装甲航空母艦信濃 南東の海へといざ参らん

トラック泊地防衛戦

不幸艦翔鶴

1944年6月3日、午前3時
トラック泊地の海は闇に包まれ、静寂が漂っていた
空母信濃の艦橋では、阿部俊雄大佐が仮眠から目覚め
コーヒーを手に海を眺めていた。前日の陸上航空隊の奮戦は
米潜水艦1隻を沈めたものの、零戦2機の喪失が訓練不足の現実を突きつけていた
燃料不足で機動部隊の出撃は制限され
信濃、翔鶴、瑞鶴は泊地に釘付け。阿部は副長の山田義雄中佐に呟いた。

「敵の偵察が続いている。次の攻撃は空襲だ。艦載機の準備はできているか？」

山田が答えた。

「緊急発進できる零戦は常に6機配備　追加で10機もいつでも出せます」

その瞬間、通信室から緊迫した声が響いた。

「21号対空電探、敵機多数探知！方位270度、距離80マイル、接近中！」

阿部はコーヒーカップを置き、艦橋に駆け上がった。電探士が報告を続けた。

「敵機、約150機！グラマンとアベンジャーと推定　接敵まで20分！」

阿部は即座に命令を下した。

「全艦、防空態勢！翔鶴、瑞鶴に艦載機発進準備！
　基地航空隊に月光の迎撃を指示！警報発令！」

信濃の警報サイレンが夜を切り裂き
泊地の艦艇――翔鶴、瑞鶴、長門、重巡鈴谷、熊野
駆逐艦秋月、霜月らが一斉に動き始めた。阿部は艦橋の窓から
信濃の飛行甲板で整備員が零戦を準備する姿を見た。若いパイロットたちの顔に緊張が浮かんでいた。


午前3時30分
米軽空母4隻（インディペンデンス、ベロー・ウッド、モントレー、カウペンス）から
発進したF6FヘルキャットとTBFアベンジャー計150機がトラック泊地上空に殺到
夜間戦闘機F6F-3Nのレーダー誘導で、米軍機は正確に泊地の艦艇を捕捉
阿部は信濃の対空指揮所で、25ミリ対空機銃の射撃を指示する

「敵機を近づけるな！全砲門、撃て！」

翔鶴と瑞鶴から零戦20機が緊急発進
トラック基地からは夜間戦闘機月光5機が迎撃に出たが
訓練不足のパイロットは夜間戦闘の複雑さに圧倒された
F6F-3Nのレーダーと20ミリ機関砲に翻弄され、零戦3機が瞬時に撃墜
月光2機も絡まれ、墜落した。阿部は無線でパイロットたちを激励した。

「諸君、帝国の未来は君たちにかかっている！敵機を一機でも多く叩け！」

午前3時45分、TBFアベンジャーの編隊が翔鶴に殺到
500ポンド爆弾2発が飛行甲板後部に命中し、爆発で火災が発生
翔鶴の艦橋から悲鳴のような報告が届いた。

「飛行甲板被弾！火災拡大！消火班、急げ！」

信濃、瑞鶴、長門、妙高らの25ミリ対空機銃と高角砲が一斉に火を噴き
夜空を曳光弾が切り裂いた。信濃の対空砲火がTBF3機を撃墜
長門の高角砲がF6F2機を仕留めた
泊地の対空陣地も加わり、米軍機10機が炎を噴いて海に落ちた
しかし、翔鶴の火災は収まらず、飛行甲板は黒煙に包まれた。阿部は通信士に叫んだ。

「翔鶴の状況を報告しろ！艦載機の発進は可能か？」

通信士が答えた。

「翔鶴、飛行甲板使用不能！消火作業中ですが、中破状態です！」

阿部は唇を噛み、内心で葛藤した
翔鶴をこのまま泊地に留めれば、次の空襲で沈没する
だが、撤退させれば泊地の戦力はさらに削がれる。


午前4時30分、夜が明け始めた空の下、瑞鶴の攻撃隊が準備を終えた
彗星20機、爆装零戦18機、天山12機が飛行甲板から次々と発進
阿部は信濃の艦橋で、瑞鶴の機影が朝焼けに消えていくのを見送った。無線で攻撃隊長の声が響いた。

