【本編完結】政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

七夜かなた

文字の大きさ
144 / 266
第十章

17

しおりを挟む
その日もルイスレーンは夜中過ぎまで帰ってこなかった。

お茶を飲むと一度は眠りにつくが、また夢を見た。母と二人で別宅に移り住む頃の夢を。この前陛下から返していただいた手紙のせいかもしれない。
父が亡くなってから古参の使用人たちは次々と暇を出された。それは叔父のやり方に意見したこともある。中には退職金さえもらえなかった人もいた。

「奥様、お嬢さま、お名残おしゅうございますが、お元気で」
「ミラも……何も出来なくてごめんなさい」

彼女はカディルフ伯爵家……母の実家が没落した時に雇い入れた使用人で私には祖母のような人だった。

「行くあてはあるの?」
「はい。息子が……カディルフ伯爵家の領地だった村で鍛治屋をやっております。最近三人目の孫が生まれましたから、一緒に住んで世話をしてくれと言っております」
「それを聞いていくらか安心したわ……これ、大したものではないけど」

母は小さな革袋を渡した。

「お、奥様……これは」
「私が持っていても仕方ないものだから」
「い、頂けません……」
「お願い、そんなことを言わずに……」

中を見て彼女は驚いた。何が入っているのかわからなかったが、その表情からそれが母の大事なものだとわかる。何度かやりとりをして最後にはミラが折れた。

「わかりました。これはお預かりします。奥様もお嬢さまもお達者で」

そうしてミラは子爵邸を後にした。

彼女が暇を出されてから暫くして、私も母とともに叔父の奥さんになる人が用意した別宅へ引っ越した。
平民出身の彼女が生まれも育ちも貴族の母と色々と比べられるのを嫌がったからだ。
持ち物は僅かな衣服と身の回りの品だけ。

はっと目が覚めて、日が登りかける頃だった。起き上がって慌てて扉を開けると、丁度階下で「いってらっしゃいませ」と見送る声が聞こえた。今日は間に合わなかったようだ。

その日の午後、、私はカレンデュラ侯爵家へ向かった。
カレンデュラ侯爵夫人の茶会は質素とは無縁の豪華なものだった。

王宮の茶会はシンプルだが品の良さが際立っていたが、やはりそこは取り仕切る人のセンスなのだろう。

「お招きありがとうございます」

侯爵家の使用人に案内されたサロンでは、すでにマリアーサ様とフランチェスカ様がいらっしゃった。

「遅れて申し訳ございません」

筆頭侯爵家の二人を待たせてしまったことに驚いて謝った。指定された時刻よりは早いが、もっと早く来るべきだった。

「大丈夫。私が早く来すぎただけだから」

フランチェスカ様が気にしないでと言う。

「そうよぉ、クリスティアーヌちゃん、この人毎朝鍛練で朝が早いの。いっつも早く来すぎるから、出迎えもしないの」

「クリスティアーヌ……ちゃん?」

気さくな方とは聞いていたが、二回目で「ちゃん」呼びに驚いた。

「ごめんなさい。人妻に失礼だったかしら、でも私の妹みたいなお年だし……」
「いえ、お好きに呼んでください」
「じゃあ、クリスティアーヌちゃんで……私のことはマリアーサお姉さまと呼んでちょうだい」
「なら私もクリスティアーヌちゃんで……私のこともフランチェスカお姉さまと呼んで下さい。男兄弟ばかりで妹が欲しかったんだ。義理の妹はお妃だし、呼べないだろう」
「さすがにそれは……」

色っぽいマリアーサ様、さばさばしたフランチェスカ様お二人をお姉さま呼びなんて、どこかの扉を開けてしまいそうになる。

「いきなりは無理かしらね……残念だけど今日は無理にとは言わないけど、次に会うときまで練習しておいて」
「私たちをそう呼べば、夜会でもいくらか牽制になるから、慣れておいた方がいい」

フランチェスカ様の言葉に、そう言う意味もあるんだと気遣ってくれていることに胸が熱くなった。

「さあ、こっちに来て座って。今日は堅苦しいことはなし、楽しくおしゃべりしましょう」

マリアーサ様が自分の隣に手招きしてくれ、戸惑いながら近づき腰かけた。

「その後侯爵はどうされているの?」

フランチェスカ様に訊ねられる。

「ここ二日ほどは朝早くに出て帰宅は夜中というのが続いています」

「まあ、そうなの……仕事熱心なのはいいけど、やっと帰ってきたのに根を詰めすぎではなくて?」

「でもお仕事なので…仕事のことで口を出されるのを好まない方も多いですから」

「そういう人もいるのは確かだ。夜会でも言ったが、理解あるようにしていると男性はそれでいいんだと思ってしまう。嫌なら嫌と言った方がいい」

フランチェスカ様の言葉にマリアーサ様も頷く。

「そうね、こういうのは初めが肝心。罪滅ぼしに何か買って貰いなさい」
「でも、ドレスも宝飾品も十分ありますし、特に欲しいものは……」
「そんなのは分かっているわ。本当に欲しいものというのではなく、要は気持ちよ。記念に買って貰えばいいの」
「でも、物を買えばいつでも何でも許して貰えると思わせたらだめだ。時にはお仕置きも必要だ」
「お、お仕置き?」

しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...