If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ

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総力戦

ニューギニアの泥濘

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昭和十七年六月のミッドウェー海戦は
日本に「限定的な勝利」という甘美な幻影をもたらした。
辛くも主力空母二隻を温存した日本海軍は、
その後の戦略を南方資源地帯の防衛へと舵を切ったかに見えた。
しかし、その「勝利」の代償は、戦線がニューギニア方面で泥濘にはまり込むという
新たな膠着状態と、想像を絶する米軍の物量によって、日本に重くのしかかってくることになる。

ミッドウェーの戦果報告に沸き立つ東京を離れ、
海軍省の執務室で高倉義人は、地図上のニューギニア島を凝視していた。
そこには、赤と青の鉛筆で複雑に引かれた線が幾重にも交錯していた。
日本の占領地は確かに拡大したが、その広大な面積は、
同時に無限の防衛線を意味した。特に、ニューギニアは、
そのジャングルと湿地が、兵士たちの体力を容赦なく奪い、
補給を極めて困難にする地獄の様相を呈していた。

「戦線は、このままでは間違いなく泥濘化します。
 ジャングルは、我々の兵站を寸断し、兵士たちを病と飢餓に陥れるでしょう」

高倉は、隣に立つ同僚に冷静に語りかけた。
ミッドウェーでの「勝利」が、むしろ軍部の自信を過剰に肥大化させ、
無謀な戦線維持へと向かわせるのではないかという懸念が、
彼の胸中を占めていた。彼の情報分析によれば、
アメリカはミッドウェーの敗北を一時的なものと捉え、
すでに新たな反攻計画を着々と進めているはずだった。
温存された日本の空母も、いつまでその優位を保てるかは未知数だった。


昭和十七年七月以降、ニューギニア方面、
特に東部のポートモレスビーを巡る戦いは、
日を追うごとに激しさを増していった。日本陸軍は、
ポートモレスビー攻略を目指して山岳地帯を越えるココダ道を進軍したが、
ジャングル特有の猛烈な湿気、うだるような暑さ、
そしてマラリアやデング熱といった熱帯病が、兵士たちの体力を容赦なく奪った。
補給線は伸び切り、食料も弾薬も不足する状況が常態化した。

陸軍省の野上誠一郎は、
連日送られてくるニューギニアからの悲惨な報告に、顔をしかめる日々だった。

「食料不足により、餓死者が続出しております!」
「マラリアによる戦線離脱者が、全体の三割に達しています!」
「弾薬が底を尽き、白兵戦を強いられる部隊が出ております!」

報告書に並ぶ数字は、彼の兵站論の正しさを残酷なまでに証明していた。
野上は、当初からニューギニアのような過酷な地形での
戦線拡大に反対していた。しかし、ミッドウェーの
「勝利」に沸き立つ軍部強硬派、特に富永恭二のような、
精神論に傾倒する者たちの声にかき消されてしまっていたのだ。

「兵士の精神力があれば、飢えや病など乗り越えられる!
 我々には、米鬼を打倒する神聖な使命があるのだ!」

富永は、机を叩きながら豪語した。彼の耳には、
ニューギニアの兵士たちの悲鳴は届かなかった。
彼が重視したのは、あくまで「攻勢」と「勝利」の二文字であり、
その裏で兵士たちがどれほど苦しんでいるかは、彼の関心の外にあった。

野上は、それでも諦めなかった。彼は、
どうにかして兵士たちに物資を届けようと、輸送船の増強を訴え、
現地での食料確保の努力を続けた。しかし、日本全体の国力には限界があり、
全ての戦線に十分な物資を供給することは不可能だった。
ニューギニアの戦線は、まさに泥濘に嵌まり込み、
日本の兵力を際限なく吸い上げていった。それは、
日本が避けようとした「消耗戦」の地獄が、すでに始まっていることを意味していた。


そして、昭和十七年九月頃から、太平洋戦線の様相は一変する。

それまで、対ドイツ戦を重視し
大西洋に主力艦隊の一部を温存していたアメリカが、
その戦略を大きく転換させたのだ。ルーズベルト大統領は、
ミッドウェーでの日本の戦果を一時的なものと捉えつつも、
日本の南方進出がアメリカの権益に与える深刻な影響を警戒していた。
そして、彼らが最も重視していたのは、日本の生産力と継戦能力を徹底的に破壊することだった。

「日本が、あのミッドウェーで一時的に優位に立ったと考えるなら、
 それは大きな誤解だ。我々の生産力は、彼らが想像する遥か上を行く。
 今こそ、太平洋の自由を、そして失われた権益を取り戻す時だ!」

ルーズベルト大統領は、国民に向けた演説で、太平洋での反攻を誓った。
そして、その言葉は、「大西洋から太平洋への海軍戦力の大規模な移動」という具体的な行動を伴った。

