超甲巡 筑波        いざ太平洋へ出撃せん

みにみ

文字の大きさ
19 / 21
ミッドウェーの盾

撤退

日本時間6月6日の夜明け前
ミッドウェーの洋上は、激しい夜戦の熱気が冷めやらぬまま
重苦しい静けさに包まれていた。闇夜に響き渡った砲声は途絶え
爆炎の閃光ももはやない。しかし、その場には
海面に広がる油膜、焼け焦げた残骸、そして漂う死の匂いが
壮絶な戦いの痕跡として残されていた。

戦艦「霧島」を失い、重巡洋艦「筑波」も損傷を負いながらも
巻風少将率いる水上戦闘部隊の残存艦艇は
夜戦の終結と共に一旦西方へ針路を取っていた
しかし、彼らが最初に行うべきことは、戦場で沈んだ僚艦の
そして敵艦の乗組員を救助することだった。これは、敵味方問わず
海軍の兵士として古くから受け継がれる不文律である。

「全艦、探照灯を照射し、生存者を確認せよ!溺者救助!装載艇下ろせ!」

巻風少将の命令が、「筑波」の艦橋に響き渡った。
損傷した「筑波」の探照灯も、その残された力を振り絞るかのように
夜明け前の薄闇を切り裂いた。その光の筋が
冷たい海面に漂う人影や、瓦礫の山を次々と照らし出す。

海野信一郎少尉は、甲板に立ち、救助活動を指揮していた
彼の体は極限まで疲弊していたが、休む暇などなかった。
救助艇が、波を蹴立てて残骸の間を縫うように進んでいく。
海面に浮かぶのは、黒い油にまみれた兵士たちだ。
彼らは、昨日まで共に戦った友かもしれないし、あるいは
血で血を洗う死闘を繰り広げた敵かもしれない。
しかし、この瞬間、彼らはただ、生きて助けを求める人間だった。

「こちらにも生存者がいます!急いで!」

救助艇からの声が、暗闇を震わせる。
海野は、双眼鏡でその様子を追った。救助される兵士たちの顔は
油と海水、そして絶望と安堵の入り混じった感情で歪んでいた
中には、意識を失っている者や、致命的な負傷を負っている者もいる
彼らを甲板に引き上げると、すぐに医務室へと運ばれる
艦内の医務室は、すでに負傷者で溢れかえっていたが
彼らにとって、それは地獄から生還した証だった。

「筑波」の乗組員たちは、疲弊した体に鞭を打ち
黙々と救助活動を続けた。彼らの目には、死闘を生き抜いた者の
ある種の諦念と、しかし仲間を、そして人間を救うという
根源的な使命感が宿っていた。彼らは、自らが受けた傷も顧みず
冷たい海水に飛び込み、漂流者を助け出した。
その中には、日本兵だけでなく、米兵の姿も混じっていた。
捕虜となった米兵は、警戒心と同時に、彼らを救った日本人に対する
複雑な感情を露わにしていた。言葉は通じなくとも、
互いの顔に浮かぶ疲労と、この極限状態を生き抜いた者同士の
奇妙な連帯感がそこにはあった。

救助活動は、夜明けの光が水平線を染め上げるまで続けられた。
冷たい海から引き上げられた兵士たちの数は、
沈んだ艦の多さを物語っていた。彼らの多くは凍え
負傷していたが、その命は繋がった。海野は
救助活動を終え、甲板に立つと、東の空から昇る太陽を仰いだ
その光は、新たな一日の始まりを告げていたが
彼の心には、戦場の深い傷跡が、まだ生々しく残されていた。


救助活動が一段落すると、巻風少将は、迷うことなく次なる命令を下した。

「全艦、即座に反転!近藤中将率いる別働隊との合流地点へ向かえ!」

彼らに与えられた時間は、ごくわずかだった。
ミッドウェー海域は、もはや安全な場所ではない。
いつ米軍の航空攻撃が再開されるか分からず、
潜水艦の脅威も常に存在した。何よりも、航空戦で
壊滅的な打撃を受けた南雲機動部隊の残存艦艇を
一日も早く安全な海域へ、そして本土へと帰還させる必要があった
この水上戦闘部隊の役目は、あくまでそのための
「盾」であり「時間稼ぎ」だったのだ。

「筑波」の艦体は、被弾の衝撃で軋みを上げていた。
機関部からは、かすかな異常音が聞こえる。
しかし、機関員たちは、昼夜を問わず必死に修理と調整を続け
艦は再び全速力で西方へと針路を取った。疲弊しきった乗組員たちは
救助活動による肉体的な消耗と、激しい戦闘による
精神的な疲労が頂点に達していたが、故郷へと帰るという明確な目標が
彼らの最後の気力を支えていた。

数時間後、夜戦で傷ついた巻風少将の艦隊は
近藤信竹中将率いる第二艦隊の別働隊と、無事に合流を果たした
近藤中将の艦隊は、重巡洋艦や駆逐艦で編成され
ミッドウェー作戦における支援部隊として展開していたが
本隊の航空戦の敗北により、直接の戦闘には参加していなかった
しかし、彼らの存在は、傷ついた艦隊にとって、何よりの希望となった。

「巻風少将、ご苦労であった。よくぞ戦い抜いてくれた。」

近藤中将の言葉に、巻風少将は深く頷いた。
彼らは、無線で交わされた情報から、互いの激戦を把握していた。
言葉は少なかったが、その視線には、互いの健闘を称え
そしてこの敗戦の現実を受け入れる、重い覚悟が宿っていた。

