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第三章 婚約の対価
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当初の予定どおりアレッサンドロとシャンティエが結婚すれば、ベルテとヴァレンタインは義理の兄弟になるはずだった。
と言っても、ベルテと彼が言葉を交わす機会はそう多くはないだろうとは思っていた。
それが今、こんなふうに話をすることになろうとは、夢にも思わなかった。
「ベルテ殿下?」
手足が長いなぁとぼんやり思っていると、ヴァレンタインが顔を覗き込んできた。
「はう! あ、えっと、あ、あなたのこと、ですか。えっと、大変美男子だと…あ、すみません」
「謝る必要はありません。両親のお陰でこのとおり、容姿には恵まれている方だと自負しております」
「ハア…」
「他には?」
「騎士団でも大変優秀だと聞いています」
「デルペシュ卿の指導のお陰で、騎士団でも高評価をいただいています」
アレッサンドロもデルペシュ卿に指導を受けたが、もともと才能も無かったので、そっちの方はさっぱりだった。
そのうえ手にマメができる程素振りをすることも、体力作りのために走り込むことも努力が嫌いだった。
「他には?」
「ほ、ほか? えっと…」
そう言われても他に彼について知っていることはもうない。
「あ、えっと…その…」
何も思い浮かばなくてベルテは頭が真っ白になった。
「それだけですか?」
「う…」
「いいですよ。無理に絞り出さなくても。私のキャリアで付け加えるなら、騎士団では師団長の任をいただいています。五人の師団長の中では最年少での就任だそうです。歴代でも稀だとか」
「す、凄いですね」
素直に感心した。実力者揃いの中で選ばれるということは、謙遜でもなく、本当に強いのだろう。
「顔と侯爵家の次期当主としての地位、そして実力もある。陛下の受け売りではありませんが、独身貴族の中では一番の花婿候補だと思いませんか?」
「は、はあ…」
(この人、実は凄い自惚れ屋? 自分で言っているわ)
「自惚れているわけではありません。世間の私に対する評判をそのまま言っているだけです」
「…そ、そうですか」
考えていることが顔に出ていたのか、彼はベルテの思ったことを口にした。
「未だ婚約者もおりませんので、縁談話がひっきりなしに持ちかけられます」
そう言えば、彼はまだ婚約者が決まっていなかった。こんなに美形で地位も申し分なく、実力もあるのになぜなんだろうとベルテは思った。
実はとんでもない性癖の持ち主とか、性格がとてつもなく悪いとか、もしかして女嫌いか男性が好みとかだろうか。
「性格も…聖人君子並みに良いとは言い切れませんが根性がねじ曲がっているわけではないと思います。変な嗜好もありません。それに、私は異性愛者です」
そんなに自分は考えていることとが顔に出やすいのだろうか。またもや思考を読まれてベルテはばつの悪い思いをした。
「私も殿下と同じで、結婚にあまり興味がありません」
「そ、そうなのですね」
「ですが、いつまでも婚約者も作らずいると、周りがうるさくてかないません。夜会に出る度に令嬢達に取り囲まれて、この前は危うく既成事実を作るために、媚薬を仕込まれるところでした」
「び、媚薬…それって、合法…なのですか?」
「もちろん違法です。見つかれば処罰されます」
ベルテは錬金術師を目指しているので、当然ポーションや色々な薬についても知識はある。
媚薬や精力剤などは昔から処方されているが、そもそもポーションなどは資格のない者が作ったり売ったりすると法で取り締まりを受ける。買う方も、きちんと国家資格を持った錬金術師が処方したものでなければ、罰則の対象だ。
それに、たとえ資格がある者が作った薬でも、同意のない服薬をさせたとなれば、それも罪になる。
「だ、大丈夫だったのですか?」
「何とか。はぐれ錬金術師が大金で請け負って作った媚薬で、粗悪品だったので解毒がすぐに効きました」
国家錬金術師になる際には、知識や技量も試されるが、倫理感というものも必要な素養のひとつだ。
技量が劣っていたり倫理感が欠けた者は、否応なしに試験で落とされる。
しかし、中には違法に薬を売りさばく商人に雇われ、お金を稼ぐ者もいる。
「その令嬢は罪を問われましたが、貴族と言うこともあり山奥の修道院に送られました。また、はぐれ錬金術師はその場で牢にいれられました」
そう言えば、どこかの令嬢が誰かに薬を盛ろうとして、失敗して罪に問われたという話を耳にしたことをベルテは思い出した。
一ヶ月ほど前だっただろうか。
「おもてになるもの大変ですね」
顔が良くてモテるからと言って、何の悩みもないわけではないのだ。ベルテは同情の視線を向けた。
「こんなことが続いては体がもちません。私もそろそろ婚約相手を探そうと思っていました。そんな時、このお話があったのです」
「へ?」
「ベルテ殿下なら、王女様ですからこの国で一番身分が高い。殿下が婚約者なら誰も太刀打ちできないと思うのですが、どうでしょうか」
