米国戦艦大和        太平洋の天使となれ

みにみ

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太平洋の天使

18inchの巨弾

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1950年11月下旬、朝鮮半島の東海岸沖
元山(ウォンサン)湾の鉛色の海は、張り詰めた静寂に包まれていた。
しかし、この静寂は、まもなく地獄の業火によって破られることになる。
国連軍の反攻作戦を支援するため、米海軍の主力艦隊が展開していた。
その中に、かつて日本の栄光と悲劇の象徴であった戦艦大和が
米国の星条旗を掲げ、堂々たる威容を誇っていた。
艦隊旗艦である「ミズーリ」と並び、大和は最も重要な任務
すなわち北朝鮮軍の強固な沿岸陣地への砲撃任務を命じられたのである。

大和の艦橋は、冷気を帯びた緊張感に満ちていた。夜が明けきらぬ薄暗闇の中
パーカー少佐、副長の有賀特務大佐、そして特務指揮官の徳永特務中尉が
作戦図を前に最終確認を行っていた。
作戦図には、元山湾から内陸へと伸びる山岳地帯に
北朝鮮軍が構築した地下壕、トーチカ、そして砲兵陣地が
赤い点で詳細に示されていた。これらは、過去数週間にわたる国連軍の進撃を阻み
多大な犠牲者を出してきた難攻不落の要塞群だった。

「目標は、座標甲乙丙丁と設定、敵第3師団司令部と思しき地下壕群。
 次いで、海岸堡に点在するトーチカ群を順次叩く。
 大和の46センチ砲が、この壁を打ち破らなければ、陸上部隊の進撃は不可能だ。」
パーカー少佐の声は冷静だが、その目にはこの任務の重要性が深く刻まれていた。
彼は、大和の破壊力に絶対の信頼を置いていた。

有賀特務大佐は、作戦図に目を凝らし、深く頷いた。
「了解いたしました、少佐。我が砲術員たちは
 この日のために精魂込めて訓練を積んでまいりました。
 必ずや、目標を殲滅いたしましょう。」
彼の言葉には、かつて大和を指揮した者としての
揺るぎない覚悟と矜持がにじみ出ていた。

徳永特務中尉は、作戦図を指しながら、補足説明を加えた。
「地下壕群は、地表からかなりの深度にあります。
 零式通常弾の貫徹力を最大限に引き出すため、
 弾着角を考慮し、若干の射角調整が必要となるかと存じます。」
彼の緻密な分析は、米軍の砲術士官たちを唸らせた。
大和の主砲弾は、米国の砲弾とは異なる特殊な挙動を示すため、徳永の専門知識が不可欠だった。


砲撃準備が進む中、大和の主砲管制室と各砲塔内では
日米混成の砲術員たちが各自の持ち場に就いていた。
大和の砲術指揮系統は、米海軍のシステムに統合されつつも
その核心には、徳永と有賀が主導した日本式の緻密な運用思想が息づいていた。
特に、46センチ主砲の射撃指揮においては、日本人砲術士官の経験と直感が重視された。

主砲管制室では、日本人砲術長の田中健治大尉(元大和砲術士官)が
その眼光鋭く、各員に指示を飛ばしていた。
彼の隣には、米海軍の砲術士官であるジョン・ミラー大尉が
田中の指揮を補佐する形で控えている。

「方位盤、方位零度、仰角四十度!」
田中の声が、管制室に響き渡る。これは、第一次予備照準の指示である。
米軍の砲術士官たちは、日本の計測単位と指令体系に慣れるため、徹底的な訓練を受けていた。

「距離二万メートル。目標、敵司令部地下壕群、座標甲!」
田中は、パーカー少佐から与えられた目標情報を
大和独自の射撃計算へと落とし込んでいく。

日本式の射撃指揮は、米海軍のそれとは異なり
より感覚的で、かつ緻密な要素を多く含んでいた。 
例えば、風向、風速、気温、気圧といった気象条件はもちろんのこと
海水温、塩分濃度、さらには地球の自転によるコリオリの力までをも考慮に入れ
それらを複雑な計算尺と経験則に基づいて弾道計算を行っていた。
徳永の指導のもと、日本人砲術員たちは、これらを瞬時に行い
米軍の最新計算機が導き出す数値と照らし合わせながら
最終的な射撃諸元を導き出していった。

