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第六章
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会った回数はまだ数える程だったが、それでも今日の彼女が自分の知っていた彼女と明らかに違うことは感じた。
正確には突然送られてくるようになった彼女からの手紙を読んでから疑問に思い、殿下づてに聞いたお妃様たちの話からもその片鱗が見えていた。
そして今日、それがはっきりわかった。
あのデビューの日に体に合わないドレスを着て最初から最後まで壁の花だった彼女が気になったのは事実だが、驚いたことに、以前の彼女より今の彼女に好感を覚えている自分がいる。
「だが、その変化についてそなたらからは言えない。直接彼女から訊けと言うことだな」
「さようでございます。ですが…………」
「なんだ?申してみよ。どのようなことを言っても怒りはしない」
「いつ奥さまが旦那様にお話になるか、それは奥さまにお任せください」
「それまでは何も訊くなと?」
「はい。虫のいい話だと思われますでしょうが、奥さまがなぜ倒れられ以前のことをお忘れになったのかは、まだわかっておりません。奥さまご自身も今のところお心当たりはないようです。ですが今の奥さまを奥さまたらしめていることについては、恐らく旦那様にとっても俄には信じられないことかもしれません。それゆえに、奥さまが旦那様に打ち明けられるようになるには、お二人の間に今以上の信頼関係を築く必要があるかと………ご不快に思われるでしょうが……」
ダレクの言葉に彼女のことを彼らはここまで親身になっているのかと驚いた。
「つまりは、今はまだクリスティアーヌはそのことを話すほどには私を信頼していない。そう言うことか」
「申し訳ございません。私の勝手な憶測かもしれませんが」
「怒ってはいない……会った回数を考えればわかることだ」
悔しいが彼らには自分がいない間に彼女と過ごした時間がある。彼らは自分が思っていた以上に彼女を大事に思ってくれているようだ。
「私から……ひと言よろしいでしょうか?」
マリアンナが申し出る。
「なんだ?」
「もし、奥さまが旦那様に打ち明けられた話について、旦那様がすぐには信じれなかったとしても、どうか奥さまを信じて差し上げてください」
念を押す言い方に、それほどに彼女の話は荒唐無稽なことなのだろうか。
まったく想像できないだけに、不安と好奇心が混ざり合う。
「わかった。彼女が打ち明けてくれたなら、もちろん彼女の話を信じよう」
彼らが知っている彼女の秘密。他にも知っている者がいるかもしれない。
無理矢理にでも聞き出せば話してくれるかもしれないが、ダレクの言うとおりこれは自分と彼女で解決しなければならない。
「ところで、彼女はいつも何時に起きる?」
「大抵八時には」
「早いな」
ベイル氏の診療所に行く日はもっと早くに起きているのだろう。
「彼女に朝食の後、書斎に来るように伝えてくれ」
「畏まりました」
「今日はもういい。後は自分でできるから二人は下がりなさい」
「失礼いたします」
二人が出ていき部屋に一人きりになると、今日持ち帰った荷物の中から彼女からの手紙を取り出した。
靴を脱いで寝台に仰向けに横たわり、枕を立ててそこにもたれてひとつひとつ手紙を読み直す。
手紙を読んでいた時に感じた違和感。
今ならわかる。
自分が覚えていた彼女の様子と重ならなかったからだ。
今日の彼女ならこんな風に書くのも納得できた。
手紙を読み終え、灯りを落として真っ暗になった部屋で目を閉じる。
自分の腕に倒れこんだ彼女を抱き上げた時の重み。手を握った時の柔らかさ。一生懸命話をする生き生きとした表情。驚いた時の顔。一緒に踊ったダンス。
唇を寄せた時に触れた彼女の肌の感触。
全てが新鮮で輝いて見えた。
戦地から戻り暫くは休暇が貰える筈だ。
明日は祝宴、あさっては陛下の茶会と忙しいが、それが終わったら彼女との時間を過ごせる。
侯爵家の仕事もあるが、半日仕事をして半日彼女と過ごすのもいいかもしれない。
街へ買い物にでかけて、食事をしてもいい。以前部下が話していた植物園に行くのはどうだろう。馬に乗ってもいい。
