超甲巡 筑波        いざ太平洋へ出撃せん

みにみ

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ミッドウェーの盾

混乱

日本時間6月5日午前5時10分
南雲機動部隊の旗艦「赤城」の艦橋では、友永隊二番機から入電された
「第二次攻撃の要あり」という報告が
参謀たちの間で激しい議論を巻き起こしていた。
ミッドウェー基地への更なる攻撃か、
それとも、未だ発見されぬ敵機動部隊に備えるべきか。
議論の末、南雲忠一中将と参謀長の草鹿龍之介少将は
ミッドウェー基地への第二次攻撃を決断した。

この決定を受け、各空母の格納庫と飛行甲板では、
第二次攻撃隊の兵装転換作業が急ピッチで開始された。
空母の直掩に就いていた「筑波」からも、その光景は痛いほどよく見えた。
飛行甲板には、既に帰還した第一次攻撃隊の損傷機が並べられ、
その傍らでは、次の出撃を待つ九七式艦上攻撃機や九九式艦上爆撃機が、
翼を休めている。しかし、その足元では
作業員たちが文字通り爆弾や魚雷を運び、兵装の換装に追われていた。

「早く!急げ!陸用爆弾だ!」

「対艦魚雷は外せ!陸用爆弾を装填しろ!」

怒号が飛び交い、金属がぶつかり合う鈍い音が響く。
格納庫では、爆弾と魚雷が所狭しと積み上げられ、
その間の狭い通路を、汗だくの兵士たちが走り回っている。
普段は整然と管理されているはずの格納庫は、熱気と混乱に満ちていた。
本来、対艦用の兵装を外し
対地用の爆弾を搭載する作業は、非常に時間を要する。
しかし、司令部からの命令は絶対であり、
兵士たちは一刻も早く作業を完了させようと、限界まで力を振り絞っていた。

海野信一郎少尉は、「筑波」の艦橋からその混乱の様子を視認していた。
空母の甲板では、陸用爆弾が次々と揚弾機で引き上げられ、
九七式艦攻の胴体に装着されていく。その動きは確かに迅速だが、
まるで地獄の鍋で食材が沸騰しているかのようだ。
兵装転換は、熟練した作業員をもってしても精密さを要求される作業である。
それを慌ただしく行うことは、誤爆や事故のリスクを孕んでいた。

二航戦司令官、山口多聞少将は、旗艦「飛龍」の艦橋で、この命令に激しく反発していた。

「司令長官!この時期に、敵艦隊の存在を軽視するなど
 あってはなりません!索敵は不十分、敵機動部隊の存在は否定できません!
 第二次攻撃隊は、対艦兵装のままで待機させるべきです!」

山口は「赤城」に無線を走らせて意見具申を行った。
彼の先見の明は、他の指揮官を遥かに凌駕していた。
彼は、常に最悪の事態を想定し、柔軟な対応を重視する。
この状況で、敵艦隊への備えを怠ることは
取り返しのつかない結果を招くと直感していた。
しかし、南雲中将と草鹿少将は、ミッドウェー基地の徹底的な無力化を優先し
彼の進言を受け入れることはなかった。

「陸用爆弾への換装を続行せよ!」

「赤城」から発せられる命令は、山口の抗議を押し潰した。
山口は、唇を噛み締めながらも、上官の命令に従わざるを得なかった。
彼の憂慮は、やがて現実のものとなる。

午前5時40分、突如として「筑波」の艦橋に、耳を劈くような報告が飛び込んできた。

「利根偵察機より入電!敵艦隊見ユ!母艦三、巡洋艦五、駆逐八ヲ含ム大艦隊!」

その瞬間、艦橋全体に衝撃が走った。黒島艦長の顔色が変わる。
利根の索敵機が発見した「母艦三」という情報は、
アメリカの空母機動部隊の存在を明確に示していた。
これまで漠然としか捉えられていなかった敵主力が
突如として目の前に現れたのだ。
この入電は、機動部隊が直面していた状況を、一瞬にして完全にひっくり返した。

