【本編完結】政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

七夜かなた

文字の大きさ
187 / 266
第十三章

8

しおりを挟む
本当に何もしないの?そんなのでいいの?

訊いてみたいが、そんなことを言えばきっと怒られる。

ああ、彼にとってもこれは無理矢理の結婚なんだ。私は仮初めの妻としての価値もない。



今日一日頭の中で聞こえた誰かの声が…もう一人の私の声と、今の自分の気持ちが一致する。

誰か……私を一人にしないで……誰でもいい……私を必要としてくれるなら……誰か私を愛して……

力強い腕が私を抱き締める。温かい……ああ、私が欲しかったのはこの温かさだ。繭のように私を包みこむ。ずっとここにいたい。

「アイリ………」

アイリって?私はクリスティアーヌよ。アイリって誰?でもとても懐かしい名前。

「クリスティアーヌ」

違うと首を振ると、同じ声が今度は私の名前を呼ぶ。
名前なんてどちらでもいい。この人に呼ばれるならどんな名前でもいい。
耳に心地よくて、ずっと聞いていたくなる。どこかで聞いた声。

瞼が重くて目が開けられない。包み込む腕にすがり付く。
まるで壊れ物を扱うようにそっとこめかみに手を触れて、優しく頬を包みこんだ。

ゆっくりと目を開けると青と黄色の入り交じった瞳が覗き込む。

「クリスティアーヌ………?」

彼は目が落ち窪みとても疲れて見える。どうしてそんなにやつれているの?
それでも男前なのは変わらないけど。
なぜかとても懐かしい。この人のことをどうして忘れていたのだろう。

「ルイス………レーン?」

まだぼうっとしている頭で自分に何があったか考える。

「ああ、クリスティアーヌ………」

「ル、ルイスレーン!」

彼の目から涙が流れた。泣いている男の人の顔を初めて見てびっくりした。

「ああ……もう二度と…君に名前を呼んでもらえないのかと……ああ」

「ル、ルイスレーン………な、えっと」

ぎゅっと抱き締められる。

「どこか痛い所はないか?苦しくは?」

「えっと……今が苦しい……緩めて」

「す、すまない……これでいいか?」

抱き締めていた力を緩め、再び私の顔を覗き込む。睫毛に水滴が残っているのを掬う。男性の涙がこんなに綺麗なものとは思わなかった。

「あの………」ぐううう……

「………あの、こ、これは……」

静かな空間でお腹が鳴る音が響く。羞恥に顔を赤らめるとルイスレーンがくすりと笑った。

とても自然なその笑顔を見て胸が高鳴る。

「恥ずかしがることはない。お腹が鳴るということはちゃんと活動しているということだ。何しろ君はひと月も昏睡状態だったんだから」
「ひ、ひと月?……私……あの時あなたが、助けに来てくれて……後から来るって……」

そこからあまり記憶が定かではない。ルイスレーンが出ていって、ケイトリンが来て……

「ごめんなさい…私……扉を開けずに待てと言われていたのに……言われたとおりにしなかった……私……」

「謝らなくていい。私こそすまない……あの時一緒に連れ出していればと、ずっと後悔していた。それよりお腹が空いたなら何か持ってこさせよう。スベンもすぐに来てもらう」

傍らの机に置かれたベルを鳴らすと、すぐにマディソンが走ってきた。

「旦那様、お呼びですか………奥様……!」

入ってきたマディソンがルイスレーンに凭れかかる私を見て驚いて駆け寄ってきた。

「マディソン……えっと………おはよう?」

「ああ……奥様……良かった……本当に……もう、二度と目を覚まさないかと……昼も夜も旦那様が片時も付き添われて……」
「え……」

驚いて彼を見上げる。そんなにつきっきりで?
マディソンに余計なことをという顔をしながら、ルイスレーンがため息を吐く。

「お仕事は?」

「書類仕事ならここでもできる。軍には長期休暇を願い出ているから大丈夫だ。気にすることはない。私がしたくてしている。マディソン、彼女に何か食べるものを持ってきてくれ。スープと、フルーツのジュースと………何か甘いものを」
「はい、畏まりました」
「それからスベン先生を呼んで欲しい」

不安そうに見上げる私の額に唇を付けて、マディソンに指示を伝える。彼女は喜び勇んで出ていった。

「ごめんなさい……私……またあなたに迷惑を……ん、んん」

彼の目の下にある隈と妙にやつれた感じの理由がわかり、謝ろうとする口を彼の口が塞いだ。

長い間寝ていたからか唇がかさついているのではと心配になったが、彼は角度を変えて私の唇を覆い、生気を与えるかのように息を吹き込む。

「あ……ん……」

枕に頭を押し付けられ、彼の口づけと愛撫に翻弄される。

「私がしたくてしていると言っている。誰に強要されたのでもない。だから申し訳ないなどと言うな」

ようやく唇から離れ、額に額を擦り付けて切なげに言う。

「はい……」

彼の首に腕を回して抱きついて言った。

「ありがとう……大好き」

そう言うと、彼が少し驚いたように身動いだが、すぐに私を抱き締め返した。

「愛している」
しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

処理中です...