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「すまない……セレニア」

苦しそうにジーン様が呟き、手をきつく握りしめている。

「どこか調子でも悪いのですか?」

デザイン画を見ていただけなのに、急に様子が変わったジーン様を見て、どこか具合が悪くなったのかと心配になり、顔色を見ようと手を差し伸べた。

伸ばした手が触れるより前に、ジーン様がこちらを向くと、色濃くなった琥珀色の瞳が見返してきた。

それを見て胸が疼いた。

なぜ彼はこんな瞳で私を見るのだろう。

欲しくて堪らない……何かを渇望するようなジーン様の表情。

「ジーンさ……」

「休憩は終わりだ」

「ジーン様……どうしたのですか。別にゴミが付いていたのを取ってくれただけで……」
「ゴミなど……付いていなかった」
「え?」

「ゴミなど付いていない。君に触れたくて手を出した。昼間から執務室で……しかも……さっき焦らなくていいと言った舌の根も乾かない内に……見損なったと蔑んでくれてかまわない」

「え………あの……え」

聞き間違い?ジーン様が私に?さっきの顔はそういうこと?

「仕事が立て込んでいる。ティアナが来るなら暫くそちらに時間を取られる。今のうちに出きることは片付けておかなければ。花嫁衣裳は君がいいと思うものを選びなさい。お金のことは気にしなくていい」

ジーン様はそう言って仕事に戻ったが、私は今聞いた話が信じられず、すっかり仕事どころではなくなり、さっき以上に仕事が捗らずロザリーさんのデザイン画を呆然と眺めているだけだった。

「セレニア」
「ひゃ!ひゃい!」

びっくりして顔を上げるといつの間にかジーン様が目の前に立っていた。

「ど…どどどど……どうし……」
「もう昼だ……一旦仕事の手を止めて食堂へ行こう」
「え……あ……はい」

身に付いているのだろう。エスコートするためにジーン様が手を差し出す。

さっきあんなことを言ったのに、今は平然しているのが信じられなくて恨めしげにジーン様を見る。引きずっていたのは私だけみたいなのが馬鹿らしい。

「どうした?」
「いえ……」

男の人ってこんなに簡単に切り替えられるものなのかな。それともジーン様だから?比べるものがないのでわからない。

立ち上がるためだけに手を乗せるつもりで、ジーン様の手に触れたが、離そうとすると軽く手を握り込まれてしまった。

「あの……ジーン様」
「手を握るのは許してくれていただろう?」

離してくれませんか?と言いかけて、先にそう言われてしまった。

「あ……はい……」

自分から言ったことなので否定はできない。

結局食堂へ向かう間、私はジーン様の手に握手のようにすっぽりと手を握られたままだった。

廊下を歩いていると、いつの間にか雨が降りだしているのが廊下に沿って続く大きな窓から見えた。

内庭に面しているので雨に包まれる中庭が見える。今は冬で庭には花が咲いていないが、後ふた月もすれば色とりどりの花が庭いっぱいに咲き乱れるだろう。

「どうした?」

窓の外に目を向ける私の視線を追って、ジーン様も立ち止まって外を見る。

「いえ……もうすぐ春なので、庭もきっと綺麗な花で埋め尽くされるのだなぁと……」
「そうだな。そうしたらあそこで君が淹れてくれたお茶を飲みながら花を眺めて過ごそう」

ジーン様の指が示す先に雨に包まれた東屋が見えた。

「素敵ですね。どんな花が見られるか楽しみです」

その頃のことを想像してわくわくして言う。我が家にも庭があるが、ここほど広大ではなく小さな花壇が邸の片隅に少しあるだけだ。

「おばあさまが亡くなる前までは良く三人で、我が家の小さな庭でそうしていました。ここほど立派な庭ではありませんでしたが、天気の良い日は朝食も庭で食べて……」

不意にもうそれが出来ないのだと気づき、急に切なくなった。

「セレニア?」

言いかけて言葉を途切れさせた私の名前をジーン様が呼ぶ。

「すいません……恥ずかしい」

握られていないもう片方の手で目元を拭う。

「私に遠慮はいらない」

「もう……だい」

大丈夫と言おうとして、ジーン様の腕が頭の後ろに回り胸に顔を押し付けられた。

「強くあろうとするな。身内を亡くしてまだ日も浅いのだから、恋しがって泣くのを恥ずかしがる必要はない」

温かく力強い腕に包み込まれて恥ずかしさより安心感が胸に込み上げる。

「ジーン様だって……」

ジーン様も身内のご両親を亡くしているのにと言おうとした。

「私はいい。もう何年も前の話だ」
「でも……」
「では、私が寂しい時は、今度は君が慰めてくれればいい」

慰める?どうやって?今のジーン様みたいに?

「わかりました」

多分そんな時は来ないだろう。私が気を遣わないように言ってくれているだけだ。

ゆっくりとしたジーン様の鼓動を聞いている内に涙も渇いたが、この時間がとても居心地良くて離れがたかった。

ジーン様の懐に包まれ、それを自分は許されているということに特別な気持ちになった。

痺れを切らしたヘドリックさんが声をかけるまで、雨に濡れた庭を眺めながら暫く二人で佇んでいた。


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