18 / 71
第三章 婚約の対価
4
しおりを挟む
政略結婚というのはもともと打算や損得が念頭にある。
家同士の力加減や、利益などといったものが働く。中には好意を抱いて結婚する者もいるが、大体は先に結婚して、後から好意を寄せるか、何年経っても何とも思わないかのどちらかだ。
「えっと……それは、婚約したフリをして、皆を騙すということですか?」
「人聞きの悪い。第一、婚約したフリではなく、婚約は本当にしますよ。ただ……」
「ただ?」
「婚約したからと言って、必ず結婚するとは限らない」
「そ、それは……そうですが」
アレッサンドロとシャンティエのような解消の仕方は稀だが、婚約話が持ち上がった時と状況が変わって解消するケースがないわけではない。
「では、こういうのはどうですか?」
悩むベルテにヴァレンタインはさらに畳み掛けた。
「殿下はシャンティエと同じ十七歳、卒業まであと一年半ですね」
「はい」
「その後はやはり国家錬金術師を目指すのですか?」
「そうしたいと思っています。そのために上の学校に行きたいとは思っていますが、父上が許してくれるかどうかわかりません」
今通っている学園は一般教養を学ぶための学舎で、その後の進路は人によって様々だ。
専門的な学業を修めるなら、さらに上の専門課程に進む必要がある。
ベルテが目指す国家錬金術師になるには、学園卒業後、さらに二年修学しなくてはならない。
もちろん成績が優秀なら二年を一年に短縮し、試験さえ受かれば二年もかからずに資格を得ることは出来る。
しかし、それには父である国王の了承がいる。
今の状況では、それは恐らく厳しいとは思う。
「私と婚約していただけるのであれば、進学の許可を陛下にお願いしましょう。婚約者として私が認めるなら、陛下もお認めくださるやもしれません」
「え、そ、そんなこと……出来るのですか?」
「掛け合って進学の許可を得るだけで、進学出来るかは殿下の学園での成績と試験の結果次第です。そこは私も陛下も何とも手心を加えることはできません」
「それは、もちろん。正々堂々と試験に受かって入ります。試験に受かる自信はありますから。でも……」
あまりに都合が良すぎる話に、ベルテは疑惑の目を向ける。
「あなたはそれで、いいのですか? 何だか私にだけ都合が良すぎますし、それに婚約はどうなるのですか?」
国家錬金術師になるだけでなく、その後もベルテは研究と錬金術師としての仕事をこなしたい。
となれば、彼との婚約はどうなるのだろう。
「婚約は、殿下が国家錬金術師になってから、改めて話し合いましょう。それまで婚約者として私のエスコートで公式の場に何度か顔を出していただければ、私はそれで余計な縁談話に煩わされることも無くなるでしょう」
「でも私と婚約しても、自分と結婚してほしいと思う人はいるのではないですか?」
誰もが完璧な令嬢と認めるシャンティエでさえ、あのようにカトリーヌがしゃしゃり出てきたのだ。
ベルテでは普通に考えて、太刀打ちできないのではないだろうか。
そして王女だと言っても、ベルテ如きでは麗しの貴公子ヴァレンタイン・ベルクトフの婚約相手として、自分のほうが勝っていると言ってくる令嬢もいるのではないだろうか。
それに、他国の王女が名乗りを上げたら、ベルテでは防ぎきれない。
いくらか減るだけで、求婚者は完全には無くならないとベルテは思う。
「では、周りが割って入るのを躊躇うほど、我々がアツアツぶりを見せつければいいのでは?」
「あ、アツアツ……いえ、それは…、せいぜい普通に仲がいい程度でなら……」
ヴァレンタインとイチャイチャしている自分の姿を想像し、ベルテはブルブル震えた。
「残念です」
「ざ、残念って……そういうことをしたいなら、他の方を当たってください。私は無理です」
「仕方がありません。アツアツぶりを見せつけるのは諦めます。でも、普通に婚約者として振る舞ってはいただけるのですね。それなら譲歩します」
「普通にって、何をさせられるのですか?」
なんだか聞くのが怖くなったが、聞いておくべきかと尋ねた。
「そんなに怯えなくても難しいことは何もありまけん。そうですね。夜会には二人で出席し、最低三回はダンスを踊ってもらいます」
「ダ、ダンス……」
実は運動が苦手なベルテは、ダンスの授業ではいつも落第点ギリギリだった。
「大丈夫です。私がちゃんとリードします。そういうのは得意ですから」
ベルテの不安を感じ取って、ヴァレンタインが安心させるように微笑んだ。
