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第八章
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初夏の陽射しが眩しい王宮の庭園。
ルイスレーン様と二人で訪れると、既にそこには陛下が待ち構えていた。
庭園の一角に設けられたガゼボで、本当に三人だけの小さなお茶会だった。
「本日はご招待いただき……」
「堅苦しい挨拶はいらん。とにかく早く座りなさい」
二人で畏まって挨拶をしようとすると、陛下に早々に遮られてしまい、互いに顔を見合せた。
「おっしゃるとおりにしよう」
ルイスレーン様が苦笑混じりに言い、私のために引いてくれた椅子に座る。
隣にルイスレーン様が座るとすかさずお茶がカップに注がれた。
結局あの後、そろそろ身支度をしなければいう時間になり、誰かの妾にしようとしたことも痣のことも話せていない。
彼のことで陛下と話すことがあったとしても、その二つは陛下の前で話すべきではないだろう。また邸に戻ってからでも話そうと考えた。
「これはエレノアの実家から贈られたお茶だ。最近はこれが余のお気に入りでな。是非二人に振る舞いたかった」
澄んだ琥珀色のお茶はとても香り高く、見るからに貴重なものだとわかる。
こんないいお茶に自分の焼いたケーキを合わせることがとても気が引け、用意していたケーキをこのまま黙って持ち帰ろうと思った。
「実は手土産があるのです。お菓子なのですが、今日のお茶請けに」
「!!」
ケーキをそっと後ろに隠そうとした私の意図を無視してルイスレーン様が陛下に喋ってしまった。
「ほう、それはわざわざ申し訳ない。何かな」
社交辞令なのか期待した陛下の言葉に後に引けず、ラッピングしたケーキを前に差し出した。
どうしてケーキを焼こうなんて思ったのだろう。ポトラックパーティーの感覚でやってしまった。
ちょうどいい大きさの箱がなかったので、茶色い紙で包み十字にリボンをかけてある。
「本当に、本当につまらないものです。お気に召さなければ……」
ここら辺は日本人気質が出てしまう。
「せっかく持ってきてもらったものだ。頂こう」
陛下が合図すると女官がそれを受け取り、さっと切り分けて皿に盛ってきてくれた。
「お召し上がりになられても大丈夫かと思います」
「わかった」
皿を置いた女官が言ったことに陛下が答えた。
「持ってきてくれた者の前で申し訳ないが、これも決まりなのでな。確認させてもらった」
「いえ、当然のことです。気にしておりません」
陛下の言葉の意味を理解したルイスレーン様が答える。
「陛下に召し上がって頂くものだ。毒が入っていないか確認されたのだ」
「あ……」
ルイスレーン様が私に説明してくれた。
「すいません……思い至らず」
国王に食べ物を持ってくるということはそう言うことなのだと知り、浅はかだったと謝った。
「疑ってはおらんよ。これも彼らの仕事だからな。ところでこれは酒が入っているのか?」
一人分に切り分けられ横向きに皿に置かれたケーキから微かに香る匂いに陛下が気付いた。
「はい……お好きかどうかわかりませんでしたので、控えめにはしましたが」
「した……とは?これを作ったのは」
「彼女です」
「なんと……そなたが自分で……信じられんな」
話を聞いて陛下がじっくりとケーキを見つめる。
「お茶に酒を少し入れて飲むこともあるから、菓子に入っているのも良いかも知れないな。どれ、頂こう。そなたらも食べなさい」
「では、お言葉に甘えて」
ケーキにフォークを入れて陛下とルイスレーン様がほぼ同時に口に運んだ。
「ほほう……甘さの中に酒の豊潤な香り……フルーツの食感と生地の柔らかさ……なかなかの腕前だな」
「これは……菓子というのは子どもや女性のためにあるものだと思っていましたが、甘いものが苦手な私でも充分美味しい」
そう言って二人はふた口目を口に入れる。
「朝のビスコッティも美味しかったが、こちらはしっとりしていてまた違った食感だな」
「ビスコッティ……それは何だ?」
国王陛下が初めて聞いた名前に興味津々に訊ねる。
「あの、少し固めに焼いたクッキーのようなもので」
「それも彼女が作ったのです。木の実が入っていて、飲み物に少し浸して柔らかくして食べても美味しかった」
「思い付きで作ったのですが、そんなに気に入ってもらえたとは思いませんでした。甘いものがあまりお好みでないと言うので……このケーキもお口に合ったのなら……お世辞でも嬉しいです」
「世辞など……本当のことを言っている」
「フフフ」
いきなり国王陛下が可笑しそうに笑った。
「陛下?」
二人で陛下の方を見る。何かおかしなことを言っただろうか。
「クリスティアーヌは少し前のことは忘れていても、何とかやっているようだな。二人で上手くやっているか心配していたが、リンドバルク卿の好みを考慮したり、卿もすっかり胃袋を掴まれてしまっているのではないか」
「そ、そのような」
陛下の言葉にルイスレーン様の顔に明らかに動揺が見えた。
「いえ……私は……同じ食べるならお好きなものをと……」
陛下に指摘され私も照れて俯く。膝の上に置いた手でスカートを握りしめる。