「敵艦隊だと!?」

「馬鹿な!索敵は万全だったはずでは!?」

艦橋では、参謀たちの間に動揺が広がる。
南雲機動部隊司令部は、それまでの
「ミッドウェー基地への再攻撃」という決定を、一瞬にして撤回せざるを得なくなった。

「第二次攻撃隊、兵装再換装命令!
 陸用爆弾から魚雷、対艦爆弾に換装せよ!」

艦隊司令部から、空母群に対して新たな命令が矢継ぎ早に発せられた。
空母の格納庫は、瞬く間に文字通りの地獄絵図と化した。
対地攻撃用として装填されたばかりの爆弾が慌ただしく取り外され、
その脇に、再び魚雷や対艦爆弾が運び込まれる。
兵士たちは、疲労困憊の体に鞭打ち、怒号と汗と油にまみれて作業を続けた。
取り外された爆弾や魚雷が、格納庫の通路や作業スペースに無造作に転がり
燃料や火薬の匂いが充満する。まるで、嵐の前の壊滅的な状況だった。

「なんてことだ…!」

海野は、双眼鏡越しに見た空母甲板の惨状に、思わず息を呑んだ。
第二次攻撃隊の機体は、陸用爆弾を搭載したまま、
混乱の中で次期攻撃に備えて待機している。
一方で、新たに装填されるべき対艦兵装が、甲板に積み上げられている。
飛行甲板は、戦闘機の発艦や着艦、そして次の攻撃隊の準備という、
全く異なる二つの作業が同時に行われる、極めて危険な状態に陥っていた。

「こんな状況で、もし敵機が来たら…」

松本上等兵曹の顔は、いつになく引き締まっていた。
彼の目には、過去の経験から来る、
ある種の諦念のようなものが宿っているように見えた。
この混乱の中で敵の奇襲を受ければ、艦隊は致命的な打撃を受けるだろう。

午前6時。その混乱の最中に、
ミッドウェー基地への攻撃を終えた友永機率いる第一次攻撃隊が
次々と帰還を開始した。損傷した機体が、
疲弊した兵士を乗せて、空母の甲板へと降りてくる。
彼らは燃料と兵装の補給を受け、再び出撃する準備を整えなければならない。
しかし、飛行甲板は、再換装された兵装で塞がれており、スムーズな着艦と再整備を妨げた。

「早く!早く着艦させてくれ!」

「燃料は!?弾薬はまだか!?」

空母甲板の担当者たちは、焦燥感に駆られ、怒鳴り声を上げていた。
しかし、兵装転換作業は遅々として進まず、
帰還機は空中で旋回を続けざるを得なかった。その間に燃料を消費し、損傷の度合いを深めていく。

「筑波」の艦橋からは、その痛ましい光景が目の当たりにできた。
燃料切れ寸前の機体が、綱渡りのような着艦を試み、
中には甲板に激しく叩きつけられ、炎上寸前となる機体もあった。
海野は、自らの無力さを感じながら、ただその光景を見つめることしかできなかった。

午前6時30分、第一次攻撃隊の収容は、ようやく完了した。
しかし、機体は疲弊し、兵装転換は依然として終わっていない。
空母部隊は、攻撃態勢と防御態勢のどちらにも移行できない、
極めて中途半端な状態に置かれていた。

その、わずかな静寂が訪れた直後のことである。

午前6時40分、「榛名」の防空指揮所から、再び緊迫した声が響き渡った。

「敵機接近!方位二七〇、距離30000!数、不明!」

索敵機の報告ではなかった。榛名の対空見張り員の報告である。
それが意味するのは、敵機がすでにかなり接近しているということだ。

「敵機、敵空母より発艦した模様!TBD艦上攻撃機と交戦開始!」

続報に、艦隊全体に戦慄が走った。ミッドウェー基地からの反撃ではない。
この敵機群は、利根偵察機が発見した「敵空母」から発進したものなのだ。
まさに、山口多聞少将が予期していた最悪の事態が、現実のものとなった瞬間だった。

「直掩戦闘機隊、直ちに迎撃せよ!」

南雲司令部から、怒声にも似た命令が発せられた。
わずかに残されていた直掩の零戦隊が、緊急発艦の準備に入る。
しかし、飛行甲板は、まだ兵装転換の混乱と、帰還機の整備で手一杯の状態だった。

「筑波」の艦橋では、黒島艦長が顔を青ざめさせていた。
彼らが空母を守る盾としてここにいるのは、この瞬間のためだ。
敵の雷撃機、爆撃機が空母に到達する前に、これを全て叩き落とさなければならない。

海野の耳には、直掩戦闘機隊が
すでに敵のTBD艦上攻撃機と交戦を開始したという報告が入ってきた。
しかし、その数は圧倒的に少ない。艦隊は、防御態勢が完全に整わないまま
決戦の時を迎えることになったのだ。
ミッドウェーの空と海は、日本の空母機動部隊にとって


まさに地獄の幕開けを告げようとしていた。
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