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第三章 婚約の対価
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「どうですか? とりあえず婚約しておけば、陛下達も王女殿下に無闇に干渉しなくなると思いますし、国家錬金術師の試験に合格するほどの実力があるとわかれば、陛下も納得していただけるのではないでしょうか」
ヴァレンタインの話は、ベルテに取って渡りに船のようなものだった。
いきなり婚約しろと言われて、何とか断ってもらおうと思っていたベルテだったが、彼との婚約から逃れられても、また誰かとの話を持ちかけられるのが落ちだろう。
どこまで本気かわからないが、彼はベルテが国家錬金術師になるための手助けをしてくれると言い、そのために国王に掛け合ってくれるとまで言ってくれている。
(だけど…)
麗しの貴公子ヴァレンタイン・ベルクトフとの婚約は、たちまち貴族社会の中で注目を集めるだろう。
これまで地味にひっそりと学園生活を送ってきたベルテに取って、これまでの生活を一変させることになりはしないか。
(でも、騒がれるのは最初だけかも)
一時騒がれても、すぐに人の関心は薄れ、また元の生活に戻るのでは無いだろうか。
「もしや、王女殿下には誰か慕っている殿方がいらっしゃたのですか?」
必死にこの婚約を受け入れた場合のこれからについて考えていたベルテに、ヴァレンタインはそんな質問をしてきた。
シャンティエ嬢がついさっき、ずっとデルペシュ卿のことを慕っていたと告白したばかりで、ベルテもそうなのかと考えるのは当然だ。
「へ? い、いえ、そ、そんな人は…いません」
否定はしたが、一瞬脳裏をヴァンの姿が過った。
(わ、どうしてヴァンさんのことが。うんと年上の人だし、これまで何とも思わなかったのに)
以前、彼に年齢を尋ねたことがある。その時彼は「あなたより年上で、学園長より年下」という、何とも幅の広い答えを返してきた。
いつも帽子を目深に被って口元を布で覆っているので、彼の顔をはっきり見たことが無い。それどころか目すらきちんと合わせたことがなく、彼の目の色さえ知らないのだ。
「なら何も問題ありませんね」
ヴァレンタインはベルテの焦りには気づかず、納得したように頷いた。
「改めて、よろしくお願いいたします」
ヴァレンタインはベンチから下りると、ベルテの前に膝を突いて手を差し出した。
「もう一度聞きますが、私が国家錬金術師の資格を得たら、婚約は解消していただけますか」
握手を求められているのだとわかり、ベルテも手を差し出す。
「解消するかは、その時に話し合いましょう」
きゅっと軽く手を握りながら、ヴァレンタインは言及を避けた。
はっきり解消すると言わせて言質を取りたかったが、受かる自信はあっても必ず受かる保証もない。
とりあえずは婚約解消時期については改めて話し合おう。
解消はするともしないとも、はっきり言われなかったが、検討してもらえる余地はありそうだ。
「途中であなたに好きな人が出来たら、いつでも遠慮無く言ってください。婚約は解消します。私は気にしませんから」
ベルテとしては、彼のことを思って言った言葉だった。
「少なくとも、王女殿下が国家錬金術師になれるまでは、婚約者でいさせてください」
ベルテの卒業までという期間に固執するのは何故か。彼にも事情がありそうだ。
しかし無理に聞くのも悪いとベルテは思った。
「ところで…」
「は、はい」
「ベルテ様とお呼びしても?」
「え?」
「婚約者なのに『王女殿下』とか『殿下』とお呼びするのは不自然でしょう」
「そ、それもそうですね」
「どうか私のことはヴァレンタインと呼んでください。何ならヴァルでも」
「え、いえいきなり呼び捨ては…婚約者でも、殆ど知らない人ですし」
家族以外の男性を呼び捨てにしたことはこれまで一度も無い。それなのに短く愛称で呼ぶのも気恥ずかしい。
「なら、ヴァル様でも構いません」
なぜか彼はとても残念そうである。
「え、えっと、じゃあ私のこともベルテ様でいいです」
「わかりました。ベルテ様、これからどうぞよろしくお願いいたします」
もう一度ヴァレンタインはそう言うと、握ったベルテの手の甲にそっと唇を寄せた。
「!!!!!!!」
いきなりのことに、ベルテは「ぎゃっ」という声が漏れそうになり、慌てて飲み込んだ。
代わりに慌てて手を引っ込めようとしたが、以外に彼の力が強くて出来ない。
「て、手にキス…」
何とかそれだけ絞り出した。
