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ミッドウェーの盾
一航戦の進退
日本時間6月5日午前9時過ぎ
二航戦の決死の攻撃が成功し米空母「ヨークタウン」が
航行不能に陥ったという報は、大和座乗の連合艦隊司令部に
一時的な安堵と高揚をもたらした。しかし、その喜びは長くは続かなかった。
「赤城」と「加賀」が被弾炎上さらに「蒼龍」も被弾し
(実際は誤報であったが、この時点ではそのように報告されていた)
航空戦力を喪失したという情報が、山本五十六長官の座乗する
「大和」の艦橋にもたらされていた。状況を総合的に判断した結果
山本長官は苦渋の決断を下すことになった。
「…機動部隊はこれ以上の航空戦力を維持し得ず
これ以上の戦闘は無益であると判断する」
山本長官の声は、普段と変わらぬ落ち着きを保っていたが
その表情には深い疲労と葛藤が刻まれているのが見て取れた
彼の目の前には、敵空母一隻を撃破したという戦果と引き換えに
三隻(誤報含め)もの主力空母を失うという
あまりにも重い現実が横たわっていた。未確認の敵艦隊の存在
そして自軍の航空戦力の壊滅。これ以上戦いを続ければ
残存する空母「飛龍」も失い、さらに主力戦艦や巡洋艦まで危険に晒されることになる。
「全艦隊に撤退を命ずる。
針路、西方。速やかにミッドウェー海域を離脱せよ」
その命令は、勝利の興奮が冷めやらぬ艦隊全体に
冷水を浴びせるようだった。しかし、それが
今の状況で山本が取れる唯一の現実的な選択だった。
撤退命令と同時に、さらに痛ましい命令が下された。
航行不能に陥った「赤城」と「加賀」の処分である。
特に、旗艦「赤城」は浸水多量で、もはや曳航不能な状態だった。
「赤城は雷撃処分。乗組員は速やかに退艦させ、駆逐艦に退避させよ」
その命令は、南雲機動部隊の士官たちにとって
心臓を抉られるような痛みだった。日本海軍の誇り
その象徴ともいうべき旗艦を、自らの手で沈めなければならないのだ。
駆逐艦「嵐」が、「赤城」の傍に寄り添い
まだ生き残っていた乗組員を収容する
彼らは、燃え盛る艦を振り返り、言葉にならない別れを告げていた。
午前10時過ぎ、駆逐艦「嵐」から放たれた魚雷が
「赤城」の艦体に命中した。轟音と共に、
炎上する巨大な艦体はゆっくりと、しかし確実に傾斜を増し
やがて艦首を水中に沈めていった。日本の空母機動部隊の栄光の旗艦は
黒煙と炎を上げながら、ミッドウェーの深き海の底へと消えていった。
一方で、「加賀」は、まだ希望が残されていた。
比較的浸水が少なく、利根型重巡洋艦でも曳航可能な範囲だと判断されたのだ。
「第八戦隊の『筑摩』、回航中の『加賀』を曳航し、本土まで回航せよ!」
「筑摩」に、突如として重大な任務が下された。
海野が座乗する「筑波」は、山口多聞少将の分隊と
共に北方へと進んでいたため、その光景を遠巻きに眺めることしかできなかったが
その無線報告に胸を締め付けられる思いだった。
「筑摩」は、「加賀」の傍へと慎重に接近していく。
海野は、双眼鏡越しに「加賀」の姿を捉えた。飛行甲板は焼け焦げ
巨大な穴がいくつも開き、格納庫からはいまだ黒煙が噴き出している。
まさに、戦争の残酷さを体現したような姿だった。
それでも、「加賀」の巨大な戦艦の艦体は、まだかろうじて浮いている。
「筑摩」の艦上で、曳航準備が開始される。
太いワイヤーが、「加賀」の艦体へと手作業で運び込まれる。
この巨大な空母を、荒れる太平洋上で曳航するという困難な任務。
それは、曳航する側にも、曳航される側にも、過酷な試練となるだろう。
しかし、それが、彼らが誇りある「加賀」を救うための、最後の希望だった。
午前10時30分頃、連合艦隊からの正式な撤退命令が、全艦隊に伝達された。
「全艦、針路西方!速やかにミッドウェー海域より離脱せよ!」
各艦は、一斉に針路を西方へと変更し、動き始めた。
これまで東へと進撃を続けていた艦隊が、反転して故郷へと向かう。
