改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す

みにみ

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鋼鉄の城塞

設計室の戦争

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呉海軍工廠の設計室では、戦争が行われていた。
銃声も爆音もない。流れるのは紙を擦る音と
鉛筆が線を引く乾いた響き、そして人間同士の思考が正面衝突する重苦しい沈黙だった。
若狭の建造が進むにつれ、防空設備に割り当てられる重量と容積は
誰の目にも異様なものになっていった。高角砲、機関砲、噴進砲
それらを統合する射撃指揮装置と電探。
艦中央部は、もはや一つの巨大な防空機構と化しつつある。
「これ以上は無理だ」
造船部の主任、田淵幸造中佐が、机を指で叩きながら言った。
「重量超過だけではありません。重心が上がりすぎる。復原性に影響が出ます」
黒崎哲郎大佐は、腕を組んだまま、図面から目を離さなかった。
「その点は承知しています。しかし、防空能力を削れば
 そもそもこの艦の存在意義が失われる。沈まない艦ではなく
 近づけない艦を目指している以上、ここは譲れません」
「理想論です」
田淵の声に苛立ちが混じる。
「理想論ではありません。設計思想です」
黒崎は顔を上げ、ゆっくりと言葉を選びながら続けた。
「これまでの戦艦設計は、被弾を前提にしてきました。
 装甲で耐え、区画で生き残る。しかし航空攻撃の質が変わった以上
 その前提を疑う必要がある。私は、被弾する前に
 攻撃そのものを成立させない艦を造ろうとしているのです」
会議室の空気が張り詰める。
砲術部代表の森川英一郎大佐が口を挟んだ。
「黒崎君、君の言うことは分かる。しかし
 砲戦能力を犠牲にしてまで、防空に振り切るのは
 本末転倒ではないか。戦艦は、戦艦と戦ってこそ価値がある」
黒崎は即座に反論しなかった。代わりに、一枚の資料を取り上げる。
「森川大佐、こちらをご覧ください。これは
 想定される航空攻撃下での砲戦能力低下を示した試算です」
資料には、航空攻撃を受けながらの砲戦継続率が示されていた。
「防空が弱い場合、主砲の有効稼働率は急激に落ちます。
 通信断絶、測距妨害、弾着観測の混乱。
 つまり、防空を軽視すれば、砲戦能力そのものが失われる」
森川は黙り込んだ。
「防空は、砲戦の敵ではありません。前提条件です」
黒崎の声は、会議室全体に静かに響いた。
それでも反対は根強かった。
「人の判断を排した射撃指揮など、危険すぎる」
そう言ったのは、砲術学校出身の参謀、加納修一中佐だった。
「機械に任せれば、誤認識や誤射撃の危険がある。最終判断は人が下すべきだ」
黒崎は深く息を吸い、正面から加納を見据えた。
「加納中佐、あなたは対空射撃訓練で
 機動部隊の急降下爆撃を受けたことがありますか」
「……あります」
「そのとき、敵機を視認し、距離を測り、射角を計算し
 発砲命令を出すまでに、どれだけの時間がありましたか」
加納は答えなかった。
黒崎は続ける。
「十秒もなかったはずです。人間は優れた判断を下しますが
 瞬時の計算では機械に及ばない。私が目指しているのは
 人間を排除することではありません。人間が判断するための時間を、機械が稼ぐことです」
「だが、それでも事故は起きる」
「起きます」
黒崎は即答した。
「しかし、事故を恐れて何もしなければ、確実に沈みます。
私は、可能性のある事故より、確実な敗北を避けたい」
その言葉は、強く、しかし理詰めだった。
会議は何度も紛糾し、そのたびに設計は修正され、
再検討された。黒崎はほとんど毎日、深夜まで設計室に残り、技官たちと議論を続けた。
電探主任の三宅啓介少佐は、疲れた顔で言った。
「大佐、これでは現場が持ちません」
黒崎は資料から目を上げ、穏やかな声で答えた。
「承知しています。だからこそ、今ここで限界まで詰める必要がある。
 艦が完成してからでは、修正は効きません。
 現場に無理を強いるのは心苦しいが、未来の乗員に無理を強いるよりはましです」
三宅は苦笑し、黙って頷いた。
その頃、航空本部でも若狭の設計は話題になっていた。
「戦艦が空を拒むだと?」
浜田秀明少佐は、報告書を机に投げ出した。
「馬鹿げている。いずれ航空機の速度と高度は、あの艦の想定を超える」
部下の一人、真鍋義信大尉が慎重に言う。
「しかし、数字上では一定の迎撃効果が見込まれています」
「数字は裏切る」
浜田は吐き捨てるように言った。
「だが……」
彼は一瞬、言葉を切った。
「だが、もしあれが成功すれば、航空主兵論そのものが揺らぐ」
その危機感は、確かだった。
設計が最終段階に入ったある日、黒崎は軍令部から再び呼び出された。
応接室には、杉原少将のほか、数名の将官が揃っている。
「黒崎大佐、反対意見は承知の上で聞く」
杉原が言った。
「それでも、君はこの防空設計を押し通すつもりか」
黒崎は、少しも迷わなかった。
「はい。私は、この艦が中途半端な存在になることを拒否します。
 航空にも、戦艦にも、どちらにも決定打を
 与えられない艦を造るくらいなら、最初から造るべきではない」
「随分と思い切った言い方だな」
「それだけの覚悟で設計しています」
黒崎は、ゆっくりと言葉を重ねる。
「この艦は、思想の結晶です。もし失敗すれば、私の責任です。
 しかし、成功すれば、世界の海戦思想を変える。その価値があると、私は信じています」
室内に、長い沈黙が落ちた。
やがて、杉原が口を開いた。
「……よろしい。君の案を最終案とする」
黒崎は、静かに敬礼した。
設計室に戻った夜、黒崎は一人、完成した防空システムの図面を見つめていた。
そこには、膨大な線と数字が描かれている。しかし、それは単なる機械の集合ではない。
人間の恐怖と理性、過去の教訓と未来への賭け。そのすべてが、この図面に込められていた。
「戦争は、設計室から始まる」
黒崎は、そう呟いた。
若狭の鋼鉄は、まだ冷たい。
だが、その中ではすでに、激しい戦争が終わりを迎えつつあった。
次に始まるのは、本物の戦争だ。
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