8 / 9
第七話『打てない理由』
しおりを挟む
同じ中学だったこともあって、帰路が殆ど同じであるから自然といつも一緒に帰ってはいるが、今日はお互いに無言のまま。ここまで一切会話は無い。
いつもの如く泉から積極的に会話を持ち出すということがないので、俺は進行方向を向いたまま隣を歩く泉に声を掛けることにした。
「今日はいつもと違って、静かなんだな」
「……え?」
不意に視線が向けられ、それでも俺は進行方向を向いたまま、
「しおらしいお前なんて、らしく無いぞ」
と、少し冷やかし混じりの声音で言った。
実際、しおらしい姿なんて中学が同じになってからも、部活で同じだった時も、一度として見たことが無かった。それだけにやはりあのことが関わっているのだと、嫌でも思わされる。
こいつには何の罪もないし、ここまで落ち込む必要もないというのに。
「もう、またそんなこと言って……でも、そうだね。確かに私らしくなかった」
ごめんね、と言って微かに微笑む。
「……」
無言のままチラッと横を見たことで視線が合い、すぐさま顔を紅潮させた泉は俺から顔を逸らす。そのまま視線を反対方向へと向けてしまった。
更に暫く歩いて帰路が別々になる分かれ道が見えてくると、泉が再び口を開く。
「……いつから、気づいてたの?」
具体的に何についての話をしているのか口には出さなかったけれど、それが真剣な声音であることを考えれば、その真意は自ずと知ることができた。
俺もまた、泉と同じように具体的にせず、言葉を濁しながら答えた。
「全中が終わって一週間後の土曜日からだな」
その時は既に夏休みになっていて、全中が終わってすぐに引退したこともあってか夏休みの殆どは顔を合わせることがなかった。泉だけじゃなく、近所に住む山吹とも他のソフトテニス部員たちとも。
「そんなに前から、気づいてたの? もしかして、だからラケットを握らなくなって……」
ぶつぶつと呟き出し、この際隠しても仕方ないと思った俺は、言葉を一切濁すことなく言うことにした。
既に試合を見せてしまったし、マッチポイントになったら起こる異常を見せてしまったのだから。秘密にできるものでもない。
「俺は確かにあの試合のマッチポイントの時にミスしたことが原因で、今日のような結果になったと思ってる。だが……」
そこで俺は立ち止まり、泉も同じように立ち止まる。
泉の目を真っ直ぐと見据えながら、8ヶ月の間一切言わなかったことを彼女に言うことにした。
「……俺がソフトテニスを辞めたのは、別にあの試合だけが理由じゃない。本当はその一週間後、ある人と試合をして俺はソフトテニスを辞める決心がついた」
実力差のある相手に完膚なきまでに倒されたのなら、この人には自分じゃ敵わないと思うだけで、辞めたいとは思わない。
一時的にテニスをするのが嫌になるかもしれないが……。
とは言え、つまるところ俺にソフトテニスを辞めることを決意させた人物、引導を渡した人物が一体誰なのかは、泉にも推測のしようがない。
そして全く関係ない人物の名前が上がることも、そこまで言って、俺には既にわかっていた。
「それって、花柳くん?」
と。
即座に首を横に振って否定する。
「あいつとは、あいつが東北の高校に行くと決めた秋まで全中の後は会話すらしていなかった」
眼鏡をかけたクールな様相の、落ち着きのある雰囲気とはかけ離れた結構な野心家であるのが、花柳誠という元相棒(ペアー)だ。
結局、中学2年の春から全中が終わるまでの間ペアーを組んでいたが、彼はスポーツ推薦がきていた東北にある強豪校へと進学した。毎年インターハイに顔を出す常連校であり、日本でもほぼ間違いなくトップレベルである強豪校。
あいつは俺がソフトテニスを辞めると言い出したことにも、何一つ言うことなく1人で勝手に東北へと行ってしまった。
簡単に説明すると、そんなやつだ。
ちなみに花柳とは一度もシングルスをしたことがない。だから花柳の名前が挙がったのも、そういう理由からなのかもしれないと思ったのだが、続けて様々な人物の名前が挙がるも、悉く泉は外してく。
仕方ないので俺から言うことにした。このまま待っても、恐らく当たらないだろうから。
「京都、洛南商業の山形瑞樹(やまがたみずき)だ」
「え…………ええぇっ⁉︎」
泉は信じられないと言いたげに、目を大きく見開く。
名前だけなら、泉でも知っている人物。
