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番外編 その後の二人
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その後ラジークさんと向かい合わせに座り、マリアンナが彼にお茶のおかわりと、私にもお茶を淹れてくれた。
「貧血だということですが、深刻なのでしょうか」
たかが貧血と侮ることはできない。一時的なものならいいが、体のどこかで出血していたり血液に問題がある可能性もある。
血液、正確には赤血球が酸素を取り込み体のあちこちに酸素を運ぶ。
「ひとくちに貧血と言っても色々とあります。妊娠している私は普段より気をつけないといけませんね」
「よくご存知ですね」
「妊娠がわかってからそういう関係の本を色々と読みましたから」
本当は前世の知識だが、それは口が裂けても言えない。
「とても熱心でいらっしゃる。そこまで研究される人は私の知る限りいらっしゃいません。『黒い魔女』の影響を受けて妊娠された方はその事実を受け入れられず悲観する人が多い」
「色々ありましたが私は夫との子を望みますし、無事に生みたいと思います。縁があって私達の子どもとして生まれてくるのですから、万全を期すのは当たり前です」
「侯爵夫人はすっかり母親のお顔をされております。夫人の子どもとしてお生まれになるお子様たちは幸せです」
「いいえ、子育ては何人育てても同じようにはいかないと聞きます。私もルイスレーンも夫婦としてもまだ未熟であると自覚しています。でも先のことを悩んでも仕方ありません。今はただ、無事に出産することを第一に考えております」
心構えができているかと言われれば、まだまだだが、他人から評価されると少し気持ちが軽くなった。
雨は一層激しく降り、ともすれば会話も掻き消されそうになる。ルイスレーンのいる所は大丈夫だろうか。
「あの、それであなた様のご用件は?」
「あ、用件…ですか」
「ええ、何かご用があって来られたのでしょう? 私の体調のせいですっかりおまたせしてしまいました」
少し考えてラジークさんはぽそりと呟いた。
「謝りたかったのです」
「謝る?」
意味がわからず尋ね返した。何か彼が謝るようなことをしたのだろうか。
「王宮でお会いした時、挨拶もせず申し訳ございませんでした」
オリヴァー殿下の後ろに控えていたカメイラからの研究者たちの中に埋もれていた彼のことを思い出した。
「オリヴァー殿下や他の研究者たちの手前、親しくしては侯爵夫人が我々の研究に関わりがあるとわかってしまいますので、素知らぬ顔をいたしました」
「そんなこと、気にされなくても良かったのに」
その場にいるのにいないもののように扱われる。愛理の時はそんなことが度々あった。
「それくらいのことなら次にお会いしたときで構いませんでしたのに、律儀ですね」
生真面目なのだろう。気になったらすぐに行動に移す性分らしい。
「それと、確かめたいこともありましたから」
「確かめる?」
「はい。王宮の廊下が暗かったせいかもしれませんが、お顔の色が何やら気になりまして。すでに貧血気味でいらっしゃったのではないでしょうか」
「気づかなかったわ」
思わず顔に触れてみる。自分の顔色は鏡を見なければわからないし、自覚症状もなかった。
「よく見ていらっしゃるのね。流石だわ」
「侯爵夫人…クリスティアーヌ様のことは初めてお会いしたときから、気になっておりました」
「え、それはどういう…」
彼が真っ直ぐに私を見つめてきた。
それはただの患者の容態を観察するようなものではなく、もっと違う熱のようなものが見えた。
「あの…」
「ラ、ラジーク様、お茶が冷めてしまっております。温かいものをお淹れいたしましょうか」
私と彼の間に流れる空気を打ち破るようにマリアンナが話しかけた。
「ありがとうございます。ですが、これ以上戴いてはお腹が水気でいっぱいになってしまいます」
私の目が覚めるのを待つ間も何杯も飲んでいたので、彼は丁寧に断った。
「貧血だということですが、深刻なのでしょうか」
たかが貧血と侮ることはできない。一時的なものならいいが、体のどこかで出血していたり血液に問題がある可能性もある。
血液、正確には赤血球が酸素を取り込み体のあちこちに酸素を運ぶ。
「ひとくちに貧血と言っても色々とあります。妊娠している私は普段より気をつけないといけませんね」
「よくご存知ですね」
「妊娠がわかってからそういう関係の本を色々と読みましたから」
本当は前世の知識だが、それは口が裂けても言えない。
「とても熱心でいらっしゃる。そこまで研究される人は私の知る限りいらっしゃいません。『黒い魔女』の影響を受けて妊娠された方はその事実を受け入れられず悲観する人が多い」
「色々ありましたが私は夫との子を望みますし、無事に生みたいと思います。縁があって私達の子どもとして生まれてくるのですから、万全を期すのは当たり前です」
「侯爵夫人はすっかり母親のお顔をされております。夫人の子どもとしてお生まれになるお子様たちは幸せです」
「いいえ、子育ては何人育てても同じようにはいかないと聞きます。私もルイスレーンも夫婦としてもまだ未熟であると自覚しています。でも先のことを悩んでも仕方ありません。今はただ、無事に出産することを第一に考えております」
心構えができているかと言われれば、まだまだだが、他人から評価されると少し気持ちが軽くなった。
雨は一層激しく降り、ともすれば会話も掻き消されそうになる。ルイスレーンのいる所は大丈夫だろうか。
「あの、それであなた様のご用件は?」
「あ、用件…ですか」
「ええ、何かご用があって来られたのでしょう? 私の体調のせいですっかりおまたせしてしまいました」
少し考えてラジークさんはぽそりと呟いた。
「謝りたかったのです」
「謝る?」
意味がわからず尋ね返した。何か彼が謝るようなことをしたのだろうか。
「王宮でお会いした時、挨拶もせず申し訳ございませんでした」
オリヴァー殿下の後ろに控えていたカメイラからの研究者たちの中に埋もれていた彼のことを思い出した。
「オリヴァー殿下や他の研究者たちの手前、親しくしては侯爵夫人が我々の研究に関わりがあるとわかってしまいますので、素知らぬ顔をいたしました」
「そんなこと、気にされなくても良かったのに」
その場にいるのにいないもののように扱われる。愛理の時はそんなことが度々あった。
「それくらいのことなら次にお会いしたときで構いませんでしたのに、律儀ですね」
生真面目なのだろう。気になったらすぐに行動に移す性分らしい。
「それと、確かめたいこともありましたから」
「確かめる?」
「はい。王宮の廊下が暗かったせいかもしれませんが、お顔の色が何やら気になりまして。すでに貧血気味でいらっしゃったのではないでしょうか」
「気づかなかったわ」
思わず顔に触れてみる。自分の顔色は鏡を見なければわからないし、自覚症状もなかった。
「よく見ていらっしゃるのね。流石だわ」
「侯爵夫人…クリスティアーヌ様のことは初めてお会いしたときから、気になっておりました」
「え、それはどういう…」
彼が真っ直ぐに私を見つめてきた。
それはただの患者の容態を観察するようなものではなく、もっと違う熱のようなものが見えた。
「あの…」
「ラ、ラジーク様、お茶が冷めてしまっております。温かいものをお淹れいたしましょうか」
私と彼の間に流れる空気を打ち破るようにマリアンナが話しかけた。
「ありがとうございます。ですが、これ以上戴いてはお腹が水気でいっぱいになってしまいます」
私の目が覚めるのを待つ間も何杯も飲んでいたので、彼は丁寧に断った。
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