「おっしゃいましたよね。アツアツは無理でも、普通の婚約者のようになら出来るって。手の甲にするキスは、普通ですよ」
(う、ま、眩しい)
ヴァレンタインの笑顔は網膜に焼き付くような眩しさで、ベルテは思わず目を瞑った。
ヴァレンタインの話は、ベルテに取って渡りに船のようなものだった。
いきなり婚約しろと言われて、何とか断ってもらおうと思っていたベルテだったが、彼との婚約から逃れられても、また誰かとの話を持ちかけられるのが落ちだろう。
どこまで本気かわからないが、彼はベルテが国家錬金術師になるための手助けをしてくれると言い、そのために国王に掛け合ってくれるとまで言ってくれている。
(だけど…)
麗しの貴公子ヴァレンタイン・ベルクトフとの婚約は、たちまち貴族社会の中で注目を集めるだろう。
これまで地味にひっそりと学園生活を送ってきたベルテに取って、これまでの生活を一変させることになりはしないか。
(でも、騒がれるのは最初だけかも)
一時騒がれても、すぐに人の関心は薄れ、また元の生活に戻るのでは無いだろうか。
「もしや、王女殿下には誰か慕っている殿方がいらっしゃたのですか?」
必死にこの婚約を受け入れた場合のこれからについて考えていたベルテに、ヴァレンタインはそんな質問をしてきた。
シャンティエ嬢がついさっき、ずっとデルペシュ卿のことを慕っていたと告白したばかりで、ベルテもそうなのかと考えるのは当然だ。
「へ? い、いえ、そ、そんな人は…いません」
否定はしたが、一瞬脳裏をヴァンの姿が過った。
(わ、どうしてヴァンさんのことが。うんと年上の人だし、これまで何とも思わなかったのに)
以前、彼に年齢を尋ねたことがある。その時彼は「あなたより年上で、学園長より年下」という、何とも幅の広い答えを返してきた。
いつも帽子を目深に被って口元を布で覆っているので、彼の顔をはっきり見たことが無い。それどころか目すらきちんと合わせたことがなく、彼の目の色さえ知らないのだ。
「なら何も問題ありませんね」
ヴァレンタインはベルテの焦りには気づかず、納得したように頷いた。
「改めて、よろしくお願いいたします」
ヴァレンタインはベンチから下りると、ベルテの前に膝を突いて手を差し出した。
「もう一度聞きますが、私が国家錬金術師の資格を得たら、婚約は解消していただけますか」
握手を求められているのだとわかり、ベルテも手を差し出す。
「解消するかは、その時に話し合いましょう」
きゅっと軽く手を握りながら、ヴァレンタインは言及を避けた。
はっきり解消すると言わせて言質を取りたかったが、受かる自信はあっても必ず受かる保証もない。
とりあえずは婚約解消時期については改めて話し合おう。
解消はするともしないとも、はっきり言われなかったが、検討してもらえる余地はありそうだ。
「途中であなたに好きな人が出来たら、いつでも遠慮無く言ってください。婚約は解消します。私は気にしませんから」
ベルテとしては、彼のことを思って言った言葉だった。
「少なくとも、王女殿下が国家錬金術師になれるまでは、婚約者でいさせてください」
ベルテの卒業までという期間に固執するのは何故か。彼にも事情がありそうだ。
しかし無理に聞くのも悪いとベルテは思った。
「ところで…」
「は、はい」
「ベルテ様とお呼びしても?」
「え?」
「婚約者なのに『王女殿下』とか『殿下』とお呼びするのは不自然でしょう」
「そ、それもそうですね」
「どうか私のことはヴァレンタインと呼んでください。何ならヴァルでも」
「え、いえいきなり呼び捨ては…婚約者でも、殆ど知らない人ですし」
家族以外の男性を呼び捨てにしたことはこれまで一度も無い。それなのに短く愛称で呼ぶのも気恥ずかしい。
「なら、ヴァル様でも構いません」
なぜか彼はとても残念そうである。
「え、えっと、じゃあ私のこともベルテ様でいいです」
「わかりました。ベルテ様、これからどうぞよろしくお願いいたします」
もう一度ヴァレンタインはそう言うと、握ったベルテの手の甲にそっと唇を寄せた。
「!!!!!!!」
いきなりのことに、ベルテは「ぎゃっ」という声が漏れそうになり、慌てて飲み込んだ。
代わりに慌てて手を引っ込めようとしたが、以外に彼の力が強くて出来ない。
「て、手にキス…」
何とかそれだけ絞り出した。
「おっしゃいましたよね。アツアツは無理でも、普通の婚約者のようになら出来るって。手の甲にするキスは、普通ですよ」
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