現在高校3年生で高校生としては唯一ナショナルチーム入りしている高校生チャンピオン。
毎年6月下旬に行われるハイスクールジャパンカップ――通称HJCと呼ばれる、ソフトテニスの甲子園として知られる大会で、去年高校2年生ながら男子シングルスで1セットも落とすことなく優勝した実力者。
高校生の大会では、団体戦こそ落とすも負けはなく。シングルスなら敵なしと言われた、左利き(・・・)の天才プレーヤー。
「それで、その……」
「ん?」
「…………結果、は?」
ソフトテニスを辞めるきっかけをつくってくれた人物と名を挙げたその時点で、泉にも結果は予想できていたことだろう。
それでも敢えて口に出したのは、何よりも泉が、
――信じたくなかったから。
そう思ってもらえるのは正直嬉しくも思うが、けれど俺は口にした。自分の持ち味としてきたものを全て壊す結果になったことを言葉にして伝える。
「ゲームカウント4―3で俺の負けだ」
「っ……」
その瞬間、泉は息を呑み、「そっか……」と囁くように声を出す。
中学の時、それも俺がまだ中1だった時に、かつて中3だった山形瑞樹とは一度試合をしたことがある。公式戦と銘打ってはいたが、企業が提携する大会で中体連とは全く関係のない大会。
俺は当事3年生だった先輩とペアーを組んでいて、山形瑞樹も全中でペアーを組んでいた同学年の選手組んでと試合に臨んでいた。
今になって思うと、あの試合がきっかけで俺は注目されることになったのかもしれない。
実力はダブルスで全中ベスト4だった山形瑞樹の方が優勢に見られていただろうが、結果は「4―1」で俺たちが勝利した。
殆ど俺と山形瑞樹の後衛によるストローク合戦だったが、勝負を喫したのは、山形瑞樹の得意とする逆クロスからのコースが読めないストロークを封じることができたから。
封じたと言うほど大それたものではなかったが、言うなれば、ただ単に相性がよかったのが勝利した要因だったとも。
それからは学年が離れていることもあって再戦の機会は訪れず、去年の全中の後、山形瑞樹と試合をしたのが二度目の試合であり、シングルスとしては初めての試合だった。
そしてそれは――
初めて左利きの選手相手に、俺が、敗北を喫した瞬間でもあった。
いつもの如く泉から積極的に会話を持ち出すということがないので、俺は進行方向を向いたまま隣を歩く泉に声を掛けることにした。
「今日はいつもと違って、静かなんだな」
「……え?」
不意に視線が向けられ、それでも俺は進行方向を向いたまま、
「しおらしいお前なんて、らしく無いぞ」
と、少し冷やかし混じりの声音で言った。
実際、しおらしい姿なんて中学が同じになってからも、部活で同じだった時も、一度として見たことが無かった。それだけにやはりあのことが関わっているのだと、嫌でも思わされる。
こいつには何の罪もないし、ここまで落ち込む必要もないというのに。
「もう、またそんなこと言って……でも、そうだね。確かに私らしくなかった」
ごめんね、と言って微かに微笑む。
「……」
無言のままチラッと横を見たことで視線が合い、すぐさま顔を紅潮させた泉は俺から顔を逸らす。そのまま視線を反対方向へと向けてしまった。
更に暫く歩いて帰路が別々になる分かれ道が見えてくると、泉が再び口を開く。
「……いつから、気づいてたの?」
具体的に何についての話をしているのか口には出さなかったけれど、それが真剣な声音であることを考えれば、その真意は自ずと知ることができた。
俺もまた、泉と同じように具体的にせず、言葉を濁しながら答えた。
「全中が終わって一週間後の土曜日からだな」
その時は既に夏休みになっていて、全中が終わってすぐに引退したこともあってか夏休みの殆どは顔を合わせることがなかった。泉だけじゃなく、近所に住む山吹とも他のソフトテニス部員たちとも。
「そんなに前から、気づいてたの? もしかして、だからラケットを握らなくなって……」
ぶつぶつと呟き出し、この際隠しても仕方ないと思った俺は、言葉を一切濁すことなく言うことにした。
既に試合を見せてしまったし、マッチポイントになったら起こる異常を見せてしまったのだから。秘密にできるものでもない。
「俺は確かにあの試合のマッチポイントの時にミスしたことが原因で、今日のような結果になったと思ってる。だが……」
そこで俺は立ち止まり、泉も同じように立ち止まる。
