超甲巡 筑波        いざ太平洋へ出撃せん

みにみ

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ミッドウェーの盾

不屈

米艦隊の旗艦である重巡洋艦「ミネアポリス」の艦橋では
トーマス・C・キンケイド少将の顔は怒りと驚愕に歪んでいた。
眼前で繰り広げられた「アトランタ」の轟沈は
想像を絶する光景だった。まるで玩具のように崩れ落ち
瞬く間に海に消えた僚艦アトランタの惨状は、キンケイドの脳裏に焼き付いた
そして、彼の乗艦である「ミネアポリス」も
また、見慣れない強力な敵艦からの砲撃で、一番砲塔と右舷中央部に致命的な損傷を負っていた。

「信じられん!あの射程で、あの火力は一体何なのだ!」

キンケイドの怒号が艦橋に響く。参謀たちが顔色を変え、報告を続ける。

「司令!敵艦隊に、データにはない強力な重巡洋艦が二隻確認されました!
 推測ですが、主砲は少なくとも12インチクラスか、それ以上…!」

その報告は、キンケイドの怒りを、さらなる混乱へと変えた。
日本の重巡洋艦は、最大でも条約型重巡の8インチ砲搭載のはずだ
一体、いつから、日本海軍はこのような怪物じみた艦を建造していたのか
日本の厳重な防諜は、まさにこの瞬間
米海軍の指揮官たちを絶望の淵へと突き落としていた

「ジャップの重巡に、こんなものが存在したとは!」

と、キンケイドは歯噛みした。情報部の失態か
それとも、単なる奇襲的な幸運か。
いずれにせよ、彼らは、未知の、そして圧倒的な火力を持つ敵と対峙しているという
冷厳な事実に直面していた。

しかし、キンケイド少将は、このまま引き下がる男ではなかった。
彼の胸には、アメリカ海軍の不屈の精神
すなわち「ヤンキー魂」が燃え盛っていた
ミッドウェーでの空母部隊の勝利が
この追撃戦での敗北によって無意味になることを
彼は断じて許すことができなかった。

「このまま引き下がれるか!我々は負けを認めない!」

キンケイドは、顔を上げた。その表情には
もはや個人的な怒りや混乱の影はなく、冷徹な指揮官の決意だけがあった
彼は、戦局を冷静に分析した。この長距離砲戦では
日本艦隊の射程と砲術の優位が明らかである
このままでは、一方的に損害を受け続けるだけだ
唯一の活路は、彼らの射程圏内へと踏み込み
自らの重巡洋艦の8インチ砲を有効に機能させること
そして、駆逐艦の魚雷で、敵艦隊に決定的な打撃を与えることだった。

「全艦隊に命令伝達!第二群の重巡洋艦群速力一杯!
 敵との距離を詰めろ!彼らの射程は確かに我々を凌駕するが
 そのアドバンテージは永遠ではない!必ず射程圏内まで食らいついて、奴らを叩き潰す!」

キンケイド少将の命令は、無線を通じて
残存する隷下の重巡洋艦
「ニューオーリンズ」「ノーザンプトン」「ペンサコラ」「ヴィンセンス」へと
伝達された。彼の言葉は、混乱の淵にあった米艦隊に
新たな活力を吹き込んだ。屈辱的な一方的攻撃を受けていた彼らの心にも
反撃への強い意志が湧き上がった。

「駆逐艦隊も突撃準備!アレキサンダー・R・アーリー大佐
 貴官の駆逐艦隊は、重巡洋艦を援護しつつ
 魚雷攻撃の機会を伺え!煙幕の準備も怠るな!」

キンケイド少将は
駆逐艦隊の司令官、アレキサンダー・R・アーリー大佐にも具体的な指示を出した
駆逐艦の俊敏性と魚雷の威力は、接近戦においてこそ真価を発揮する。

命令を受けた米艦隊は、一斉に煙突から黒煙を噴き上げ
猛烈な速度で日本艦隊へと迫り始めた。波を蹴立てて突き進む艦影は
まるで決死の覚悟を宿した海の獣のようだった
日本艦隊からの35.6cm砲弾や31cm砲弾が
依然として彼らの周囲に降り注ぎ、巨大な水柱を上げていた
艦橋を揺るがす爆音、飛散する破片
それでも、米艦隊は回避運動を取りながら、ひたすら前進を続けた。
被弾を覚悟した米兵たちの顔には、恐怖よりも
敵への報復と、不屈の「ヤンキー魂」が宿っていた。

「筑波」の艦橋から、海野は
米艦隊が信じられないほどの速度で接近してくる様子を観察していた
彼らの航跡は、まるで一直線に伸びる白い道のように
迷いなく日本艦隊へと向かっていた
その速度と、砲弾の雨の中を進む勇敢さに
海野は驚きと同時に、新たな警戒を覚えた。

「敵艦隊、距離二五〇〇〇メートル!」

測的員の声が、艦橋に響く。米艦隊の重巡洋艦群が
ようやくその有効射程圏内に入ったのだ。

ドォォォォォンッ!

