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第十三章
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本当に何もしないの?そんなのでいいの?
訊いてみたいが、そんなことを言えばきっと怒られる。
ああ、彼にとってもこれは無理矢理の結婚なんだ。私は仮初めの妻としての価値もない。
きっとこの人も他に愛する人がいるんだ
今日一日頭の中で聞こえた誰かの声が…もう一人の私の声と、今の自分の気持ちが一致する。
誰か……私を一人にしないで……誰でもいい……私を必要としてくれるなら……誰か私を愛して……
力強い腕が私を抱き締める。温かい……ああ、私が欲しかったのはこの温かさだ。繭のように私を包みこむ。ずっとここにいたい。
「アイリ………」
アイリって?私はクリスティアーヌよ。アイリって誰?でもとても懐かしい名前。
「クリスティアーヌ」
違うと首を振ると、同じ声が今度は私の名前を呼ぶ。
名前なんてどちらでもいい。この人に呼ばれるならどんな名前でもいい。
耳に心地よくて、ずっと聞いていたくなる。どこかで聞いた声。
瞼が重くて目が開けられない。包み込む腕にすがり付く。
まるで壊れ物を扱うようにそっとこめかみに手を触れて、優しく頬を包みこんだ。
ゆっくりと目を開けると青と黄色の入り交じった瞳が覗き込む。
「クリスティアーヌ………?」
彼は目が落ち窪みとても疲れて見える。どうしてそんなにやつれているの?
それでも男前なのは変わらないけど。
なぜかとても懐かしい。この人のことをどうして忘れていたのだろう。
「ルイス………レーン?」
まだぼうっとしている頭で自分に何があったか考える。
「ああ、クリスティアーヌ………」
「ル、ルイスレーン!」
彼の目から涙が流れた。泣いている男の人の顔を初めて見てびっくりした。
「ああ……もう二度と…君に名前を呼んでもらえないのかと……ああ」
「ル、ルイスレーン………な、えっと」
ぎゅっと抱き締められる。
「どこか痛い所はないか?苦しくは?」
「えっと……今が苦しい……緩めて」
「す、すまない……これでいいか?」
抱き締めていた力を緩め、再び私の顔を覗き込む。睫毛に水滴が残っているのを掬う。男性の涙がこんなに綺麗なものとは思わなかった。
「あの………」ぐううう……
「………あの、こ、これは……」
静かな空間でお腹が鳴る音が響く。羞恥に顔を赤らめるとルイスレーンがくすりと笑った。
とても自然なその笑顔を見て胸が高鳴る。
「恥ずかしがることはない。お腹が鳴るということはちゃんと活動しているということだ。何しろ君はひと月も昏睡状態だったんだから」
「ひ、ひと月?……私……あの時あなたが、助けに来てくれて……後から来るって……」
そこからあまり記憶が定かではない。ルイスレーンが出ていって、ケイトリンが来て……
「ごめんなさい…私……扉を開けずに待てと言われていたのに……言われたとおりにしなかった……私……」
「謝らなくていい。私こそすまない……あの時一緒に連れ出していればと、ずっと後悔していた。それよりお腹が空いたなら何か持ってこさせよう。スベンもすぐに来てもらう」
傍らの机に置かれたベルを鳴らすと、すぐにマディソンが走ってきた。
「旦那様、お呼びですか………奥様……!」
入ってきたマディソンがルイスレーンに凭れかかる私を見て驚いて駆け寄ってきた。
「マディソン……えっと………おはよう?」
「ああ……奥様……良かった……本当に……もう、二度と目を覚まさないかと……昼も夜も旦那様が片時も付き添われて……」
「え……」
驚いて彼を見上げる。そんなにつきっきりで?