そんな私たちの様子を見て陛下もますます笑顔になられた。
ルイスレーン様と二人で訪れると、既にそこには陛下が待ち構えていた。
庭園の一角に設けられたガゼボで、本当に三人だけの小さなお茶会だった。
「本日はご招待いただき……」
「堅苦しい挨拶はいらん。とにかく早く座りなさい」
二人で畏まって挨拶をしようとすると、陛下に早々に遮られてしまい、互いに顔を見合せた。
「おっしゃるとおりにしよう」
ルイスレーン様が苦笑混じりに言い、私のために引いてくれた椅子に座る。
隣にルイスレーン様が座るとすかさずお茶がカップに注がれた。
結局あの後、そろそろ身支度をしなければいう時間になり、誰かの妾にしようとしたことも痣のことも話せていない。
彼のことで陛下と話すことがあったとしても、その二つは陛下の前で話すべきではないだろう。また邸に戻ってからでも話そうと考えた。
「これはエレノアの実家から贈られたお茶だ。最近はこれが余のお気に入りでな。是非二人に振る舞いたかった」
澄んだ琥珀色のお茶はとても香り高く、見るからに貴重なものだとわかる。
こんないいお茶に自分の焼いたケーキを合わせることがとても気が引け、用意していたケーキをこのまま黙って持ち帰ろうと思った。
「実は手土産があるのです。お菓子なのですが、今日のお茶請けに」
「!!」
ケーキをそっと後ろに隠そうとした私の意図を無視してルイスレーン様が陛下に喋ってしまった。
「ほう、それはわざわざ申し訳ない。何かな」
社交辞令なのか期待した陛下の言葉に後に引けず、ラッピングしたケーキを前に差し出した。
どうしてケーキを焼こうなんて思ったのだろう。ポトラックパーティーの感覚でやってしまった。
ちょうどいい大きさの箱がなかったので、茶色い紙で包み十字にリボンをかけてある。
「本当に、本当につまらないものです。お気に召さなければ……」
ここら辺は日本人気質が出てしまう。
「せっかく持ってきてもらったものだ。頂こう」
陛下が合図すると女官がそれを受け取り、さっと切り分けて皿に盛ってきてくれた。
「お召し上がりになられても大丈夫かと思います」
「わかった」
皿を置いた女官が言ったことに陛下が答えた。
「持ってきてくれた者の前で申し訳ないが、これも決まりなのでな。確認させてもらった」
「いえ、当然のことです。気にしておりません」
陛下の言葉の意味を理解したルイスレーン様が答える。
「陛下に召し上がって頂くものだ。毒が入っていないか確認されたのだ」
「あ……」
ルイスレーン様が私に説明してくれた。
「すいません……思い至らず」
国王に食べ物を持ってくるということはそう言うことなのだと知り、浅はかだったと謝った。
「疑ってはおらんよ。これも彼らの仕事だからな。ところでこれは酒が入っているのか?」
一人分に切り分けられ横向きに皿に置かれたケーキから微かに香る匂いに陛下が気付いた。
「はい……お好きかどうかわかりませんでしたので、控えめにはしましたが」
「した……とは?これを作ったのは」
「彼女です」
「なんと……そなたが自分で……信じられんな」
話を聞いて陛下がじっくりとケーキを見つめる。
「お茶に酒を少し入れて飲むこともあるから、菓子に入っているのも良いかも知れないな。どれ、頂こう。そなたらも食べなさい」
「では、お言葉に甘えて」
ケーキにフォークを入れて陛下とルイスレーン様がほぼ同時に口に運んだ。
「ほほう……甘さの中に酒の豊潤な香り……フルーツの食感と生地の柔らかさ……なかなかの腕前だな」
「これは……菓子というのは子どもや女性のためにあるものだと思っていましたが、甘いものが苦手な私でも充分美味しい」
そう言って二人はふた口目を口に入れる。
「朝のビスコッティも美味しかったが、こちらはしっとりしていてまた違った食感だな」
「ビスコッティ……それは何だ?」
国王陛下が初めて聞いた名前に興味津々に訊ねる。
「あの、少し固めに焼いたクッキーのようなもので」
「それも彼女が作ったのです。木の実が入っていて、飲み物に少し浸して柔らかくして食べても美味しかった」
「思い付きで作ったのですが、そんなに気に入ってもらえたとは思いませんでした。甘いものがあまりお好みでないと言うので……このケーキもお口に合ったのなら……お世辞でも嬉しいです」
「世辞など……本当のことを言っている」
「フフフ」
いきなり国王陛下が可笑しそうに笑った。
「陛下?」
二人で陛下の方を見る。何かおかしなことを言っただろうか。
「クリスティアーヌは少し前のことは忘れていても、何とかやっているようだな。二人で上手くやっているか心配していたが、リンドバルク卿の好みを考慮したり、卿もすっかり胃袋を掴まれてしまっているのではないか」
「そ、そのような」
陛下の言葉にルイスレーン様の顔に明らかに動揺が見えた。
「いえ……私は……同じ食べるならお好きなものをと……」
陛下に指摘され私も照れて俯く。膝の上に置いた手でスカートを握りしめる。
そんな私たちの様子を見て陛下もますます笑顔になられた。
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