の航空基地は点在し
アメリカ軍の巡洋艦や駆逐艦が常に日本の補給線を脅かしていた。
大和の艦橋では、艦長が幕僚たちと地図を広げ、敵の潜水艦や航空機の活動範囲
そして予想される交戦地点について議論していた。
彼は、シンガポールでの成功に安堵しつつも
今回の作戦がこれまでのものとは一線を画す
より激しい戦いとなるであろうことを予感していた。
特に、航空攻撃への備えは、入念に行われた。
新型電探「試製二式二号電波探信儀一型」は
その性能を最大限に引き出すための調整が繰り返された。
電探員たちは、夜間や悪天候下でも正確に目標を探知できるよう
感度の微調整やノイズの除去に努めた。電探が捉えた情報は
瞬時に対空戦闘指揮所へと送られ、井上少佐の指示の下
対空砲員たちは常に臨戦態勢を保っていた。
主砲員たちもまた、その役割を理解し、訓練を続けていた。
田辺中佐は、敵艦隊との砲戦だけでなく、上陸地点への火力支援も視野に入れ
46cm主砲の射撃諸元を再確認していた。揺動防止装置の搭載により
主砲の発砲時にも測距儀が安定して機能することを確認する試験射撃も行われた。
轟音と共に放たれる巨弾は、海面に巨大な水柱を上げ
その破壊力は健在であることを示した。
五航戦の瑞鶴と翔鶴からは、連日、多数の艦載機が発着艦訓練を行っていた。
零式艦上戦闘機が青い空を舞い、九九式艦上爆撃機や九七式艦上攻撃機が
模擬爆撃や雷撃訓練を繰り返す。航空機の発する轟音は、艦隊全体に活気を与え
将兵たちの士気を高めた。大和の乗員たちもまた
自らの上空を友軍機が守ってくれていることに、心強い思いを抱いていた。
しかし、その高揚感の中にも、ある種の緊張感が常に漂っていた。
ソロモン方面は、これまでの戦場とは異なる、苛烈な戦いが予想される地域である。
熱帯特有のスコールが頻繁に降り注ぎ、視界が急激に悪化することもあった。
そのような状況下での敵機襲来は、艦隊にとって大きな脅威となる。
艦隊は、赤道を越え、ソロモン方面へと着実に近づいていった。
日差しはますます強くなり、熱帯の蒸し暑さが艦内にも満ちていた。
将兵たちの顔には、疲労と同時に、激戦を前にした高揚感が入り混じっていた。
大和の艦橋からは、広大な太平洋を縦横無尽に航行する
友軍艦艇の雄大な姿が一望できた。それは、日本の力を結集した
巨大な鋼鉄の塊であり、いかなる敵も打ち破るであろうという
揺るぎない自信を抱かせるものであった。
しかし、その自信の裏側には、常に一つの問いが潜んでいた。
これまでの緒戦は、確かに日本の勝利で彩られてきた。
だが、それはあくまで、日本が奇襲と緒戦の優位性を活かして
勝ち取ったものであった。フィリピン戦では
大和が攻撃目標を失うほどの速さで陸軍が勝利を収めたが、
それは大和の真価が試されなかったことを意味する。
ソロモン方面では、アメリカ軍はすでにその物量と航空戦力を着実に強化し
反攻の機会を伺っていた。今回のFS作戦は、日本海軍が
真に連合国軍の総力と対峙することになる、最初の本格的な戦いとなるであろう。
大和は、その巨体に日本海軍の希望と
そして「巨砲戦艦」と「防空戦艦」という二つの顔を持つ矛盾を抱えながら
ソロモンの海へと突き進んでいく。新型電探と揺動防止装置という
新たな能力を獲得したこの巨艦が、来るべき激戦でどのような運命を辿るのか。
そして、その真の防空能力が、果たして航空機が主役となる未来の海戦で、
どこまで通用するのか。その答えは、ソロモンの空と海が知るのみであった。
33
あなたにおすすめの小説
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。
現在1945年夏まで執筆
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
藤本喜久雄の海軍
ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍の至宝とも言われた藤本喜久雄造船官。彼は斬新的かつ革新的な技術を積極的に取り入れ、ダメージコントロールなどに関しては当時の造船官の中で最も優れていた。そんな藤本は早くして脳溢血で亡くなってしまったが、もし”亡くなっていなければ”日本海軍はどうなっていたのだろうか。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる