If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ

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総力戦

「た号作戦」発令

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昭和十七年晩秋。日本の軍令部では
連日、ソロモン諸島での米軍の活動を巡る議論が白熱していた。
ラバウルからの報告は、日増しに深刻なものとなっていた。
疲弊しきった守備隊からの悲痛な叫びが、東京の最高司令部へと届けられる。

「ソロモンに跋扈する米空母を排除しなければ、
 ラバウルは持たない。南方からの補給路も断たれてしまう!」

報告書に並ぶ数字は、日本の航空戦力の消耗が著しいことを示していた。
連日の空襲と迎撃で、熟練したパイロットたちは次々と失われ、
残された航空機も整備不良に陥っていた。
しかし、米軍の猛攻は止まることを知らず、むしろその激しさを増すばかりだった。

軍令部の机上には、分厚い地図が広げられ、
赤い鉛筆で引かれた線がソロモン諸島からラバウルへと伸びていた。
米軍がガダルカナルに築いた飛行場は、
日本の南方防衛線にとって、まさに喉元に突きつけられた刃だった。

「しかし、敵空母の正確な位置が掴めない。
 闇雲に機動部隊を投入すれば、ミッドウェーの二の舞になりかねません」

慎重論を唱える声も、もちろんあった。ミッドウェーでの
「限定的な勝利」は、確かに日本の空母を二隻残したとはいえ、
決して手放しで喜べるものではなかった。それでも、
海軍は貴重な戦力を温存できたことに安堵し、
さらなる消耗を避けようと試みていた。しかし、その声は、
次第に軍部内の強硬な意見にかき消されていった。

「このままでは、我々が消耗する一方だ。一発逆転を狙うべきだ!
 いつまでも守っていては、国力が疲弊するばかりだ!」

高揚した声が会議室に響き渡る。富永恭二ら陸軍の好戦派は、
ミッドウェーの戦果を過大評価し、この「限定的な勝利」を、
日本軍の能力の証と見なしていた。彼らは、
米軍が旧式艦まで投入している状況を「敵の焦り」と解釈し、
日本軍の優位は揺るがないと盲信していた。海軍内部にも、
この強硬論に同調する者たちは少なくなかった。彼らは、
ラバウルの危機が、日本の制海権を脅かす最大の脅威であると認識し、
強大な米空母部隊を叩き潰すことこそが、現状を打開する唯一の道だと信じていた。


焦燥感と、ミッドウェーの「勝利」が生み出した過剰な自信が入り混じる中、
日本海軍は、ソロモン諸島に跋扈する米空母を排除するため、「た号作戦」の発令を決定した。
この作戦は、事実上、日本海軍の残された主力空母と精鋭部隊の全てを投入し、
米太平洋艦隊に「決戦」を挑むものだった。

その編成は、まさに日本の総力を結集したものだった。

まず、作戦の中核を担う主力空母部隊には、
ミッドウェーで沈没を免れ、懸命な修理によって復帰を果たした
第二航空戦隊の「飛龍」「蒼龍」が名を連ねた。

「飛龍」の飛行甲板には、黒々とした溶接痕が生々しく残り、
艦体の各所には、激戦の傷跡が生々しく刻まれていた。
しかし、その艦影は、修理を終え、再び太平洋の荒波へと向かう
覚悟を秘めているかのようだった。艦橋に立つ指揮官や、
甲板を忙しく動き回る整備兵たちの顔には、疲労の色が濃く浮かんでいたが、
その瞳の奥には、再び戦場へと赴く決意が宿っていた。

「蒼龍」もまた、修理ドックから出たばかりで、
真新しい塗装が施されている部分と、焼け焦げたままの部分が混在していた。
艦内には、被弾時の衝撃で歪んだ隔壁や、修復されたばかりの
配線がむき出しになっている箇所もあった。しかし、
彼女の艦内を歩く搭乗員たちの足取りは、力強かった。
ミッドウェーの激戦を生き抜いた彼らは、その経験を糧に、
さらに練度を高めていた。彼らは、二度とあのような壊滅的な
敗北を喫してはならないという、強い使命感を共有していた。
彼らの目には、どこか諦めにも似た覚悟が宿っていた。この戦いが、
自分たちの最後の戦いになるかもしれないという、
予感めいたものが、彼らの心に影を落としていた。
しかし、同時に、祖国のため、家族のため、そして散っていった仲間たちのために、
必ずや勝利を掴み取るという決意も燃え上がっていた。
彼らの胸には、「生き残った者の責任」という重い感情が宿っていた。

そして、日本の航空戦力の中でも最も練度が高く、
その戦闘能力に絶大な信頼が寄せられていた第五航空戦隊の「翔鶴」「瑞鶴」も
この作戦に投入されることになった。「翔鶴」の飛行甲板には、
真新しい艦載機が整然と並び、搭乗員たちは、
機体の最終点検に余念がなかった。彼らの表情は、
一様に引き締まっており、研ぎ澄まされた集中力が漲っていた。
彼らは、日本の航空戦力の希望であり、期待を一身に背負っていた。
彼らが放つ一撃が、この作戦の成否を分けることになる。

これら計四隻の航空母艦が、作戦の中核を担うことになった。
日本の現存する主力空母の全てを投入する、まさに乾坤一擲の賭けだった。

空母機動部隊を守るため、第三艦隊が新設され、
その編成もまた、日本海軍の総力を示すものだった。その中核を成したのは、
日本の誇る高速戦艦である第三戦隊の金剛型四隻(「金剛」「比叡」「榛名」「霧島」)だった。

「金剛」の巨大な主砲塔は、砲身を天に向け、その威容を誇っていた。
艦橋に立つ士官たちは、遠くソロモンの海を睨み、
来るべき砲撃戦を想像していた。金剛型戦艦は、
その高速性能と、強力な火力で、敵艦隊を圧倒し、空母を護衛する役割を担う。
舷側には、砲弾の装填準備を終えた兵士たちが、各自の持ち場で待機していた。

「比叡」「榛名」「霧島」もまた、それぞれの位置で、
その巨大な艦体を海面に浮かべ、いつでも戦闘に臨める体制を整えていた。
彼女たちの砲塔は、重々しい音を立てながら旋回し、
その砲口が敵を捉える日を待ち望んでいるかのようだった。
戦艦の乗組員たちは、日々の訓練で培った技量を信じ、
いかなる状況にも対応できるよう、万全の準備を整えていた。

さらに、重巡洋艦を主力とする第七戦隊、
そして、最新鋭の駆逐艦群を擁する第二水雷戦隊が投入された。
重巡洋艦は、その強力な砲火力と、魚雷兵装で、敵の巡洋艦部隊を牽制し、
空母への接近を阻む重要な役割を担う。駆逐艦隊は、その機動性を活かし、
敵艦隊への雷撃を敢行し、致命的な打撃を与えることを期待されていた。
特に、新鋭の駆逐艦は、その高速性と、最新の魚雷技術で
米艦隊に一泡吹かせることが期待されていた。

「た号作戦」は、まさにすべてを賭けた戦略だった。
日本の残された強力な艦隊戦力の全てを投入し、
ソロモン諸島にいる米艦隊を「撃滅」すること。それが、
この作戦の唯一の目的だった。日本海軍は、この一撃に、太平洋戦争の行方を賭けたのだ。

作戦会議室では、富永恭二ら強硬派の顔には、
確信に満ちた笑みが浮かんでいた。彼らは、この大規模な機動部隊が、
米空母をソロモン諸島から一掃し、アメリカに決定的な打撃を与えると信じていた。
彼らの目には、ミッドウェーでの「限定的な勝利」が
この作戦の成功を保証する絶対的な根拠だと映っていた。

その会議室の隅で、野上誠一郎は、眉をひそめていた。
彼の兵站論は、これほど大規模な部隊の継続的な補給が、
日本の国力では不可能であることを示していた。
たとえこの作戦で勝利したとしても、その後の損耗は計り知れない。
そして、もし敗北すれば、日本に残された海軍力は完全に崩壊し
国土防衛すら困難になるだろう。

「これで、もう後がない…」

野上は、心の中で呟いた。彼の声は、もはや届かなかった。
ミッドウェーの「限定的な勝利」という甘い蜜に酔いしれた軍部は、
破滅への道を自ら選び取ろうとしていたのだ。彼は
艦隊の燃料、弾薬、食料、そして兵士たちの士気と健康状態といった、
目に見える数字だけでは測れない、より本質的な消耗を憂慮していた。

この作戦は、戦艦と空母の連携、そして航空隊の練度が問われる、
極めて高度なものだった。日本海軍の将兵たちは、
それぞれの持ち場で、来るべき決戦に向けて準備を進めていた。
彼らの多くは、祖国のため、家族のため、そして自らの誇りのために
戦う覚悟を決めていた。しかし、彼らはまだ知らなかった。
この「た号作戦」が、史実でガダルカナル戦からソロモン諸島での
激戦を経験する米軍、そしてその圧倒的な物量と情報力の前で、
いかに苦戦を強いられることになるのかを。そして、この作戦の失敗が、
日本にどれほどの絶望をもたらすことになるのかを。

日本の艦隊は、静かにソロモンの海へと針路を取った。
その進む先には、勝利か、それとも破滅か。それは、誰も予測できない未来だった。

彼らの背後には、故国の安寧と、そして祖国を守るという重い使命がのしかかっていた。
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