米海軍は、大西洋艦隊に所属していた戦艦、巡洋艦、
そして空母を、次々と太平洋へと派遣し始めた。その中には、
軽装甲で戦闘には不向きとされていた空母「レンジャー」のような艦さえも含まれていた。

海軍省の高倉義人は、この米軍の動きに、
背筋が凍るような戦慄を覚えた。彼の情報分析は、
米軍が太平洋への戦力集中を加速していることを示唆していたが、
その規模は彼の想像をはるかに超えていた。

「大西洋艦隊の全てを投入するとは…
 彼らは、太平洋での戦いを、文字通り『総力戦』と位置付けている!」

高倉の報告書は、米軍が、あらゆる手段を使ってでも
太平洋での優位を確立しようとしていることを明確に示していた。
ミッドウェーで日本の空母が二隻生き残ったことは、
アメリカをさらに刺激し、「日本を徹底的に叩き潰す」という意思を強固にさせていたのだ。


米軍の戦力集中は、すぐに具体的な行動として現れた。
昭和十七年九月以降、米軍航空隊は、
日本の南太平洋における最大拠点であるラバウル、
そしてニューギニアのラエ方面への猛烈な空襲を繰り返し始めた。
それは、これまで日本が経験したことのない、圧倒的な物量と波状攻撃だった。

ラバウル上空は、連日、米軍のB-17爆撃機や、
グラマンF4Fワイルドキャット戦闘機が、編隊を組んで来襲する、
地獄の様相を呈した。日本の零戦隊は、
連日、迎撃のためにスクランブル発進を繰り返した。

「敵機、多数!ラバウル上空!」

無線からは、絶え間なく悲痛な叫びが響き渡った。
日本のパイロットたちは、疲労困憊しながらも、必死に迎撃に当たった。
彼らは、たとえ燃料が尽きようと、弾薬が底を尽きようと、
ラバウルの防空を死守しようと奮戦した。しかし、米軍機の数は、
いくら撃墜しても、まるで無限に湧いてくるかのように思えた。

「くそっ!いくら落としても、また来るのか!」

ある零戦パイロットは、機銃の残弾が尽き、米軍機に体当たりを試みながら、
絶叫した。その日、その日の空には、無数の日本軍機の残骸が、
黒煙を上げながら落下していった。それは、日本の精鋭パイロットたちが、
消耗戦の泥濘に引きずり込まれていく様を象徴していた。

ラバウルやラエの飛行場施設は、連日の爆撃で寸断され、
整備工場も破壊された。補給線が途絶えがちになり、
航空機の部品や燃料も不足し始めた。日本軍は、ただひたすらに迎撃する日々だった。
攻撃に出る余裕など、もはやどこにもなかった。それは、防戦一方の、受動的な戦いだった。

このラバウル・ラエ方面への猛攻は、日本の航空戦力を消耗させ、
将来的な大規模海戦における日本の航空優勢を著しく
低下させることになった。高倉は、その消耗率を示すデータを見て、顔を覆った。

「このままでは、ミッドウェーで温存できた空母も、
 航空隊がなければ意味がない。我々は、自らの手で、航空戦力の芽を摘んでいる…」

彼は、迎撃のみに終始するのではなく、
米軍の補給線や基地への反撃を訴えたが、圧倒的な米軍の航空優勢を前に、
その声は届かなかった。司令部は、
ただひたすらラバウルを守ることにこだわり、消耗戦を強いられ続けた。

陸軍の野上誠一郎もまた、ニューギニア方面での兵士たちの苦境と、
ラバウルでの航空戦力の消耗が連動していることに危機感を募らせていた。
ラバウルが陥落すれば、ニューギニアの陸上部隊への補給も
さらに困難になることは目に見えていた。

「ラバウルを死守せよ、というが、そのために兵士を
 無為に消耗させてはならない。戦略的な撤退も視野に入れるべきだ!」

野上は、強硬派の面々に対し、戦略的な後退の必要性を説いたが、
彼の言葉は「弱腰」だと一蹴された。富永恭二らは、
相変わらず「一億玉砕」の精神論を掲げ、徹底抗戦を主張し続けていた。
彼らにとって、ミッドウェーの「勝利」は、自分たちの信念が
正しいことを証明する唯一の根拠であり、それを疑うことは許されなかった。

昭和十七年後半から翌年にかけて、太平洋戦線、
特にニューギニア方面は、日本にとって抜け出すことのできない泥濘と化していった。
ミッドウェーで得たはずの「限定的な勝利」は、
皮肉にも日本の軍部を慢心させ、米軍の反感を増幅させ、
結果として、日本を消耗戦の地獄へと深く引きずり込んでいくことになるのである。
この膠着状態の先に、日本が見出すものは、


果たして希望か


それともさらなる絶望か
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