その間に彼女に何があったのか話してくれるだろう。
色々考えを巡らせている内にいつしか眠りに落ちていた。
正確には突然送られてくるようになった彼女からの手紙を読んでから疑問に思い、殿下づてに聞いたお妃様たちの話からもその片鱗が見えていた。
そして今日、それがはっきりわかった。
あのデビューの日に体に合わないドレスを着て最初から最後まで壁の花だった彼女が気になったのは事実だが、驚いたことに、以前の彼女より今の彼女に好感を覚えている自分がいる。
「だが、その変化についてそなたらからは言えない。直接彼女から訊けと言うことだな」
「さようでございます。ですが…………」
「なんだ?申してみよ。どのようなことを言っても怒りはしない」
「いつ奥さまが旦那様にお話になるか、それは奥さまにお任せください」
「それまでは何も訊くなと?」
「はい。虫のいい話だと思われますでしょうが、奥さまがなぜ倒れられ以前のことをお忘れになったのかは、まだわかっておりません。奥さまご自身も今のところお心当たりはないようです。ですが今の奥さまを奥さまたらしめていることについては、恐らく旦那様にとっても俄には信じられないことかもしれません。それゆえに、奥さまが旦那様に打ち明けられるようになるには、お二人の間に今以上の信頼関係を築く必要があるかと………ご不快に思われるでしょうが……」
ダレクの言葉に彼女のことを彼らはここまで親身になっているのかと驚いた。
「つまりは、今はまだクリスティアーヌはそのことを話すほどには私を信頼していない。そう言うことか」
「申し訳ございません。私の勝手な憶測かもしれませんが」
「怒ってはいない……会った回数を考えればわかることだ」
悔しいが彼らには自分がいない間に彼女と過ごした時間がある。彼らは自分が思っていた以上に彼女を大事に思ってくれているようだ。
「私から……ひと言よろしいでしょうか?」
マリアンナが申し出る。
「なんだ?」
「もし、奥さまが旦那様に打ち明けられた話について、旦那様がすぐには信じれなかったとしても、どうか奥さまを信じて差し上げてください」
念を押す言い方に、それほどに彼女の話は荒唐無稽なことなのだろうか。
まったく想像できないだけに、不安と好奇心が混ざり合う。
「わかった。彼女が打ち明けてくれたなら、もちろん彼女の話を信じよう」
彼らが知っている彼女の秘密。他にも知っている者がいるかもしれない。
無理矢理にでも聞き出せば話してくれるかもしれないが、ダレクの言うとおりこれは自分と彼女で解決しなければならない。
「ところで、彼女はいつも何時に起きる?」
「大抵八時には」
「早いな」
ベイル氏の診療所に行く日はもっと早くに起きているのだろう。
「彼女に朝食の後、書斎に来るように伝えてくれ」
「畏まりました」
「今日はもういい。後は自分でできるから二人は下がりなさい」
「失礼いたします」
二人が出ていき部屋に一人きりになると、今日持ち帰った荷物の中から彼女からの手紙を取り出した。
靴を脱いで寝台に仰向けに横たわり、枕を立ててそこにもたれてひとつひとつ手紙を読み直す。
手紙を読んでいた時に感じた違和感。
今ならわかる。
自分が覚えていた彼女の様子と重ならなかったからだ。
今日の彼女ならこんな風に書くのも納得できた。
手紙を読み終え、灯りを落として真っ暗になった部屋で目を閉じる。
自分の腕に倒れこんだ彼女を抱き上げた時の重み。手を握った時の柔らかさ。一生懸命話をする生き生きとした表情。驚いた時の顔。一緒に踊ったダンス。
唇を寄せた時に触れた彼女の肌の感触。
全てが新鮮で輝いて見えた。
戦地から戻り暫くは休暇が貰える筈だ。
明日は祝宴、あさっては陛下の茶会と忙しいが、それが終わったら彼女との時間を過ごせる。
侯爵家の仕事もあるが、半日仕事をして半日彼女と過ごすのもいいかもしれない。
街へ買い物にでかけて、食事をしてもいい。以前部下が話していた植物園に行くのはどうだろう。馬に乗ってもいい。
その間に彼女に何があったのか話してくれるだろう。
色々考えを巡らせている内にいつしか眠りに落ちていた。
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