それは、敗北の匂い、そして、二隻の空母を失ったことへの喪失感を
艦隊全体に漂わせた。しかし、生き残るための唯一の選択でもあった。
「筑波」もまた、山口少将の分隊と共に、西方へと針路を変えた。
海野は、燃え盛る「赤城」の最後の炎が
水平線の彼方へと消えていくのを見つめていた
彼の胸中には、絶望と、怒りと、そして、
この戦いの結末への漠然とした不安が渦巻いていた。
だが、この好機を、易々と日本海軍に逃すほど、米海軍は甘くはなかった。
彼らは、太平洋に、その「ヤンキー魂」を廃れんと、執拗な追撃を開始したのだ。
日本艦隊が西方へと撤退を開始して間もなく
遠巻きに偵察していたPBYカタリナから情報を得た
米海軍司令部から、追撃命令が発せられた。
「追撃艦隊、直ちに日本艦隊を追撃せよ!」
第2群司令官、トーマス・C・キンケイド少将率いる
重巡洋艦部隊が、その先頭を走った。
第6巡洋隊、その名の通り屈強な条約型重巡洋艦
「ミネアポリス」「ニューオーリンズ」
「ノーザンプトン」「ペンサコラ」「ヴィンセンス」
そして軽巡洋艦「アトランタ」
六隻の巨大な巡洋艦が、その巨体に似合わぬ速力で、西方へと突き進んでいく。
そして、その後方には、第4群司令官、アレキサンダー・R・アーリー大佐が指揮する
第1駆逐戦隊が続く。駆逐艦「フェルプス」「ウォーデン」「モナハン」
「エイルウィン」「バルチ」「カニンガム」「ベンハム」「エレット」「モーリー」
九隻もの駆逐艦が、白い波を立てながら、まるで海の狼のように追撃を開始した。
合計一六隻。重巡、軽巡、そして駆逐艦からなる巨大な艦隊が
日本艦隊の残存部隊を追撃すべく、ミッドウェーの海域へと展開したのだ。
「敵艦隊、追撃中!」
「筑波」の無線室から、索敵機からの緊迫した報告が届いた。
海野は、その報に全身が硬直するのを感じた。
撤退する日本艦隊の後方から、米海軍の追撃艦隊が、猛然と迫っている。
疲弊し、満身創痍の日本艦隊は、逃げ切ることができるのか。
再び、戦いの火蓋が切られようとしていた。
ミッドウェーの海は、まだ彼らを解放しようとはしなかった。
二航戦の決死の攻撃が成功し米空母「ヨークタウン」が
航行不能に陥ったという報は、大和座乗の連合艦隊司令部に
一時的な安堵と高揚をもたらした。しかし、その喜びは長くは続かなかった。
「赤城」と「加賀」が被弾炎上さらに「蒼龍」も被弾し
(実際は誤報であったが、この時点ではそのように報告されていた)
航空戦力を喪失したという情報が、山本五十六長官の座乗する
「大和」の艦橋にもたらされていた。状況を総合的に判断した結果
山本長官は苦渋の決断を下すことになった。
「…機動部隊はこれ以上の航空戦力を維持し得ず
これ以上の戦闘は無益であると判断する」
山本長官の声は、普段と変わらぬ落ち着きを保っていたが
その表情には深い疲労と葛藤が刻まれているのが見て取れた
彼の目の前には、敵空母一隻を撃破したという戦果と引き換えに
三隻(誤報含め)もの主力空母を失うという
あまりにも重い現実が横たわっていた。未確認の敵艦隊の存在
そして自軍の航空戦力の壊滅。これ以上戦いを続ければ
残存する空母「飛龍」も失い、さらに主力戦艦や巡洋艦まで危険に晒されることになる。
「全艦隊に撤退を命ずる。
針路、西方。速やかにミッドウェー海域を離脱せよ」
その命令は、勝利の興奮が冷めやらぬ艦隊全体に
冷水を浴びせるようだった。しかし、それが
今の状況で山本が取れる唯一の現実的な選択だった。
撤退命令と同時に、さらに痛ましい命令が下された。
航行不能に陥った「赤城」と「加賀」の処分である。
特に、旗艦「赤城」は浸水多量で、もはや曳航不能な状態だった。
「赤城は雷撃処分。乗組員は速やかに退艦させ、駆逐艦に退避させよ」
その命令は、南雲機動部隊の士官たちにとって
心臓を抉られるような痛みだった。日本海軍の誇り
その象徴ともいうべき旗艦を、自らの手で沈めなければならないのだ。
駆逐艦「嵐」が、「赤城」の傍に寄り添い
まだ生き残っていた乗組員を収容する
