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第八章
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彼が食べてくれるかわからないので、ビスコッティは五本用意していた。
瞬く間に四本を平らげ、お茶も二杯お代わりする。
お茶を飲みながらその様子を微笑ましく眺めていると、最後の一本を口にした彼があっと言う顔をする。
「しまった」
「どうされましたか?」
「うっかり全部食べてしまうところだった」
「構いません。どうぞお食べください。そんなにおいしく食べていただいて作った甲斐があります」
「いや、しかし」
「遠慮なさらず。ルイスレーン様の食べっぷりは見ていてとても楽しいですわ。それほどがつがつされていないのに、あっという間にお皿が空になるのですもの」
「……短時間で食べる癖がついているのだ。そんな風に見ていたのか」
何やらもじもじと手元のビスコッティを両手で弄ぶ。人の食べ方にとやかく言うのは気に入らなかったのだろうか。
「しかし、やはり申し訳ない」
パキリと半分にビスコッティを折り、片方を私に差し出す。
「口をつけてしまったから。半分ずつで申し訳ない」
は、半分こ。
思わず口に出しそうになって言葉を飲み込む。
誰かと……夫と何かを分け合うことなど初めてだったから驚いた。
「半分ではイヤか……しかしひと口食べてしまった」
「いえ、それで結構です」
差し出された分を受け取り、それをぱくりと噛った。
「あ!」
「どうした……」
「いえ、何でも………」
慌てていて思わずそのままかぶり付いてしまったが、淑女なら更にひと口大に割って食べるべきだったことに気が付いた。
「一緒に食べるとおいしいですわね」
ルイスレーン様は気が付いていないようなので、笑って誤魔化した。
「一緒に………そうだな。軍では分け合うのが当たり前だが……夜営の時などは身分など関係なく、殿下も同じ焚き火を囲んで食べていたが…そうか……」
二人で分け合ったビスコッティを食べ終わると、私は気になっていたことを訊ねた。
「お仕事、大変なのですか?」
「ああ、王都のこの邸のことはそれほどではないが、領地は色々と……近い内に様子を見に行く必要があるだろうが、今はまだここでの仕事があるからもう少し先になるだろう」
「ご領地はどのような所なのですか?」
貴族が地方に領地を持っていることは知っているし、フォルトナー先生の授業で国内の地理について勉強していたので、単純に興味があって訊ねた。
「確か、ここから南の方だと先生からお聞きしました」
「レーヴェリードという所で大小の湖がいくつかあって、緑豊かな所だ。そのうち連れていこう。いずれ時間を取るので、それまで我慢してくれ」
申し訳なさそうに言われて、ねだったように思われたのだと思い慌てた。
「いえ、ねだったわけでは……」
「いや、あなたは侯爵夫人なのだ。私の妻となったからには私の全てを見て欲しい。秋から冬にかけてが美しいのだ。その頃に連れていきたい」
今は夏になろうとしているところだ。
夏を越えて秋はすぐのようでいて遠い。
「楽しみにしています」
領地に連れていくと約束してもらえたのは純粋に嬉しかった。
「モンドリオール子爵のことだが、彼は何と言っていた?」
子爵家のことを訊ねようと思ったが、どう切り出していいのか迷っていると、彼の方から訊いてきた。
私はルイスレーン様のいない間に叔父が訪問することも手紙の受け取りも拒否していたことを恨みに思っていて、それがクリスティアーヌのせいだと言ったこと、結納金も出さなかったことについて私を責めたこと、そして一ヶ月の内にルイスレーン様と会わせろと言ったこととなどを話した。
彼が姪を誰かの妾として売ろうとしたことや、腕を掴まれて痣になっていることは言うべきか迷い、先に彼の話を聞いてから考えようと思った。
「……やつもなりふり構っていられないということか……私のいない所であなたと会うなと言っていたのに」
苦々しく彼は言い、私を安心させようとしたのか微笑む。
「あなたが心配することは何もない。彼の相手は私がするから」
「あの、どうしてモンドリオール子爵との接触を断ったのですか?確かに聞いていた話や、夜会で会った時の様子から良い関係だったとは思えませんが、私は叔父である子爵のことについて、何か言っていたということはないのですか?」
彼が子爵との接触を禁じていたのは、子爵が言うようにクリスティアーヌが何か彼についてルイスレーン様に言ったという可能性はある。
「いや、あなたの口から彼のことで何かを聞いたことはない。結婚式に彼を呼ばないことをあなたに伝えたら、あなたほっとしたように頷いたので、あなたもいやだったとだと思ったが、あなたの口からはっきり何かを聞いたわけではない」
「それでは、何故?」
「それが陛下の条件だったからだ」
「陛下の?」
国王陛下の指示だったとは思わなかった。この結婚自体が陛下からの提案だから可能性としてはゼロではないことだが。
「クリスティアーヌと彼を引き離すべきだと言う意見は私も賛成だった。私が聞いた彼の評判は、あまりいいものではなかったからな。恐らく陛下の耳にも入っていたのだろうと思う。とにかく、今日陛下にそのことについて話してみよう」