「一番砲塔、射角調整、プラス零点二五度!弾着観測員、準備!」
田中の指示が、各砲塔に伝えられる。


各46センチ主砲塔内では、砲塔長である松本吾郎中尉(元大和砲塔員)が
緊張感に満ちた面持ちで、自身の指揮する砲塔を見回していた。
彼の号令のもと、日米混成の砲塔員たちが
それぞれの持ち場で最終確認を行っていた。

「水圧ポンプ、作動開始! 装填準備!」
松本の声が響くと、巨大な油圧ポンプが低く唸り声を上げた。
砲塔の装填システムは、その複雑さにおいて世界最高峰であった。

「弾薬揚弾!」
砲塔の最深部にある弾薬庫から、巨大な46センチ零式通常弾が
自動装填装置によって次々と引き上げられてくる。
一本の砲弾の重さは、軽自動車一台分にも匹敵する。
その重さにもかかわらず、熟練した日本人砲塔員たちは
滑らかな動きで砲弾を装填トレイへと誘導していく。
彼らの手つきは、何百回、何千回と繰り返された訓練の賜物であり
まるで生き物のようにしなやかであった。

「装薬揚弾!」
砲弾に続き、巨大な装薬包が揚弾される。
一発の砲弾につき、六包もの装薬が必要となる。
彼らは、慎重に、しかし素早く装薬を装填室へと送り込んでいく。
火薬の匂いが、砲塔内に充満する。

「装填よし! 閉鎖器閉じ!」
「閉鎖よし!」
砲塔員たちの報告が、次々と松本の耳に届く。
巨大な閉鎖器が「ガチャン」という重々しい音を立てて閉じられる。
これで、巨砲はいつでも火を噴く準備が整った。

「砲塔方位、最終調整!」
松本の指示で、砲塔はわずかにギギギと音を立てながら
目標へと正確にその砲身を向けていく。この最終調整は
ミリ単位の精度が要求され、砲塔員たちは息を潜めて
その動きを見守った。砲身がわずかに上下し、正確な仰角が設定される。


全ての準備が整ったという報告が、艦橋のパーカー少佐の元に届いた。
「艦長、全主砲、射撃準備完了!」
通信士の声が、緊迫した沈黙を破った。

パーカーは、深く息を吸い込み、固く握った拳をわずかに震わせた。
彼の隣では、徳永と有賀が、同じように覚悟の表情で前方を見据えている。
彼らにとって、この砲撃は単なる軍事行動ではない。
それは、大和という艦の、新たな運命の始まりを告げるものであった。

パーカーは、無線機のマイクを口元に寄せ、全艦隊に向けて最後の指令を下した。
「全艦、警戒態勢! ヤマト、これより目標を砲撃する!」

そして、大和の艦内スピーカーを通して
英語と日本語が混じった、厳かな号令が響き渡った。
「主砲、撃て!」
日本語で「撃てーっ!」という徳永の力強い声が、艦全体に響き渡る。

その瞬間、大和の巨体が、まるで巨大な怪獣が咆哮するかのように、大きく揺れた。
「ファイア!」
パーカーの叫びと同時に、九基の46センチ主砲の砲身から
地獄の業火が吹き上がった。 まるで雷鳴が轟いたかのような
轟音が夜空を切り裂き、その衝撃波は、数キロ離れた海域にまで響き渡り
僚艦である「ミズーリ」や「ニュージャージー」の艦体までもを震撼させた。
艦隊の乗組員たちは、その途方もない音と衝撃に、思わず耳を塞いだ。

火炎は、一瞬にして夜の闇を真昼のように照らし出し
分厚い黒煙が砲塔から猛烈な勢いで吹き上がった。
それは、まるで大和の魂が、再び怒りとなって噴出したかのようだった。

放たれた砲弾は、夜空を切り裂く巨大な流星群のように
オレンジ色の光の尾を引きながら、目標へと吸い込まれていった。
その速度は音速を超え、空気を切り裂く風切り音が、一瞬だけ艦隊上空を駆け抜けた。

弾道を描きながら、遥か彼方の朝鮮半島の沿岸へと向かう砲弾の群れ。
その一つ一つが、数トンの鋼鉄と火薬の塊であり
北朝鮮軍の堅固な陣地を打ち破る、「希望の槌」であった。
艦橋の全員が、固唾を飲んでその行方を見守っていた。
彼らの視線の先で、まもなく地獄の幕が上がることを予感していたのだ。
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