家同士の力加減や、利益などといったものが働く。中には好意を抱いて結婚する者もいるが、大体は先に結婚して、後から好意を寄せるか、何年経っても何とも思わないかのどちらかだ。
「えっと……それは、婚約したフリをして、皆を騙すということですか?」
「人聞きの悪い。第一、婚約したフリではなく、婚約は本当にしますよ。ただ……」
「ただ?」
「婚約したからと言って、必ず結婚するとは限らない」
「そ、それは……そうですが」
アレッサンドロとシャンティエのような解消の仕方は稀だが、婚約話が持ち上がった時と状況が変わって解消するケースがないわけではない。
「では、こういうのはどうですか?」
悩むベルテにヴァレンタインはさらに畳み掛けた。
「殿下はシャンティエと同じ十七歳、卒業まであと一年半ですね」
「はい」
「その後はやはり国家錬金術師を目指すのですか?」
「そうしたいと思っています。そのために上の学校に行きたいとは思っていますが、父上が許してくれるかどうかわかりません」
今通っている学園は一般教養を学ぶための学舎で、その後の進路は人によって様々だ。
専門的な学業を修めるなら、さらに上の専門課程に進む必要がある。
ベルテが目指す国家錬金術師になるには、学園卒業後、さらに二年修学しなくてはならない。
もちろん成績が優秀なら二年を一年に短縮し、試験さえ受かれば二年もかからずに資格を得ることは出来る。
しかし、それには父である国王の了承がいる。
今の状況では、それは恐らく厳しいとは思う。
「私と婚約していただけるのであれば、進学の許可を陛下にお願いしましょう。婚約者として私が認めるなら、陛下もお認めくださるやもしれません」
「え、そ、そんなこと……出来るのですか?」
「掛け合って進学の許可を得るだけで、進学出来るかは殿下の学園での成績と試験の結果次第です。そこは私も陛下も何とも手心を加えることはできません」
「それは、もちろん。正々堂々と試験に受かって入ります。試験に受かる自信はありますから。でも……」
あまりに都合が良すぎる話に、ベルテは疑惑の目を向ける。
「あなたはそれで、いいのですか? 何だか私にだけ都合が良すぎますし、それに婚約はどうなるのですか?」
国家錬金術師になるだけでなく、その後もベルテは研究と錬金術師としての仕事をこなしたい。
となれば、彼との婚約はどうなるのだろう。
「婚約は、殿下が国家錬金術師になってから、改めて話し合いましょう。それまで婚約者として私のエスコートで公式の場に何度か顔を出していただければ、私はそれで余計な縁談話に煩わされることも無くなるでしょう」
「でも私と婚約しても、自分と結婚してほしいと思う人はいるのではないですか?」
誰もが完璧な令嬢と認めるシャンティエでさえ、あのようにカトリーヌがしゃしゃり出てきたのだ。
ベルテでは普通に考えて、太刀打ちできないのではないだろうか。
そして王女だと言っても、ベルテ如きでは麗しの貴公子ヴァレンタイン・ベルクトフの婚約相手として、自分のほうが勝っていると言ってくる令嬢もいるのではないだろうか。
それに、他国の王女が名乗りを上げたら、ベルテでは防ぎきれない。
いくらか減るだけで、求婚者は完全には無くならないとベルテは思う。
「では、周りが割って入るのを躊躇うほど、我々がアツアツぶりを見せつければいいのでは?」
「あ、アツアツ……いえ、それは…、せいぜい普通に仲がいい程度でなら……」
ヴァレンタインとイチャイチャしている自分の姿を想像し、ベルテはブルブル震えた。
「残念です」
「ざ、残念って……そういうことをしたいなら、他の方を当たってください。私は無理です」
「仕方がありません。アツアツぶりを見せつけるのは諦めます。でも、普通に婚約者として振る舞ってはいただけるのですね。それなら譲歩します」
「普通にって、何をさせられるのですか?」
なんだか聞くのが怖くなったが、聞いておくべきかと尋ねた。
「そんなに怯えなくても難しいことは何もありまけん。そうですね。夜会には二人で出席し、最低三回はダンスを踊ってもらいます」
「ダ、ダンス……」
実は運動が苦手なベルテは、ダンスの授業ではいつも落第点ギリギリだった。
「大丈夫です。私がちゃんとリードします。そういうのは得意ですから」
ベルテの不安を感じ取って、ヴァレンタインが安心させるように微笑んだ。
28
あなたにおすすめの小説
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる