試製局地戦闘機「春花」   日ノ本の宙に舞え

みにみ

文字の大きさ
11 / 17
春花咲く

東京湾邀撃戦

しおりを挟む
昭和20年(1945年)の日本本土は、まるで巨大な炉の中にいるようだった。
連日の空襲は国民の希望を焼き尽くし、街は廃墟と化し
食料は底をつきかけていた。そんな絶望的な状況の中、
横須賀航空隊の奥深くに秘匿された格納庫で、数機の「十八試局地戦闘機」
すなわち命名されたばかりの「春花」は、ひっそりと、しかし着実にその時を待っていた。

「春花」が配備されてからも、燃料と部品の不足は依然として深刻な課題だった。
貴重なジェット燃料は、いつ補給が途絶えるか分からない状況で
訓練飛行も満足にできない日が続いた。ネ10型エンジンのデリケートな構造は
従来のレシプロ機とは全く異なる専門知識と技術を整備兵に要求したが、
熟練した整備兵の不足は補うべくもなかった。
彼らは限られた資材と知識で、試行錯誤を繰り返しながら、
何とか機体を稼働させ続けていた。機体には、修理の跡や部品の代替による、
痛々しいパッチワークが見られることも少なくなかった。

それでも、選ばれたパイロットたちは、来るべき出撃に備え、
過酷な訓練を続けていた。彼らは、この「春花」こそが、B-29の猛攻を食い止め、
日本を救う唯一の「切り札」だと信じていた。
その信念だけが、彼らを支える唯一の光だった。
彼らは、わずかな飛行時間で「春花」の特性を掴み、
その驚異的な加速力と上昇力、そして高速域での安定した機動性能を肌で感じていた。
この機体ならば、あの高空を悠然と飛ぶB-29を確実に撃墜できる、
そう確信めいたものを感じていた。

そして、その日は突然訪れた。

ある日の夜明け前。基地全体に、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
それは、日本本土への空襲警報、しかも通常のそれとは異なる
緊急性の高い警報だった。寝静まっていた基地が一斉に活気を取り戻し、
整備兵たちが慌ただしく機体へと駆け寄る。パイロットたちは
跳ね起きるようにベッドから飛び出し、急いで飛行服を身につけた。

無線からは、緊迫した声が飛び交う。

「B-29の大編隊、関東上空へと接近中!予想針路、東京方面!
 現在位置 三宅島南方30km 速力240ノット 高度八千」


司令部から告げられた情報に、パイロットたちの顔に緊張が走る。
これまでにも空襲は幾度となくあったが、今日の空襲は
これまでで最も大規模なものになるだろう、という予感が彼らの脳裏をよぎった。
東京が、またあの地獄の業火に包まれるのか。彼らの胸には、不安と怒りがこみ上げた。

しかし、その緊張の裏には、同時に
ようやく実戦でその真価を発揮できるという、秘めたる興奮が浮かんでいた。
彼らが、血の滲むような訓練を重ねてきたのは、この瞬間のためだ。
この「春花」を操り、憎きB-29を迎え撃つ。その使命感が、彼らの身体を熱くさせた。

格納庫の扉が開き、夜明け前の薄明かりの中に「春花」の機体が姿を現した。
整備兵たちが最終点検を急ぐ中、パイロットたちは各々の機体へと向かう。
コックピットに乗り込むと、ひんやりとした金属の感触が、彼らの闘志を一層掻き立てた。

「エンジン始動!」

管制塔からの指示と共に、ジェットエンジンが唸りを上げる。
レシプロ機とは異なる、独特の轟音が基地全体に響き渡る。
パイロットたちは、その力強い脈動を全身で感じながら、滑走路へと機体を動かした。
夜明けの空には、まだ星が瞬いていたが、東の空は僅かに赤みを帯び始めていた。
その空が、間もなく戦場となるのだ。

「春花」の部隊は、司令部から示された迎撃地点へと向かうべく
静かに、しかし確かな決意を胸に、離陸の時を待っていた。
彼らの心には、恐怖と高揚、そして何よりも、祖国の空を守るという使命感が燃え盛っていた。
日本の最後の希望を乗せた「春花」は、今、その漆黒の翼を広げ
本土の空へと飛び立とうとしていた。それは、絶望の時代に差し込む
一筋の光となるか。

あるいは


儚く散りゆく運命なのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

小日本帝国

ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。 大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく… 戦線拡大が甚だしいですが、何卒!

皇国の栄光

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。 日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。 激動の昭和時代。 皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか? それとも47の星が照らす夜だろうか? 趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。 こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...