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大きさはビッテルバークの邸には及ばないが、ドリフォルト家の邸も数百年の趣があって、どこか家庭的な温かさを持っている。見たところ壁も屋根も塀も庭も綺麗に手入れされ、ドリフォルト家が今も安定した領地運営を行っているのが屋敷を見てもわかる。
家の近くまで来てから事前に訪問を連絡しておけばよかったと思った。
まあ、ひとこと挨拶するだけだし、一人遺されたセレニアの顔をひと目見ればそれでいいと思った。
五年前、確か彼女は二十歳になるかならないかだった。祖父に似て背が高かったが、細身ですらりとしていた。白っぽいブロンドと瞳は青だったか?いつも自分の前では俯き加減で、ちゃんと目を合わせたことがなかった。
首都にいる令嬢たちと違い、よく外を出歩くので少し日に焼けた肌が健康的だった。
敷地内に足を踏み入れると、朝早くにも関わらず賑やかな声が聞こえてきた。どうやら何か揉めているようだ。
「あなたたちには関係ありません!」
「そうは言っても…女では」
「これまでもきちんとやってきました」
「私たちは心配しているんだ。変なやからに騙されないかと……その点、カーターなら」
「だからってどうしてカーターなんですか」
玄関先で男二人と女性が一人言い争っている。
「とにかく中へ入れてくれ、中でゆっくり話そうじゃないか」
「何度来ても私の答えは変わりません。話すだけ無駄です。リックス、彼らを追い返して」
「かしこまりました」
「使用人の分際で失礼だぞ、セレニア、待てまだ話は終わっていないぞ」
どうやら女性はセレニアのようだ。祖父が亡くなって意気消沈していると思ったが、それどころではないらしい。
今はタイミングが悪そうだと引き換えそうと思ったが、閉め出されそうになっている男が持っているステッキで応対している使用人をぶとうとしているのが見えて、慌てて駆け寄った。
「どんな理由にしろ、暴力はいただけないな」
すんでのところで男が振り上げたステッキを掴んだ。
「だ、誰だお前は!」
ステッキを持った男ともう一人は親子なのか、顔はよく似ていた。背丈は共に私の胸までしかなく、暴食と怠慢の結果のような体型で、まだ冬だというのに、鼻の頭に汗が浮いている。
「こいつ、生意気なやつだ。その手を放せ!」
息子だろう方はまだ父親らしき男よりは細身だったが、着膨れもしているのか、ころころとしている。
「………閣下?」
「やあ、セレニア……」
じたばたする男のステッキを掴んだまま、セレニアの方を見て、思わず息を飲んだ。
どこまでも青く澄んだ瞳がこちらを見つめていた。
いつも頭の後ろで丸く纏めていたアッシュブロンドの髪は今朝は全て下ろされている。それが彼女のほっそりとした顔の周りにまとわりついて、胸の辺りで緩やかにカールしている。
高い詰襟の喪服を着たセレニアは、記憶にあるよりずっと大人びて見えた。
「やあ、セレニア……久しぶりだね。おじいさんのことを聞いて、お悔やみを言いに来たのだが、取り込み中だったか」
「閣下だと?」
セレニアの言葉を聞いて男二人が怯んだのがわかる。
「グラントおじさん、この方はビッテルバーク辺境伯様よ。こいつなんて、失礼にとほどがあるわ。閣下……祖父のためにわざわざありがとうございます」
「わ、わしは……まさか……そんな」
ステッキを振り上げる男ーグラントの力が弛んだのがわかったので手を離したら、勢い余ってふらついた。
「こんな朝早くから家の前で何を言い争っている」
「……い、いえ……閣下が気になさることでは……ただ、祖父を亡くし落ち込んでいる身内の娘を心配して訪ねたのです」
「……そうなのか?」
「もちろんです。な、カーター」
その問いはセレニアに向けたものだったが、男の方が答えた。
セレニアは私の手前怒りを抑えているようだが、彼の言葉に同意していないのはその目を見ればわかった。事情はわからないが先ほどの言い合いと言い、彼らとの関係は良好とは思えない。
「それより辺境伯閣下がわざわざこんな朝早くから……」
「長い間、領地を留守にしていたので、彼女のお祖父様が亡くなったと夕べ家令から聞いてね。彼は良き隣人だった。ひとことご遺族にお悔やみをと思ったまで。おばあ様の時も遠征中だったのでお悔やみも言えなかった。すまなかった」
「いえ……わざわざありがとうございます。色々とお心遣いをいただきました。あの、寒い中お越しいただきありがとうございます」
「久しぶりで話もしたい。よければお茶をご馳走してくれないか?」
「はい……あ、すいません。私ったら気が付かなくていつまでも閣下を玄関先に立たせてしまって……リックス、閣下を居間にご案内して」
彼女が私の意図を悟ったらしく使用人に命じる。
「セレニア……話は」
「悪いが、急を要しないのであればお引き取り願おう。彼女がそなたらと私、どちらを優先すべきかわかるであろう」
権力を振りかざすのは好きではないが、辺境伯という自分をもてなすのが彼女にとっての優先事項だと、彼らに敢えて尊大な態度で告げた。
「………しかし」
「今日のところはお引き取り願おう」