彼らは、燃え盛る艦を振り返り、言葉にならない別れを告げていた。
午前10時過ぎ、駆逐艦「嵐」から放たれた魚雷が
「赤城」の艦体に命中した。轟音と共に、
炎上する巨大な艦体はゆっくりと、しかし確実に傾斜を増し
やがて艦首を水中に沈めていった。日本の空母機動部隊の栄光の旗艦は
黒煙と炎を上げながら、ミッドウェーの深き海の底へと消えていった。
一方で、「加賀」は、まだ希望が残されていた。
比較的浸水が少なく、利根型重巡洋艦でも曳航可能な範囲だと判断されたのだ。
「第八戦隊の『筑摩』、回航中の『加賀』を曳航し、本土まで回航せよ!」
「筑摩」に、突如として重大な任務が下された。
海野が座乗する「筑波」は、山口多聞少将の分隊と
共に北方へと進んでいたため、その光景を遠巻きに眺めることしかできなかったが
その無線報告に胸を締め付けられる思いだった。
「筑摩」は、「加賀」の傍へと慎重に接近していく。
海野は、双眼鏡越しに「加賀」の姿を捉えた。飛行甲板は焼け焦げ
巨大な穴がいくつも開き、格納庫からはいまだ黒煙が噴き出している。
まさに、戦争の残酷さを体現したような姿だった。
それでも、「加賀」の巨大な戦艦の艦体は、まだかろうじて浮いている。
「筑摩」の艦上で、曳航準備が開始される。
太いワイヤーが、「加賀」の艦体へと手作業で運び込まれる。
この巨大な空母を、荒れる太平洋上で曳航するという困難な任務。
それは、曳航する側にも、曳航される側にも、過酷な試練となるだろう。
しかし、それが、彼らが誇りある「加賀」を救うための、最後の希望だった。
午前10時30分頃、連合艦隊からの正式な撤退命令が、全艦隊に伝達された。
「全艦、針路西方!速やかにミッドウェー海域より離脱せよ!」
各艦は、一斉に針路を西方へと変更し、動き始めた。
これまで東へと進撃を続けていた艦隊が、反転して故郷へと向かう。
それは、敗北の匂い、そして、二隻の空母を失ったことへの喪失感を
艦隊全体に漂わせた。しかし、生き残るための唯一の選択でもあった。
「筑波」もまた、山口少将の分隊と共に、西方へと針路を変えた。
海野は、燃え盛る「赤城」の最後の炎が
水平線の彼方へと消えていくのを見つめていた
彼の胸中には、絶望と、怒りと、そして、
この戦いの結末への漠然とした不安が渦巻いていた。
だが、この好機を、易々と日本海軍に逃すほど、米海軍は甘くはなかった。
彼らは、太平洋に、その「ヤンキー魂」を廃れんと、執拗な追撃を開始したのだ。
日本艦隊が西方へと撤退を開始して間もなく
遠巻きに偵察していたPBYカタリナから情報を得た
米海軍司令部から、追撃命令が発せられた。
「追撃艦隊、直ちに日本艦隊を追撃せよ!」
第2群司令官、トーマス・C・キンケイド少将率いる
重巡洋艦部隊が、その先頭を走った。
第6巡洋隊、その名の通り屈強な条約型重巡洋艦
「ミネアポリス」「ニューオーリンズ」
「ノーザンプトン」「ペンサコラ」「ヴィンセンス」
そして軽巡洋艦「アトランタ」
六隻の巨大な巡洋艦が、その巨体に似合わぬ速力で、西方へと突き進んでいく。
そして、その後方には、第4群司令官、アレキサンダー・R・アーリー大佐が指揮する
第1駆逐戦隊が続く。駆逐艦「フェルプス」「ウォーデン」「モナハン」
「エイルウィン」「バルチ」「カニンガム」「ベンハム」「エレット」「モーリー」
九隻もの駆逐艦が、白い波を立てながら、まるで海の狼のように追撃を開始した。
合計一六隻。重巡、軽巡、そして駆逐艦からなる巨大な艦隊が
日本艦隊の残存部隊を追撃すべく、ミッドウェーの海域へと展開したのだ。
「敵艦隊、追撃中!」
「筑波」の無線室から、索敵機からの緊迫した報告が届いた。
海野は、その報に全身が硬直するのを感じた。
撤退する日本艦隊の後方から、米海軍の追撃艦隊が、猛然と迫っている。
疲弊し、満身創痍の日本艦隊は、逃げ切ることができるのか。
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