「ニューオーリンズ」を先頭とする米重巡洋艦群の20.3cm主砲が
一斉に火を噴いた。オレンジ色の閃光が、連なるように空を切り裂き
巨大な砲弾が唸りを上げて日本艦隊へと飛来する
砲口から噴き出す火炎は、浮かび上がる鬼の形相のようだった。

「敵艦発砲!」

「回避運動開始!取舵四〇」
艦長が冷静に伝えて「筑波」の艦体は
その巨体を僅かに傾け、回避運動を開始する
砲弾は、艦橋の頭上を通過し、数十メートル離れた海面を叩いた
轟音と共に巨大な水柱が立ち上がり、海水が甲板に降り注ぐ
最初の斉射は命中しなかったが、弾着観測機からの修正を受け
米軍の砲撃は徐々にその精度を上げていった。

「総員衝撃備え 敵の砲撃が正確になってきたぞ!」

「少尉殿。いよいよ本物の撃ち合いでございますな」

松本上等兵曹は、冷徹な表情で応じた
彼の言葉通り、これまでの日本艦隊による一方的な砲撃は終わりを告げ
本当の艦隊砲撃戦が始まったのだ。日本の長距離砲の優位は
この距離では相対的なものとなりこの距離では米軍の20.3センチ砲もまた、強力な脅威となり得た。

その間にも、アレキサンダー・R・アーリー大佐率いる駆逐艦隊は
重巡洋艦を援護しつつ
その機動力を活かして日本艦隊の側面へと回り込もうとしていた
彼らは、魚雷攻撃の機会を伺っていたのだ。

「17駆逐隊、魚雷警戒!敵、魚雷を発射する可能性あり!」

無線から緊迫した報告が上がる。
海野は、駆逐艦の細い艦影が、波間に隠れながら
魚雷の射程へと接近しようとしているのを確認した
駆逐艦からの魚雷は、主砲の砲弾とは異なる
艦の致命的な弱点を突く脅威だった。日本艦隊は
主砲の砲弾の雨を避けつつ
同時に魚雷の航跡にも目を光らせなければならない、複雑な状況に陥った。

日米両艦隊は、互いに砲弾を浴びせ合う
激しい砲撃戦の渦中にあった
轟音、閃光、そして絶えず艦体を揺るがす衝撃波
両艦隊の火力がぶつかり合う音響は
ミッドウェーの広大な海域全体に響き渡り、空を煙と火花で覆い尽くした。

日本艦隊の精密な砲撃は、引き続き米艦隊に損害を与え続けた
重巡洋艦「ニューオーリンズ」や「ノーザンプトン」の艦体にも
着弾や至近弾による損傷が見受けられた。
しかし、米艦隊もまた、その不屈の精神で反撃を続けた。

「筑波」の艦体にも、米軍の砲弾が至近弾として稀には直撃弾として着弾し
激しい水柱を上げた。船体が大きく傾き、海野は手すりを強く握りしめた
破片が飛び散る音、そして対空指揮所から聞こえる
負傷者のうめき声。砲術員たちは、疲労と極限の集中力の中で
弾薬の装填作業を機械のように繰り返していた
重い砲弾を揚弾筒から引き上げ、装填する動作は、肉体的な限界を超えた作業だった。

両軍の兵士たちは、死と隣り合わせの状況で戦い続けていた
恐怖、疲労、そして終わりが見えない戦いに対する絶望
しかし、彼らを支えていたのは、それぞれの国と、僚友たちへの義務感だった。

海野は、自分たちの砲術の優位を実感しつつも
米軍の不屈の反撃に、新たな脅威を感じ始めていた
彼らは、データにない火力を持つ「筑波」と「生駒」の存在を知り
その脅威に晒されながらも、臆することなく接近し
そして反撃を続けていた。海戦というものは
単なる火力勝負だけでは決着がつかないことを、海野は肌で感じていた。

激しい砲撃戦が続く中、ミッドウェーの空は
徐々にその色を深めていった。昼戦は終わりを告げ
やがて日没が近づくことで、戦場は夜戦へと移行する兆候を見せ始める
夜間戦闘は、日本海軍の得意とするところであったが
同時に、両軍にとって予測不能な要素を増大させるものだった
レーダーによる索敵と、目視による索敵が入り混じる混乱の中で、戦況はさらに混沌とするだろう。

だが、夜戦は日本海軍のお家芸
もしかすれば圧倒的有利に転じる可能性もある

巻風少将は、迫り来る夜の帳と、未だ戦意を喪失しない
米艦隊を冷徹な眼で見つめていた
彼の頭の中では、夜戦への準備と、この死闘を乗り越え
母艦を無事に帰すための、新たな戦略が練られていた
一方、キンケイド少将もまた、日没を前に、疲弊しきった艦隊の再編と
夜間戦闘への備えを指示し始めていた
ミッドウェーの洋上は、終わりの見えない死闘を、まだ終わらせようとはしなかった
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