「そ、それは、私に風よけになれと?」
「そこまでは申しませんが、お互いこのまま相手がいないより、この状況を利用した方が得策だと思いませんか?」
と言っても、ベルテと彼が言葉を交わす機会はそう多くはないだろうとは思っていた。
それが今、こんなふうに話をすることになろうとは、夢にも思わなかった。
「ベルテ殿下?」
手足が長いなぁとぼんやり思っていると、ヴァレンタインが顔を覗き込んできた。
「はう! あ、えっと、あ、あなたのこと、ですか。えっと、大変美男子だと…あ、すみません」
「謝る必要はありません。両親のお陰でこのとおり、容姿には恵まれている方だと自負しております」
「ハア…」
「他には?」
「騎士団でも大変優秀だと聞いています」
「デルペシュ卿の指導のお陰で、騎士団でも高評価をいただいています」
アレッサンドロもデルペシュ卿に指導を受けたが、もともと才能も無かったので、そっちの方はさっぱりだった。
そのうえ手にマメができる程素振りをすることも、体力作りのために走り込むことも努力が嫌いだった。
「他には?」
「ほ、ほか? えっと…」
そう言われても他に彼について知っていることはもうない。
「あ、えっと…その…」
何も思い浮かばなくてベルテは頭が真っ白になった。
「それだけですか?」
「う…」
「いいですよ。無理に絞り出さなくても。私のキャリアで付け加えるなら、騎士団では師団長の任をいただいています。五人の師団長の中では最年少での就任だそうです。歴代でも稀だとか」
「す、凄いですね」
素直に感心した。実力者揃いの中で選ばれるということは、謙遜でもなく、本当に強いのだろう。
「顔と侯爵家の次期当主としての地位、そして実力もある。陛下の受け売りではありませんが、独身貴族の中では一番の花婿候補だと思いませんか?」
「は、はあ…」
(この人、実は凄い自惚れ屋? 自分で言っているわ)
「自惚れているわけではありません。世間の私に対する評判をそのまま言っているだけです」
「…そ、そうですか」
考えていることが顔に出ていたのか、彼はベルテの思ったことを口にした。
「未だ婚約者もおりませんので、縁談話がひっきりなしに持ちかけられます」
そう言えば、彼はまだ婚約者が決まっていなかった。こんなに美形で地位も申し分なく、実力もあるのになぜなんだろうとベルテは思った。
実はとんでもない性癖の持ち主とか、性格がとてつもなく悪いとか、もしかして女嫌いか男性が好みとかだろうか。
「性格も…聖人君子並みに良いとは言い切れませんが根性がねじ曲がっているわけではないと思います。変な嗜好もありません。それに、私は異性愛者です」
そんなに自分は考えていることとが顔に出やすいのだろうか。またもや思考を読まれてベルテはばつの悪い思いをした。
「私も殿下と同じで、結婚にあまり興味がありません」
「そ、そうなのですね」
「ですが、いつまでも婚約者も作らずいると、周りがうるさくてかないません。夜会に出る度に令嬢達に取り囲まれて、この前は危うく既成事実を作るために、媚薬を仕込まれるところでした」
「び、媚薬…それって、合法…なのですか?」
「もちろん違法です。見つかれば処罰されます」
ベルテは錬金術師を目指しているので、当然ポーションや色々な薬についても知識はある。
媚薬や精力剤などは昔から処方されているが、そもそもポーションなどは資格のない者が作ったり売ったりすると法で取り締まりを受ける。買う方も、きちんと国家資格を持った錬金術師が処方したものでなければ、罰則の対象だ。
それに、たとえ資格がある者が作った薬でも、同意のない服薬をさせたとなれば、それも罪になる。
「だ、大丈夫だったのですか?」
「何とか。はぐれ錬金術師が大金で請け負って作った媚薬で、粗悪品だったので解毒がすぐに効きました」
国家錬金術師になる際には、知識や技量も試されるが、倫理感というものも必要な素養のひとつだ。
技量が劣っていたり倫理感が欠けた者は、否応なしに試験で落とされる。
しかし、中には違法に薬を売りさばく商人に雇われ、お金を稼ぐ者もいる。
「その令嬢は罪を問われましたが、貴族と言うこともあり山奥の修道院に送られました。また、はぐれ錬金術師はその場で牢にいれられました」
そう言えば、どこかの令嬢が誰かに薬を盛ろうとして、失敗して罪に問われたという話を耳にしたことをベルテは思い出した。
一ヶ月ほど前だっただろうか。
「おもてになるもの大変ですね」
顔が良くてモテるからと言って、何の悩みもないわけではないのだ。ベルテは同情の視線を向けた。
「こんなことが続いては体がもちません。私もそろそろ婚約相手を探そうと思っていました。そんな時、このお話があったのです」
「へ?」
「ベルテ殿下なら、王女様ですからこの国で一番身分が高い。殿下が婚約者なら誰も太刀打ちできないと思うのですが、どうでしょうか」
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