瞬く間に四本を平らげ、お茶も二杯お代わりする。
お茶を飲みながらその様子を微笑ましく眺めていると、最後の一本を口にした彼があっと言う顔をする。
「しまった」
「どうされましたか?」
「うっかり全部食べてしまうところだった」
「構いません。どうぞお食べください。そんなにおいしく食べていただいて作った甲斐があります」
「いや、しかし」
「遠慮なさらず。ルイスレーン様の食べっぷりは見ていてとても楽しいですわ。それほどがつがつされていないのに、あっという間にお皿が空になるのですもの」
「……短時間で食べる癖がついているのだ。そんな風に見ていたのか」
何やらもじもじと手元のビスコッティを両手で弄ぶ。人の食べ方にとやかく言うのは気に入らなかったのだろうか。
「しかし、やはり申し訳ない」
パキリと半分にビスコッティを折り、片方を私に差し出す。
「口をつけてしまったから。半分ずつで申し訳ない」
は、半分こ。
思わず口に出しそうになって言葉を飲み込む。
誰かと……夫と何かを分け合うことなど初めてだったから驚いた。
「半分ではイヤか……しかしひと口食べてしまった」
「いえ、それで結構です」
差し出された分を受け取り、それをぱくりと噛った。
「あ!」
「どうした……」
「いえ、何でも………」
慌てていて思わずそのままかぶり付いてしまったが、淑女なら更にひと口大に割って食べるべきだったことに気が付いた。
「一緒に食べるとおいしいですわね」
ルイスレーン様は気が付いていないようなので、笑って誤魔化した。
「一緒に………そうだな。軍では分け合うのが当たり前だが……夜営の時などは身分など関係なく、殿下も同じ焚き火を囲んで食べていたが…そうか……」
二人で分け合ったビスコッティを食べ終わると、私は気になっていたことを訊ねた。
「お仕事、大変なのですか?」
「ああ、王都のこの邸のことはそれほどではないが、領地は色々と……近い内に様子を見に行く必要があるだろうが、今はまだここでの仕事があるからもう少し先になるだろう」
「ご領地はどのような所なのですか?」
貴族が地方に領地を持っていることは知っているし、フォルトナー先生の授業で国内の地理について勉強していたので、単純に興味があって訊ねた。
「確か、ここから南の方だと先生からお聞きしました」
「レーヴェリードという所で大小の湖がいくつかあって、緑豊かな所だ。そのうち連れていこう。いずれ時間を取るので、それまで我慢してくれ」
申し訳なさそうに言われて、ねだったように思われたのだと思い慌てた。
「いえ、ねだったわけでは……」
「いや、あなたは侯爵夫人なのだ。私の妻となったからには私の全てを見て欲しい。秋から冬にかけてが美しいのだ。その頃に連れていきたい」
今は夏になろうとしているところだ。
夏を越えて秋はすぐのようでいて遠い。
「楽しみにしています」
領地に連れていくと約束してもらえたのは純粋に嬉しかった。
「モンドリオール子爵のことだが、彼は何と言っていた?」
子爵家のことを訊ねようと思ったが、どう切り出していいのか迷っていると、彼の方から訊いてきた。
私はルイスレーン様のいない間に叔父が訪問することも手紙の受け取りも拒否していたことを恨みに思っていて、それがクリスティアーヌのせいだと言ったこと、結納金も出さなかったことについて私を責めたこと、そして一ヶ月の内にルイスレーン様と会わせろと言ったこととなどを話した。
彼が姪を誰かの妾として売ろうとしたことや、腕を掴まれて痣になっていることは言うべきか迷い、先に彼の話を聞いてから考えようと思った。
「……やつもなりふり構っていられないということか……私のいない所であなたと会うなと言っていたのに」
苦々しく彼は言い、私を安心させようとしたのか微笑む。
「あなたが心配することは何もない。彼の相手は私がするから」
「あの、どうしてモンドリオール子爵との接触を断ったのですか?確かに聞いていた話や、夜会で会った時の様子から良い関係だったとは思えませんが、私は叔父である子爵のことについて、何か言っていたということはないのですか?」
彼が子爵との接触を禁じていたのは、子爵が言うようにクリスティアーヌが何か彼についてルイスレーン様に言ったという可能性はある。
「いや、あなたの口から彼のことで何かを聞いたことはない。結婚式に彼を呼ばないことをあなたに伝えたら、あなたほっとしたように頷いたので、あなたもいやだったとだと思ったが、あなたの口からはっきり何かを聞いたわけではない」
「それでは、何故?」
「それが陛下の条件だったからだ」
「陛下の?」
国王陛下の指示だったとは思わなかった。この結婚自体が陛下からの提案だから可能性としてはゼロではないことだが。
「クリスティアーヌと彼を引き離すべきだと言う意見は私も賛成だった。私が聞いた彼の評判は、あまりいいものではなかったからな。恐らく陛下の耳にも入っていたのだろうと思う。とにかく、今日陛下にそのことについて話してみよう」
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