「瑞鶴攻撃隊、発艦完了！敵空母を叩く！」

阿部は山田に言った。

「瑞鶴の反撃が成功すれば、敵の空襲を鈍らせられる
　だが、パイロットの損失は覚悟せねばならん。」

午前5時40分、瑞鶴の攻撃隊が米軽空母群上空に到達
インディペンデンスとベロー・ウッドを視認し、攻撃を開始
彗星が急降下爆撃で五十番爆弾を投下、インディペンデンスの飛行甲板に1発が命中し
火災が発生。天山の魚雷がベロー・ウッドの舷側に命中
浸水で艦が傾いた。両艦は中破し、戦闘能力を一部喪失
爆装零戦も敵対空砲火を掻い潜り、モントレーに機銃掃射を浴びせた。

しかし、米軍のF6Fヘルキャット50機が迎撃に殺到
訓練不足の日本パイロットは、ヘルキャットの機動性と火力に圧倒された
彗星15機が対空砲火と戦闘機に撃墜され、天山10機も魚雷発射後に次々と墜落
零戦10機が護衛任務中にF6Fに絡まれ、海面に落ちた
攻撃隊は艦載機の7割を失い、わずか10機が瑞鶴に帰還
各部隊の隊長機はいずれも戦死、阿部の胸に重い痛みが走った。


午前6時、翔鶴の火災は消火班の奮闘で収まったが
飛行甲板は焦げ跡と破損で使用不能。艦長からの報告が届いた。

「翔鶴、航行は可能だが、航空作戦は不可能。修理には呉のドックが必要です。」

阿部は艦橋で海図を睨み、決断を下した。

「翔鶴を本土に撤退させる
　瑞鶴と信濃で泊地の防衛を継続する。駆逐艦2隻で護衛を」

山田が心配そうに進言した。

「艦長、翔鶴が抜ければ泊地の戦力が…」

阿部は静かに答えた。

「翔鶴を失うわけにはいかん
　航空隊の再編が急務だ。呉で艦載機とパイロットを立て直す。」

午前7時、翔鶴は駆逐艦秋月、霜月に護衛され、トラック泊地を離れた
阿部は信濃の艦橋から、黒煙を残す翔鶴の姿を見送った
泊地は静寂に包まれ、若いパイロットたちの犠牲が胸に重くのしかかった
瑞鶴の攻撃隊はインディペンデンスとベロー・ウッドを中破させたが
艦載機の壊滅的損失は航空戦力の脆弱さを露呈。阿部は山田に語った。

「これだけの犠牲を払って
　敵に傷を負わせただけだ。だが、トラックはまだ守られている。」

次の戦いへの備え

午前8時、信濃の通信室で、阿部は戦闘の総括を行った
米軍機10機を撃墜し、軽空母2隻を中破させたが
翔鶴は中破、瑞鶴の攻撃隊は零戦10機、彗星15機、天山10機を喪失
燃料不足は続き、信濃と瑞鶴の艦載機も限界に近づいている。山田が海図を指差し、提案した。

「艦長、敵は再び空襲を仕掛けてくる
　艦載機を再編し、泊地の対空砲火を強化すべきです。」

阿部は頷き、答えた。

「その通りだ。信濃の零戦と彗星を訓練し直す
　次の戦いは俺たちの全てをかける。」

彼は艦橋に戻り、泊地の海を見渡した
チューク沖海戦で散った数々の搭乗員の顔が脳裏をよぎり
若いパイロットたちの笑顔と重なった。阿部は胸の痛みを抑え、決意を新たにした。

トラック泊地防衛戦は、米軽空母の空襲で大きな代償を払いつつ
帝国海軍の抵抗を続けていた。次の戦いは、信濃の航空戦力にかかっていた。