合流後、近藤中将の艦隊は、巻風少将の残存艦艇を護衛し、
そのまま本土への帰路についた。長大な航海には、補給が不可欠だった。
途中、彼らは洋上で待機していた給油艦と合流し、
燃料と物資の補給を受けた。冷たい海風が吹き荒れる洋上で、
移送される燃料の匂いが、彼らの疲弊した心に、
わずかな安堵をもたらした。給油作業は、迅速かつ慎重に進められた。
いつ敵の潜水艦や航空機に発見されるか分からない状況では
一瞬たりとも気を抜くことは許されない。


本土への航海は、数日間に及んだ。
その間、艦内では、激戦の傷跡が深く残っていた。「筑波」の修理班は
被弾箇所の応急処置に追われ、医務室からは
常に負傷者のうめき声が聞こえていた。艦隊全体が
まるで巨大な病院船のようだった。

海野は、自分の持ち場を離れることができず
交代でわずかな仮眠を取るだけだった。彼の頭の中では
夜戦の光景が何度もフラッシュバックする。火を噴く主砲
海を切り裂く魚雷の航跡、そして目の前で沈んでいった
「谷風」と「霧島」の姿。特に、「谷風」の予備魚雷が誘爆した際の
あの耳をつんざくような轟音と、一瞬で海に消えた僚艦の残像は、彼の心に深く刻み込まれた。

甲板に出ると、疲弊しきった兵士たちが
ぼんやりと水平線を眺めていた。彼らの顔には
激戦を生き抜いた者特有の、諦念にも似た表情が浮かんでいた
多くは言葉を交わさない。ただ、静かに、そして深く
各々の胸に去来する思いを噛みしめているようだった。

彼らは、確かにミッドウェー海戦の航空戦では敗北した。
しかし、この水上戦闘において、彼らは自らの任務を全うした。
多大な犠牲を払いながらも、米艦隊に壊滅的な打撃を与え、
空母部隊を護ったのだ。その事実は、彼らにとって、
何物にも代えがたい誇りだった。彼らの夜戦能力は、
世界にその威力を知らしめた。しかし、その誇りは
失われた多くの命と、沈んだ艦艇への深い悲しみに裏打ちされたものだった。

戦いを終えた兵士たちの多くは、極度の虚脱感に襲われていた。
アドレナリンが切れ、肉体の疲労が一気に押し寄せる。
食事も喉を通らない者が多かった。しかし、彼らは生き残った。
そして、故郷へと帰ることができる。その事実だけが、彼らの唯一の救いだった。

数日後、日本艦隊は、ついに日本の本土が見える海域へと到達した。
遠くに霞む故郷の山々、そして港の灯りが見えた時
疲弊しきった兵士たちの間から、微かな
しかし確かな安堵の吐息が漏れた。彼らは、死線を乗り越え
生きて帰ってきたのだ。ミッドウェーの惨敗は
彼らの心に深い傷を残したが、この夜戦で得た誇りと
仲間との絆は、彼らを支え続けるだろう。
艦隊は、重い船体を揺らしながら、ゆっくりと、しかし確実に、故郷の港へと進んでいった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

異聞対ソ世界大戦

みにみ
歴史・時代
ソ連がフランス侵攻中のナチスドイツを背後からの奇襲で滅ぼし、そのままフランスまで蹂躪する。日本は米英と組んで対ソ、対共産戦争へと突入していくことになる

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

御稜威の光  =天地に響け、無辜の咆吼=

エトーのねこ(略称:えねこ)
歴史・時代
そこにある列強は、もはや列強ではなかった。大日本帝国という王道国家のみが覇権国など鼻で笑う王道を敷く形で存在し、多くの白人種はその罪を問われ、この世から放逐された。 いわゆる、「日月神判」である。 結果的にドイツ第三帝国やイタリア王国といった諸同盟国家――すなわち枢軸国欧州本部――の全てが、大日本帝国が戦勝国となる前に降伏してしまったから起きたことであるが、それは結果的に大日本帝国による平和――それはすなわち読者世界における偽りの差別撤廃ではなく、人種等の差別が本当に存在しない世界といえた――へ、すなわち白人種を断罪して世界を作り直す、否、世界を作り始める作業を完遂するために必須の条件であったと言える。 そして、大日本帝国はその作業を、決して覇権国などという驕慢な概念ではなく、王道を敷き、楽園を作り、五族協和の理念の元、本当に金城湯池をこの世に出現させるための、すなわち義務として行った。無論、その最大の障害は白人種と、それを支援していた亜細亜の裏切り者共であったが、それはもはや亡い。 人類史最大の総決算が終結した今、大日本帝国を筆頭国家とした金城湯池の遊星は遂に、その端緒に立った。 本日は、その「総決算」を大日本帝国が如何にして完遂し、諸民族に平和を振る舞ったかを記述したいと思う。 城闕崇華研究所所長

装甲航空母艦信濃      南東の海へといざ参らん

みにみ
歴史・時代
大和型戦艦 それは日本海軍の戦艦設計の粋を集めた 世界最大最強の超弩級戦艦 しかし搭載する46cm三連装砲も 410mmの舷側装甲も航空主兵のこの時代にはすでに時代遅れのものとなっていた そこにミッドウェー海戦での主力空母 一航戦 赤城、加賀 二航戦 飛龍、蒼龍の喪失 ほぼ完成していた武蔵はそのまま戦艦として完成させるが 船体のみ完成できた仮称110号艦 かの艦をどうするか 上層部が下した判断は空母化改装だった 大和型譲りの装甲を持つ 110号艦改め航空母艦信濃 その巨体が太平洋の海へと滑り出した 毎日朝7時更新 ゆっくり見ていってね!

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を