泉の目を真っ直ぐと見据えながら、8ヶ月の間一切言わなかったことを彼女に言うことにした。
「……俺がソフトテニスを辞めたのは、別にあの試合だけが理由じゃない。本当はその一週間後、ある人と試合をして俺はソフトテニスを辞める決心がついた」
実力差のある相手に完膚なきまでに倒されたのなら、この人には自分じゃ敵わないと思うだけで、辞めたいとは思わない。
一時的にテニスをするのが嫌になるかもしれないが……。
とは言え、つまるところ俺にソフトテニスを辞めることを決意させた人物、引導を渡した人物が一体誰なのかは、泉にも推測のしようがない。
そして全く関係ない人物の名前が上がることも、そこまで言って、俺には既にわかっていた。
「それって、花柳くん?」
と。
即座に首を横に振って否定する。
「あいつとは、あいつが東北の高校に行くと決めた秋まで全中の後は会話すらしていなかった」
眼鏡をかけたクールな様相の、落ち着きのある雰囲気とはかけ離れた結構な野心家であるのが、花柳誠という元相棒(ペアー)だ。
結局、中学2年の春から全中が終わるまでの間ペアーを組んでいたが、彼はスポーツ推薦がきていた東北にある強豪校へと進学した。毎年インターハイに顔を出す常連校であり、日本でもほぼ間違いなくトップレベルである強豪校。
あいつは俺がソフトテニスを辞めると言い出したことにも、何一つ言うことなく1人で勝手に東北へと行ってしまった。
簡単に説明すると、そんなやつだ。
ちなみに花柳とは一度もシングルスをしたことがない。だから花柳の名前が挙がったのも、そういう理由からなのかもしれないと思ったのだが、続けて様々な人物の名前が挙がるも、悉く泉は外してく。
仕方ないので俺から言うことにした。このまま待っても、恐らく当たらないだろうから。
「京都、洛南商業の山形瑞樹(やまがたみずき)だ」
「え…………ええぇっ⁉︎」
泉は信じられないと言いたげに、目を大きく見開く。
名前だけなら、泉でも知っている人物。
現在高校3年生で高校生としては唯一ナショナルチーム入りしている高校生チャンピオン。
毎年6月下旬に行われるハイスクールジャパンカップ――通称HJCと呼ばれる、ソフトテニスの甲子園として知られる大会で、去年高校2年生ながら男子シングルスで1セットも落とすことなく優勝した実力者。
高校生の大会では、団体戦こそ落とすも負けはなく。シングルスなら敵なしと言われた、左利き(・・・)の天才プレーヤー。
「それで、その……」
「ん?」
「…………結果、は?」
ソフトテニスを辞めるきっかけをつくってくれた人物と名を挙げたその時点で、泉にも結果は予想できていたことだろう。
それでも敢えて口に出したのは、何よりも泉が、
――信じたくなかったから。
そう思ってもらえるのは正直嬉しくも思うが、けれど俺は口にした。自分の持ち味としてきたものを全て壊す結果になったことを言葉にして伝える。
「ゲームカウント4―3で俺の負けだ」
「っ……」
その瞬間、泉は息を呑み、「そっか……」と囁くように声を出す。
中学の時、それも俺がまだ中1だった時に、かつて中3だった山形瑞樹とは一度試合をしたことがある。公式戦と銘打ってはいたが、企業が提携する大会で中体連とは全く関係のない大会。
俺は当事3年生だった先輩とペアーを組んでいて、山形瑞樹も全中でペアーを組んでいた同学年の選手組んでと試合に臨んでいた。
今になって思うと、あの試合がきっかけで俺は注目されることになったのかもしれない。
実力はダブルスで全中ベスト4だった山形瑞樹の方が優勢に見られていただろうが、結果は「4―1」で俺たちが勝利した。
殆ど俺と山形瑞樹の後衛によるストローク合戦だったが、勝負を喫したのは、山形瑞樹の得意とする逆クロスからのコースが読めないストロークを封じることができたから。
封じたと言うほど大それたものではなかったが、言うなれば、ただ単に相性がよかったのが勝利した要因だったとも。
それからは学年が離れていることもあって再戦の機会は訪れず、去年の全中の後、山形瑞樹と試合をしたのが二度目の試合であり、シングルスとしては初めての試合だった。
そしてそれは――
初めて左利きの選手相手に、俺が、敗北を喫した瞬間でもあった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる