【本編完結】政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

七夜かなた

文字の大きさ
6 / 266
第一章

3

しおりを挟む
書き物机の引き出しに入っていた手紙の束は全部で五通。

同じ種類の封筒に同じ蝋で封印されている。

話したり聞いたりすることはできているが、書いたり読んだりすることは全くできなくなっていた。

だからこれを見つけてから中身は読んではいない。

それが誰からの手紙なのか、最近になってわかった。

「旦那様からのお手紙ですか?」

お茶が入った茶器を机に置いたマディソンが訊ねる。

「そうね……」

差出人はルイスレーン・リンドバルク。
戦場にいる夫から妻であるクリスティアーヌに送られた手紙。

結婚式の翌日、再び戦地に赴いた夫から届いた手紙。ひと月に一通。執事からの手紙の返信と共に送られてきたもの。

本来の封蝋は月桂樹と鹿の侯爵家の家紋だが、これは軍の検閲を終えた手紙であることを示す剣と盾の紋様で封印されている。

文字が読めない自分には窺い知ることはできないが、倒れる前のクリスティアーヌなら読めていた筈だ。

それが開封されていればである。

それは封印されたまま、一度も開けて読まれていなかった。

なぜ彼女は読まなかったのか。そして手紙を読まなければ返事も書けない。そしていつまでも届かない返事を、彼はどう思っているのだろう。

文字を覚えれば自分もいつかは読めるのだろうが、これは自分が読んでいいのだろうか。
少なくとも、これは記憶を失くす前のクリスティアーヌに届けられた手紙だ。
他人宛に届いた手紙を見るような罪悪感がある。

愛理だったとき、たまたま席を外していた夫が机の上に置いていた携帯が鳴り、画面に表示された発信者の名前が目に飛び込んできた。

表示された女性の名前。

それだけでも何故か悪いことをした気分になった。

ここには私の知らない夫と、妻であるクリスティアーヌとの夫婦らしい内容が書かれているのか。

「読み返されたら何か思い出されるかもしれませんよ」

それが未開封だと知らないマディソンが無邪気に言う。
彼女に悪気はないとわかっている。

「でも、今の私は文字が読めないから、読むのはもう少し先ね」

読むことに罪悪感もあり、また勇気もない私は文字が読めないことを言い訳にして、再び手紙を引き出しに戻す。

文字が読めるようになっても、はたして私に読むことができるだろうか。

私は怖いのだ。

記憶にない夫が何を思い、妻であるクリスティアーヌにこの手紙を書いたのか。
そこに一片の愛情があるのかないのか。

それを知るのが怖い。

しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...