マディソンに余計なことをという顔をしながら、ルイスレーンがため息を吐く。
「お仕事は?」
「書類仕事ならここでもできる。軍には長期休暇を願い出ているから大丈夫だ。気にすることはない。私がしたくてしている。マディソン、彼女に何か食べるものを持ってきてくれ。スープと、フルーツのジュースと………何か甘いものを」
「はい、畏まりました」
「それからスベン先生を呼んで欲しい」
不安そうに見上げる私の額に唇を付けて、マディソンに指示を伝える。彼女は喜び勇んで出ていった。
「ごめんなさい……私……またあなたに迷惑を……ん、んん」
彼の目の下にある隈と妙にやつれた感じの理由がわかり、謝ろうとする口を彼の口が塞いだ。
長い間寝ていたからか唇がかさついているのではと心配になったが、彼は角度を変えて私の唇を覆い、生気を与えるかのように息を吹き込む。
「あ……ん……」
枕に頭を押し付けられ、彼の口づけと愛撫に翻弄される。
「私がしたくてしていると言っている。誰に強要されたのでもない。だから申し訳ないなどと言うな」
ようやく唇から離れ、額に額を擦り付けて切なげに言う。
「はい……」
彼の首に腕を回して抱きついて言った。
「ありがとう……大好き」
そう言うと、彼が少し驚いたように身動いだが、すぐに私を抱き締め返した。
「愛している」
訊いてみたいが、そんなことを言えばきっと怒られる。
ああ、彼にとってもこれは無理矢理の結婚なんだ。私は仮初めの妻としての価値もない。
きっとこの人も他に愛する人がいるんだ
今日一日頭の中で聞こえた誰かの声が…もう一人の私の声と、今の自分の気持ちが一致する。
誰か……私を一人にしないで……誰でもいい……私を必要としてくれるなら……誰か私を愛して……
力強い腕が私を抱き締める。温かい……ああ、私が欲しかったのはこの温かさだ。繭のように私を包みこむ。ずっとここにいたい。
「アイリ………」
アイリって?私はクリスティアーヌよ。アイリって誰?でもとても懐かしい名前。
「クリスティアーヌ」
違うと首を振ると、同じ声が今度は私の名前を呼ぶ。
名前なんてどちらでもいい。この人に呼ばれるならどんな名前でもいい。
耳に心地よくて、ずっと聞いていたくなる。どこかで聞いた声。
瞼が重くて目が開けられない。包み込む腕にすがり付く。
まるで壊れ物を扱うようにそっとこめかみに手を触れて、優しく頬を包みこんだ。
ゆっくりと目を開けると青と黄色の入り交じった瞳が覗き込む。
「クリスティアーヌ………?」
彼は目が落ち窪みとても疲れて見える。どうしてそんなにやつれているの?
それでも男前なのは変わらないけど。
なぜかとても懐かしい。この人のことをどうして忘れていたのだろう。
「ルイス………レーン?」
まだぼうっとしている頭で自分に何があったか考える。
「ああ、クリスティアーヌ………」
「ル、ルイスレーン!」
彼の目から涙が流れた。泣いている男の人の顔を初めて見てびっくりした。
「ああ……もう二度と…君に名前を呼んでもらえないのかと……ああ」
「ル、ルイスレーン………な、えっと」
ぎゅっと抱き締められる。
「どこか痛い所はないか?苦しくは?」
「えっと……今が苦しい……緩めて」
「す、すまない……これでいいか?」
抱き締めていた力を緩め、再び私の顔を覗き込む。睫毛に水滴が残っているのを掬う。男性の涙がこんなに綺麗なものとは思わなかった。
「あの………」ぐううう……
「………あの、こ、これは……」
静かな空間でお腹が鳴る音が響く。羞恥に顔を赤らめるとルイスレーンがくすりと笑った。
とても自然なその笑顔を見て胸が高鳴る。
「恥ずかしがることはない。お腹が鳴るということはちゃんと活動しているということだ。何しろ君はひと月も昏睡状態だったんだから」
「ひ、ひと月?……私……あの時あなたが、助けに来てくれて……後から来るって……」
そこからあまり記憶が定かではない。ルイスレーンが出ていって、ケイトリンが来て……
「ごめんなさい…私……扉を開けずに待てと言われていたのに……言われたとおりにしなかった……私……」
「謝らなくていい。私こそすまない……あの時一緒に連れ出していればと、ずっと後悔していた。それよりお腹が空いたなら何か持ってこさせよう。スベンもすぐに来てもらう」
傍らの机に置かれたベルを鳴らすと、すぐにマディソンが走ってきた。
「旦那様、お呼びですか………奥様……!」
入ってきたマディソンがルイスレーンに凭れかかる私を見て驚いて駆け寄ってきた。
「マディソン……えっと………おはよう?」
「ああ……奥様……良かった……本当に……もう、二度と目を覚まさないかと……昼も夜も旦那様が片時も付き添われて……」
「え……」
驚いて彼を見上げる。そんなにつきっきりで?
マディソンに余計なことをという顔をしながら、ルイスレーンがため息を吐く。
「お仕事は?」
「書類仕事ならここでもできる。軍には長期休暇を願い出ているから大丈夫だ。気にすることはない。私がしたくてしている。マディソン、彼女に何か食べるものを持ってきてくれ。スープと、フルーツのジュースと………何か甘いものを」
「はい、畏まりました」
「それからスベン先生を呼んで欲しい」
不安そうに見上げる私の額に唇を付けて、マディソンに指示を伝える。彼女は喜び勇んで出ていった。
「ごめんなさい……私……またあなたに迷惑を……ん、んん」
彼の目の下にある隈と妙にやつれた感じの理由がわかり、謝ろうとする口を彼の口が塞いだ。
長い間寝ていたからか唇がかさついているのではと心配になったが、彼は角度を変えて私の唇を覆い、生気を与えるかのように息を吹き込む。
「あ……ん……」
枕に頭を押し付けられ、彼の口づけと愛撫に翻弄される。
「私がしたくてしていると言っている。誰に強要されたのでもない。だから申し訳ないなどと言うな」
ようやく唇から離れ、額に額を擦り付けて切なげに言う。
「はい……」
彼の首に腕を回して抱きついて言った。
「ありがとう……大好き」
そう言うと、彼が少し驚いたように身動いだが、すぐに私を抱き締め返した。
「愛している」
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