彼らとセレニアの間に立ち塞がり更に言うと、彼らも引き下がらずを得なかった。
家の近くまで来てから事前に訪問を連絡しておけばよかったと思った。
まあ、ひとこと挨拶するだけだし、一人遺されたセレニアの顔をひと目見ればそれでいいと思った。
五年前、確か彼女は二十歳になるかならないかだった。祖父に似て背が高かったが、細身ですらりとしていた。白っぽいブロンドと瞳は青だったか?いつも自分の前では俯き加減で、ちゃんと目を合わせたことがなかった。
首都にいる令嬢たちと違い、よく外を出歩くので少し日に焼けた肌が健康的だった。
敷地内に足を踏み入れると、朝早くにも関わらず賑やかな声が聞こえてきた。どうやら何か揉めているようだ。
「あなたたちには関係ありません!」
「そうは言っても…女では」
「これまでもきちんとやってきました」
「私たちは心配しているんだ。変なやからに騙されないかと……その点、カーターなら」
「だからってどうしてカーターなんですか」
玄関先で男二人と女性が一人言い争っている。
「とにかく中へ入れてくれ、中でゆっくり話そうじゃないか」
「何度来ても私の答えは変わりません。話すだけ無駄です。リックス、彼らを追い返して」
「かしこまりました」
「使用人の分際で失礼だぞ、セレニア、待てまだ話は終わっていないぞ」
どうやら女性はセレニアのようだ。祖父が亡くなって意気消沈していると思ったが、それどころではないらしい。
今はタイミングが悪そうだと引き換えそうと思ったが、閉め出されそうになっている男が持っているステッキで応対している使用人をぶとうとしているのが見えて、慌てて駆け寄った。
「どんな理由にしろ、暴力はいただけないな」
すんでのところで男が振り上げたステッキを掴んだ。
「だ、誰だお前は!」
ステッキを持った男ともう一人は親子なのか、顔はよく似ていた。背丈は共に私の胸までしかなく、暴食と怠慢の結果のような体型で、まだ冬だというのに、鼻の頭に汗が浮いている。
「こいつ、生意気なやつだ。その手を放せ!」
息子だろう方はまだ父親らしき男よりは細身だったが、着膨れもしているのか、ころころとしている。
「………閣下?」
「やあ、セレニア……」
じたばたする男のステッキを掴んだまま、セレニアの方を見て、思わず息を飲んだ。
どこまでも青く澄んだ瞳がこちらを見つめていた。
いつも頭の後ろで丸く纏めていたアッシュブロンドの髪は今朝は全て下ろされている。それが彼女のほっそりとした顔の周りにまとわりついて、胸の辺りで緩やかにカールしている。
高い詰襟の喪服を着たセレニアは、記憶にあるよりずっと大人びて見えた。
「やあ、セレニア……久しぶりだね。おじいさんのことを聞いて、お悔やみを言いに来たのだが、取り込み中だったか」
「閣下だと?」
セレニアの言葉を聞いて男二人が怯んだのがわかる。
「グラントおじさん、この方はビッテルバーク辺境伯様よ。こいつなんて、失礼にとほどがあるわ。閣下……祖父のためにわざわざありがとうございます」
「わ、わしは……まさか……そんな」
ステッキを振り上げる男ーグラントの力が弛んだのがわかったので手を離したら、勢い余ってふらついた。
「こんな朝早くから家の前で何を言い争っている」
「……い、いえ……閣下が気になさることでは……ただ、祖父を亡くし落ち込んでいる身内の娘を心配して訪ねたのです」
「……そうなのか?」
「もちろんです。な、カーター」
その問いはセレニアに向けたものだったが、男の方が答えた。
セレニアは私の手前怒りを抑えているようだが、彼の言葉に同意していないのはその目を見ればわかった。事情はわからないが先ほどの言い合いと言い、彼らとの関係は良好とは思えない。
「それより辺境伯閣下がわざわざこんな朝早くから……」
「長い間、領地を留守にしていたので、彼女のお祖父様が亡くなったと夕べ家令から聞いてね。彼は良き隣人だった。ひとことご遺族にお悔やみをと思ったまで。おばあ様の時も遠征中だったのでお悔やみも言えなかった。すまなかった」
「いえ……わざわざありがとうございます。色々とお心遣いをいただきました。あの、寒い中お越しいただきありがとうございます」
「久しぶりで話もしたい。よければお茶をご馳走してくれないか?」
「はい……あ、すいません。私ったら気が付かなくていつまでも閣下を玄関先に立たせてしまって……リックス、閣下を居間にご案内して」
彼女が私の意図を悟ったらしく使用人に命じる。
「セレニア……話は」
「悪いが、急を要しないのであればお引き取り願おう。彼女がそなたらと私、どちらを優先すべきかわかるであろう」
権力を振りかざすのは好きではないが、辺境伯という自分をもてなすのが彼女にとっての優先事項だと、彼らに敢えて尊大な態度で告げた。
「………しかし」
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彼らとセレニアの間に立ち塞がり更に言うと、彼らも引き下がらずを得なかった。
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